プライドの咆哮 side.道周
「すぅっ――――」
緊張感が張り詰めた空間で、ガーランドロフが息を吸った。胸一杯に吸い込んだ空気を一度で吐き出し、全身の筋肉を伸縮させて地面を蹴った。
リュージーン如きでは反応できない突貫で、ガーランドロフは拳を振り上げる。
「そこだ!」
しかし、スピアを構えて待機していたセーネは対応する。翼で空を撃ち、同時に「空間転移」で跳躍する。
セーネは瞬きの間にガーランドロフに追い付く。追い縋った先でスピアを突き出し、ガーランドロフの肉体を狙う。
「そう来ると読んでいたぞ」
ガーランドロフは特効に見せかけた走破を力付くで踏み留まる。慣性を筋力で相殺すると、強靭な体幹で振り向いて裏拳を放つ。
セーネは頬にまで肉薄した拳を回避すると、空中で1対の槍を握る。それを投擲したセーネは羽撃いて追随し、2段構えの攻撃を仕掛ける。
「ふんっ!」
セーネの連撃にもガーランドロフは落ち着き払い、「鎧」の権能で守勢に回る。その鎧は不壊で不滅、どれだけの手数を重ねても破ることはできない。
鎧と槍の衝突により、甲高い金属音が木霊する。
「オレの権能を暴いたからと言って、この鉄壁は突破できまい。何も変わっていないぞ」
「……と、思うだろ?」
勝ち誇ったようなガーランドロフの懐に潜り込み、リュージーンが怪しげに笑う。
リュージーンは背中に回した手で、隠した武器を握っている。鎧を纏っている状態のガーランドロフは微動だにできない。その情報だけで、守勢に回るガーランドロフに接近することが余りにも容易であった。
懐に忍び込んだリュージーンの武器に、ガーランドロフには形容しようのない冷汗を流す。リュージーンの含み笑い、確信を持った目付き、その全てがガーランドロフの本能を刺激した。
焦燥に駆られたガーランドロフは、急ぎ権能を解除して後方へ跳んだ。先ほどまでの不動の城砦から、圧倒的俊足で回避する。
背中で武器を隠したまま、忍び足でガーランドロフとの距離を測る。
「大口を叩く割に逃げ腰だな」
「黙れ! その生意気も言えないほどに叩き潰してや」
「らせないよ!」
「ぐっ……!」
ガーランドロフはリュージーンの挑発に反駁するも、セーネの奇襲が休息の暇を与えない。
ガーランドロフが身を動かしているということは、鎧を纏っていないということである。そんな格好の攻め時を、セーネは手数と素早さ、そして丁寧さを以ってして攻め立てる。
さすがのガーランドロフもセーネの攻撃を直撃されるわけにはいかない。迅速に権能を起動させ、鉄壁の鎧で全弾を弾き返した。
ガーランドロフが不動の守勢に回ると、再びリュージーンが接近する。先ほどと同じように、含み笑いで武器を隠して手の届く範囲に潜り込んだ。
「っ!」
リュージーンが隠した正体不明の武器に、ガーランドロフは柄にもない感情を抱いていた。それは焦りであり苛立ちであり、何より胸の奥を掻き混ぜるような具合の悪さがあった。
生まれながらの強者であったガーランドロフは、この感情が「恐怖」であることを知らない。生涯、圧倒的な巨体と暴力で蹂躙してきたガーランドロフにとって、その感情は縁遠いものであったのだ。
「くそ……っ!」
ガーランドロフは歯噛みをして、再び後方へ跳ぶ。リュージーンの隠し持った武器が、万が一にも鎧を打ち破る可能性を秘めているのであれば避けなければならない。弱者であるリュージーンから傷を負うなど、ガーランドロフの矜持が許さない。
再び行動をしたガーランドロフを、セーネはしつこく攻め続ける。
セーネは止めどなく槍を投げつけ、間を縫うようにスピアを穿つ。それがガーランドロフの肉を撃つことがなくとも、光明を切り開くと信じて攻撃を続ける。
ガーランドロフは横一文字に結び、身体を一つの城砦と化して防御に徹する。しかし、同じ攻防の繰り返しとリュージーンから逃げる実体が、確実にガーランドロフの余裕を奪っていく。
「――――……ぁあ! えぇい、鬱陶しいぞ!」
そして、ガーランドロフは遂に痺れを切らす。例え鉄壁の鎧を纏えど防戦一方など許容できない。ガーランドロフはセーネの槍を骨肉で受け止めながら、突貫するセーネに腕を伸ばした。
無論、セーネの放った武具は研ぎ澄まされた逸品揃いだ。生身で受ければ身体に突き刺さり、鮮血が待って地面に斑を刻む。蜂の巣にされたガーランドロフの身体には武具の傷痕が刻々と刻まれ、虎柄の体毛が血に滲んだ。
迸る痛みを噛み殺し、ガーランドロフは伸ばした腕を出鱈目に振る。もちろんセーネに狙いは定めていたものの、当たればよいという思いで反撃を繰り出した。
「っっらぁ!」
「うぐっ!」
ガーランドロフの攻撃はセーネの胴を打つ。絞られた打拳ではないものの、ガーランドロフの膂力を以ってセーネは打ち払われた。
吹き飛ばされたセーネは権能を使用するのではなく、血と土で汚れた白翼で飛翔する。地面すれすれで土ぼこりを巻き上げ、天高く飛び上がった。
セーネが離脱したことを確認すると、ガーランドロフは無意識に舌なめずりをする。セーネが転移で肉薄できるとはいえ、そこには僅かなタイムラグが存在する。
ガーランドロフにとっては、その僅かな時差があれば充分であった。
ガーランドロフの眼は接近するリュージーンに向けられた。苛立ちと怒りで血走った眼で捉えたリュージーンは、息を切らして必死に走っている。
(弱者が、雑魚が……。お前がどれだけ頑張ろうと足掻こうと挑もうと、オレはそれを凌駕する。オレの権能を突破する武器を持とうと、扱うお前は所詮「下」だ……!)
ガーランドロフは勝利を確信する。リュージーンがどれだけ奇想天外な行動をしようとも、ガーランドロフは天賦の才を以ってそれを圧倒する。
リュージーンが武器を振り抜くよりも速く、リュージーンが抗う間もなく蹂躙する。
ガーランドロフは拳を固めない。その巨掌でリュージーンを狙い、握り捻り千切り押し潰すことだけに意識を集中させる。
「らぁぁぁ!!」
「死ね弱者ぁぁぁ――――!」
迎撃の体勢に入るガーランドロフに、リュージーンが飛び込んだ。一見無謀とも思える行動も、リュージーンが隠した武器が打開す
「……あ?」
ガーランドロフは思わず素っ頓狂な声を上げる。
リュージーンが温存した武器は、どこからどうみても普通の「矢」であった。
ただの木を加工し、ただの鉄の鏃を嵌めただけの矢だ。弓に番えるわけでもなく、特別な素材で磨かれているわけでもない。
刹那、鮮やかな血柱が両者の頭上にまで立ち昇った。




