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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
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災禍を撃つ

「――――まずは、一撃!」


 暴風に巻き上げられたバルバボッサは拳を突き出す。全身に纏った雷電を打突に乗せて、その雷光はミノタウロスを目指して迸る。

 跳躍から着地を行い、ミノタウロスの規格外の身体には隙が生じていた。ミノタウロス本人は腕でガードを固めるが、腕と腕の隙間を貫くことは容易だった。

 ミノタウロスの防御の隙間は、バルボッサにとって門戸と変わりない。開け放たれた間隙を見逃してやるほど甘くはなく、事態は早期決着を迫られている。

 バルボッサの雷撃を身に受けたミノタウロスは、大仰に仰け反った。一歩足を後ろに下げて後退する。

 しかし致命傷には至らない。ミノタウロスは引き下がった脚で踏み出し、助走を付けてバルボッサに掌底を繰り出した。


「遅いっ!」


 しかし、ミノタウロスの反撃がバルバボッサに命中することはなかった。バルバボッサが操る暴風は、バルボッサの思うがままに吹き抜ける方角を変える。ときには森を攫う横薙ぎの嵐も、今はバルボッサを天へ打ち上げる上昇気流に切り替わった。

 暴風の操作により華麗に攻撃を避けたバルバボッサは、すぐさま攻勢に転じる。ミノタウロスの追撃を許さない迅速な攻撃で、マリーが魔法を撃ち込む好機を捻じ込む算段である。

 バルボッサが操る上昇気流は一点、吹き降ろす下降気流に変貌する。バルボッサの巨躯を垂直に叩き下ろし、ミノタウロスの象徴たる牛角へ雷霆を放つ。


「おれの前で牛角を振り上げるとは小生意気よ! 牛王たるおれの渾身の一撃、その身を以って受けるがいい!」


 バルバボッサの怒りと誇りが混合した、渾身の一撃がミノタウロスに命中した。皮肉にも、ミノタウロスの双角が避雷針の役目を果たし、バルバボッサの雷霆をもろに受け止める結果となる。


「UgyyyYaaa!」


 バルバボッサの全身全霊の一撃を受け、さすがのミノタウロスも膝から崩れ落ちた。

 ミノタウロスは眩む視界と不意に脱力する身体に不快感を抱きながら、血が滲む双眸でバルバボッサを睨み付ける。

 だが、バルバボッサの攻勢は終わっていない。容赦のない雷霆が、再びミノタウロスの頭上から振り下ろされた。

 規格外の熱量を内包する雷霆が、光の速度で走り抜けた。遅れて爆音が鳴り響き、鼓膜を揺らす振動に大地がざわめく。


「――――!!」


 この一撃は、確実にミノタウロスを骨まで焼き焦がした。立ちあがることはおろか、膝を着いて堪えるだけでも内側から瓦解するような痛みが駆け巡る。

 いっそ肉体が崩れてしまった方が楽ではないか、そんな思いに駆られてしまうほどに、バルバボッサの一撃は強烈で鮮烈であった。

 だが、この超巨大ミノタウロスと規格外の怪物である。大魔女の魔法によって再構成された肉体に、まともな痛覚が備わっているはずがなかった。

 ミノタウロスを蝕む痛覚は、一定域を超過すると自動的に遮断される。すなわち、ミノタウロスにとって、バルバボッサの渾身の一撃は痛くも痒くもなかった。

 それに加え、知性や理性などはとうに欠落している。瞬間的に起こった雷の連打も、思考よりも先に本能で反応した。


「GYAaaaRyyy!」


 ミノタウロスは本能で気に両腕を振り上げる。それはバルバボッサを狙ったのではなく、雷を振り下ろした天を落とさんと振るった不倶戴天の一撃である。

 ミノタウロスの繰り出した巨腕は、バルバボッサの生み出す気流を飲み込んだ。縦横無尽に吹き荒ぶ暴風は、振り払われた巨腕に集約される。

 バルバボッサの機動力はミノタウロの出鱈目さに踏み躙られ、遂に避ける術を失った。


「ぐっ……!」


 ミノタウロスのラリアットがバルバボッサに直撃した。獣帝である男は、こともあろうか自然の理から外れた怪物に落とされる。

 バルバボッサを打ったミノタウロスからは、自然と笑みが零れる。遂に己の上を行く邪魔者を落とし、ミノタウロスは本能で直感した。


 オレコソガサイキョウダ――――。


 刹那、ミノタウロスの腹から目一杯の白光が漏れ出す。ミノタウロスが視界の片隅に輝きを捉えたときには、すでに雌雄は決していた。


 バルバボッサが笑みを溢す。

 この男は「獣帝」としてグランツアイクの頂上に君臨してる。同時に、何度地に落とされようが、何度でも這い上がる気概を持ち合わせている。

 たった一度の撃墜で折れない男は、勝利を確信し拳を突き上げた。


 ミノタウロスの腹には、直径10メートルの光球が撃ち込まれていた。超巨大ミノタウロスの体躯の3分の1にも及ぶ魔法は、非常識な規模と言っても過言ではない。

 光の魔法はミノタウロスを丸ごと飲み込む。

 全長30メートル超の光球の内部では、1000℃にも及ぶ高熱が循環している。高温の光球にくべられたミノタウロスは、たとえるなら薪である。

 光球内部の熱がミノタウロスを焼き、その身を食んで熱は上がる。徐々に上昇する炎熱は、瞬く間に2000℃に達した。

 さながら巨大な「炉」である光球は、ミノタウロスの跡形がなくなるまで胎動を止めない。

 マリーが魔法に込めた想いとは「勝利」である。それ以外の思考は邪念だと残酷に切り捨て、不倒不滅の怪物を下すイメージの結晶が、この魔法である。

 ただミノタウロスを倒すために。真っ当に根付く生命の仇敵たる怪物を滅ぼすための「最終奥義」である。

 それでもミノタウロスのは反抗した。全神経と持ちうる全力を稼働し、鎧のように腹筋を硬化させる。ひとたびミノタウロスが鎧を纏えば、それは難攻不落の城砦と化す。

 加えて遮断された痛覚が、ミノタウロスから「諦め」の言葉を奪っている。

 この怪物は、もはや殺しても立ち上がりかねない不滅の破壊兵器だ。己が倒れたことすら自覚できない、生きる屍である。


 マケルハズガナイ――――。


 ミノタウロスの中の闘争本能が、微かに残ったガーランドロフの残滓が嘲笑う。

 全身を覆う黒い体毛が逆立ち、身を焼く熱を乗り越えんと抵抗を強める。

 たとえいかなる魔法であれど、この鉄壁は揺るがな――――。


 燃える光球が消失したとき、大自然を脅かした怪物もこの世から消え去っていた。

 後に残ったのは、地平線まで続く広漠とした大地のみ。破壊の痕跡を痛々しく刻み付けた土地で、勝利に沸く歓声が響き渡った。

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