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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
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怪牛の胎動 side. 道周

「GuuuRAAA!!」


 双角が天を衝くほどに、超巨大な巨躯を持ち上げたミノタウロスの咆哮が轟いた。雷鳴よりも激しく、嵐よりも苛烈であった。ナジュラの大地は、皮肉にもガーランドロフであった怪物によって様変わりしてしまった。

 すでに理性は蒸発した怪牛は、ゆらりと巨腕を持ち上げる。握り締めた鉄拳を振り下ろし、広漠とした大地にこれでもかと連打した。

 怪牛の拳打は地殻変動を巻き起こす圧倒的暴力を見せ付ける。

 その苛烈で猛烈な様に、セーネとリュージーンは傍観することしかできない。

 汚れ傷付いた白翼で飛翔するセーネに抱えられ、リュージーンはポツリと言葉を溢す。


「何だよあれ……。あの半牛半人の怪物がガーランドロフだって言うのか……?」

「あの怪牛が「ミノタウロス」だよ。だけど、ミチチカが相手にしていたミノタウロスはもっと常識的な巨体だったけどね」

「文字通り「桁違い」ってか。どうやって倒せばいいんだよ」


 リュージーンが呟いた言葉を、セーネは聞き流す。その問いに対する答えは持ち合わせておらず、セーネだって聞きたいくらいである。


「GyaaaRyyy!!」


 呆然とする2人を差し置いて、超巨大ミノタウロスは咆哮を轟かせる。その四肢を少しでも動かしてしまえば、周囲の破壊が誘発されてしまう。


「素晴らしいとは思いませんか? 個体の肉を組み替えて生命を創り出す。それも生態系を超える超生物へ。進化なんて待たずに、生命が生命を凌駕できる神秘の結晶ですわ」


 惚ける2人に対して、悠然と浮遊するアイリーンが言葉をかけた。

 アイリーンは圧倒的存在感を放つミノタウロスを嬉々として見詰め、高揚感に赤面して息を荒くしている。

 敵意と嫌悪感を露わに、セーネはアイリーンに向き合った。


「これが君のやりたいことなのかい? 命を踏み躙り、その声に耳を貸さずに弄ぶことの何が楽しい?」

「楽しいですわ。それを貴女に理解してほしいとは思ってもいません。

 ただ、私は見えない神秘の奥底まで手を伸ばし、同時に果てない空を目指すだけですの。私が「知りたい」「成りたい」「そうしたい」。そう思うことだけで、動機は十分ですの」

「……君と僕とは理解し合えないね」

「止めておけセーネ。知ろうとすると、こっちが染められかねない。アイリーンの思考はそういうものだ」


 セーネとアイリーンの論争をリュージーンが仲裁する。

 セーネはリュージーンの冷静さに当てられて落ち着きを取り戻した。無意識の内に昂った身体を夜風に晒し、粗ぶった息遣いを整える。


「……そうだね。いつまで経っても、どこまで行っても分かり合えないことだってある。僕はこの怒りを正しいと信じて、アイリーンにぶつけるとしよう」


 セーネは抱えたリュージーンを地面に放り投げると、スピアを八相に構える。

 地面に落ちるリュージーンは絶え絶えの悲鳴を漏らして、隆起した土の山に落ちて止まる。

 地面に投げ捨てられたリュージーンは、埋まった顔を地面から引き抜き空を仰ぐ。その視線の先では、白翼を撃ったセーネが特攻を仕掛けていた。


「せいっ!」


 可視の衝撃が空中に刻まれる。セーネは音速を誇る初速でスピアを突き立てるも、やはりアイリーンの生身を貫くことはなかった。

 セーネの攻撃を文字通り煙に巻いたアイリーンは、その背後で再び姿を現す。そして余裕の表情を崩さず、飄々と冷徹に笑う。


「私は貴女と戦う意志はありませんわ」

「どういうことだい?」

「僕の目的はすでに達成されていますわ。貴女方との決着は、あの怪物に任せるとしますわ」

「まさか、僕が逃がすとでも思っているのかい?」

「…………えぇ」


 アイリーンが皮肉一杯の微笑で返すと、セーネは目に見えて怒りを露わにする。どうやら2人の相性は最悪のようで、水と油のように反発し合う。

 セーネはアイリーンに向けて数多の武具を撃ち出す。アイリーンはのらりくらりと霞に消え、セーネの猛攻を受け流す。

 しかしセーネは攻撃の手を緩める様子はない。たとえアイリーンに攻撃が当たらずとも、その手数でアイリーンの逃走経路を制限する。

 一進一退の攻防を繰り広げる2人の美女たちだが、この場の圧倒的な不確定要素が均衡を崩す。


「GYAAARYYY!!」


 超巨大ミノタウロスが轟鐘を叫ぶ。同時に腕を振り下ろし、出鱈目な激震が大地を揺らす。

 怪牛の咆哮で震撼した大気に攫われ、セーネは堪らず翼に力を込める。なんとか堪えることでやっと宙に留まり、セーネは怪牛の咆哮をやり過ごした。

 大気の震撼を堪えたセーネは、瞑目した瞳を開けて舌打ちをした。先ほどまでセーネが眼中に捉えていたアイリーンの姿はそこにはなく、幻だったかのように姿を眩ませた。


「――――……くっ、逃げられたか!」


 セーネは悔しさを滲ませる。苛立ちを怒鳴り散らしいて吐き散らし、地団太を踏みたい気持ちを抑え込んで、作り込んだ笑みでリュージーンの元へ舞い降りた。


「すまない。大きなことを言ったのに、アイリーンに逃げられてしまった」

「構わねえよ。さすがにデカブツを相手にしながらアイリーンも相手取るのは無理だ。アイリーンが自ら戦線を離れてくれたと思うしかねえ。

 ……と言っても」


 リュージーンがその先を口にすることはなかった。

 目の前の超巨大ミノタウロスに攻撃が通じるのか。超巨大ミノタウロスを倒すことができるのか。

 リュージーンもセーネも、その問いかけを口にする野暮はしない。


「Gaaauraaa!!」


 超巨大ミノタウロスは、足元のリュージーンたちにも目もくれずに雄叫びを上げる。

 超巨大なミノタウロスを見上げ、セーネは生唾を飲む。これ以上の暴虐は見過ごせないと叫ぶ意志に従い、覚悟を決める。


「僕があいつの相手をする。一撃一撃が非力でも、僕の手数で倒すしかない」

「だが、あいつの身体に刃が通るのか? 接近するのはリスクがありすぎるぞ」

「それでもやるしかない。元とはいえ、領主である僕が領域が荒らされる様子をも過ごせないよ」


 そう言い残して、セーネは翼を広げた。傷だらけの小さな少女の双肩に、ナジュラの大地の未来が圧し掛かる。


「待てセーネ――――!」


 勇ましくスピアを掲げたセーネは、リュージーンの制止を振り切って飛翔する。

 逆風に黒髪を靡かせて、一人の少女が立ち向かった。


 黒雲の稲光が瞬いた――――。

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