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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
152/369

激甚怒涛 side.

 超巨大ミノタウロスの全長は、地上からの目測でも30メートルは優に超えていた。その「高さ」に加え、全身を包む筋肉はさながら鎧のようだ。「太さ」も併せ持つミノタウロスを形容する言葉は、「大きい」の一言に尽きる。

 そんな巨躯のミノタウロスに降り注ぐ剣槍の雨嵐は、並大抵の生物であれば身体中を穴だらけにして息絶えているだろう。

 しかし、今回ばかりは相手が悪い。

 超巨大ミノタウロスの肉は見せかけではなく、実際に高密度の筋繊維を有していた。その密度の前に、鋭利な武具であろうと傷を付けることは敵わない。


「くっっっそぉぉぉ!」


 それでもセーネは諦めない。転移させた武具を握り締め、一投ずつを全力で撃ち出す。

 これまでに投擲した武具の数は100を超えている。その一つずつを全力で投げていては、白肌に血が滲んでもおかしくはない。どれほど屈強で強靭な天賦の肉体を持てど、セーネは一人の少女である。その身体に受けた傷と圧し掛かる重圧は、想像を遥かに絶するものがある。

 超巨大ミノタウロスは脚を止めず、虫を振り払うように武具を弾き落とす。その腕の一振りで気流は乱れ、狂った風がセーネを煽った。

 乱気流に襲われながらもセーネは落ちない。超巨大ミノタウロスの足元に広がる大地を見詰め、怒りで身体に鞭を打つ。

 この怪物は生かしておけない。生きる者たちの歴史と誇りを刻んだ領域を、悪意すら持たずに破壊する怪物を野放しにはできない。

 セーネの中の白夜王としての矜持が、限界を迎えるセーネを駆り立てていた。


「ならば、これでどうだ――――!」


 武具の投擲が通用しないと悟ったセーネは作戦を変える。手に構えるのは愛用している銀のスピア一本だけ。万感の突撃でミノタウロスの足止めを狙う。

 セーネはやはり全力で空を撃ち、音に並ぶ速さでスピアを突き立てる。

 目にも止まらない突貫に、ミノタウロスは反応が遅れる。ミノタウロスの巨体と比べるとただでさえ小さいセーネが、驚異的な速度で接近するのだ。ミノタウロスの超常的な反射を以ってしても、セーネを叩き落とすことはできない。


「てぇぇやぁぁぁ!」

「GuummmRYYY!!」


 セーネの突撃はミノタウロスの身体に突き立てた。スピアの切っ先はミノタウロスの肉を抉り、貫かれた傷口からは血飛沫が噴き上がる。

 空気を揺らすミノタウロスの咆哮にも負けず劣らす、セーネの翼も大気を揺らす。それほどの威力を放ち、ミノタウロスを貫かんと威勢を見せる。

 さすがのミノタウロスも、セーネの突貫に苦痛の表情を見せた。肉を抉られる痛みに悲鳴を上げ、身体を捩じって抵抗する。


(よし。このまま押し切れる……!)


 確かな手応えを覚えたセーネは、勢いを増して全身の勢いを増した。ここを好機と捉え、一気呵成に攻勢を強める。


「GuuuRaaa――――!」

「っ――――!?」


 しかし、ミノタウロスとて無抵抗では終わらない。身体に突き刺さるスピアを、筋肉の膨張で弾き返した。

 セーネはミノタウロスの勢いに押されてしまう。スピアを持つ手を握り締め必死に食い下がってみせた。しかし、戦いの中で傷付いたセーネの掌は限界を迎えていた。潰れた血豆かた出血し、握り締める掌から力が抜けた。


「しまった――――」


 セーネが零した言葉は虚空に消え入る。セーネの悲鳴が続く間もなく、ミノタウロスが鉄腕を振り回した。


「うっ――――」


 ミノタウロスの怪腕がセーネを振り抜く。セーネは絶叫も絶え絶えに、流星のように撃墜される。


「セー――――ネ!」


 直線的に落下するセーネを、叫びながら駆けたリュージーンが受け止める。その長身と長い尾を生かして、全身でセーネをキャッチする。


「どぉぉわ!」


 スライディングしたリュージーンは、セーネを受け止めながら地面を削る。轍のような軌跡を残し、倒木に衝突して停止する。


「おい、無事かセーネ?」

「な……、何とか……がふっ!」


 リュージーンの身体に圧し掛かりセーネは吐血した。ガーランドロフとアイリーンとの戦闘によって負った傷口が開き、ミノタウロスに打たれた身が悲鳴を上げる。


「だから言っただろ。いくらセーネでも、あいつは正面から戦うのは無謀だ。あんなのを正面から撃ち倒せるやつがいるなら、ぜひお目にかかりたいものだね!」


 リュージーンはセーネを引き起こし、苛立ちを込めて皮肉を吐き捨てる。セーネは荒々しい呼吸で愛想笑いをするが、険しい眼差しをミノタウロスに向けていた。

 絶えず超巨大ミノタウロスの動向に注目するセーネが、険しい顔つきのまま口を開く。


「来るよ……!」


 緊迫感に満ちたセーネの言葉の通り、ミノタウロスが動き出した。

 超巨大ミノタウロスはセーネを敵だと認識した。確実な終末を与えるべく、拳を握り締めて流星のような拳骨を振り下ろす。


「避けるぞセーネ! 俺を持ち上げて飛べるか!?」

「あぁ! 僕は限界だから、僕を抱えて全力で走ってくれ!」


「「……え?」」


 2人の素っ頓狂な声が重なった。

 他力本願のリュージーンと、体力が尽きたセーネに、ミノタウロスの鉄拳を避ける手立てはない。半端な逃走では、鉄拳の余波から逃れられない。

 ミノタウロスの鉄拳が迫る。隕石のような圧倒的な一撃は、いかなる力を以ってしても受けることは不可能である。

 そのとき、暗雲を運ぶ嵐が吹き荒んだ。


「―――なんだか知らんが、この怪物は許しておけんな!」


 嵐が運んだ雷雲から声が落ちる。豪快な声音に従い、ミノタウロスを撃つ落雷が迸った。


「Gyaaaryyy!?」


 全身を駆け巡る雷撃と鋭痛に、ミノタウロスが悲鳴を上げた。振り下ろした鉄拳を広げ、頭を抱えて痛みに悶える。

 大地をまで降り落ちる落雷から現れた大男は、牛角を振り上げて超巨大な怪物を見上げた。

 その男の体躯は2メートルを超えるも、ミノタウロスには遠く及ばない。しかし、その存在感やミノタウロスすら凌駕する。


「ほぅ……。おれの雷霆を受けても立っているのか。頑丈だな。そして、生意気だ……!」

「大丈夫、セーネ? それとリュージーンも?」


 嵐が運んだ雷雲は、大自然の主を召還する。正しくは大自然の主たる彼こそが雷雲と暴風の支配者であり、リュージーンたちの危機を救う雷を撃ち出した。

 嵐に乗ってやって来たマリーは、金の長髪を靡かせて笑みを向ける。その横に舞い降りたソフィは銀髪に汗を輝かせ、急ぎ応急手当の魔法を両掌で発動する。


 セーネの記憶はここで途絶える。

 2人が命を駆けて繋いだ大地は、領主バルバボッサに託された。

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