逃げも隠れもしない闘争 side.道周
何度も言うが、道周の走力は現代日本を基準にすると、トップレベルの速度を誇る。その道周の健脚は、この期に及んでさらなる速さ叩き出した。
魔剣を振った道周は、セーネにたかるガーランドロフとアイリーンの間を駆け抜け、セーネから2人の敵を引き離した。
安全を確認するや否や、セーネを縛る拘束を魔剣で容易く断ち切る。
道周はセーネを開放すると、手を取ってセーネを引き起こした。
「ごめん、待たせな」
「問題ないよ、間に合ったのだもの」
短く言葉を交わす2人は、すでに目の前の敵を見据えている。
「ここは俺に任せろ! ……と、言いたいところだが」
威勢よく啖呵を切った道周だが、心なしか顔は青ざめている。全力疾走したツケが回っているのか、それともセーネの前で格好をつけているのか、見栄を張っている。
しかし、その大見得も束の間、表情を崩して本音を漏らした。
「とても2人の敵を相手取って立ち回るのは厳しいので、ぜひとも力を貸して欲しい」
「あはは。ミチチカの、そういう本音を臆面もなく言うところは好きだよ。
もちろん、その提案は大賛成だとも」
「では、この方に登場していただきましょう」
セーネの快諾を待っていたのか、道周は柏手を打つ。
道周の行動に疑問を浮かべたのはセーネだけではない。敵であるアイリーンも首を傾げる。
道周に促され、草むらから人影が現れる。
「お?」
「あら?」
「げっ!」
突如として現れた助っ人にセーネもアイリーンも驚きを見せるが、誰よりも大きな声を出したのはガーランドロフであった。
全員の注目を浴びて現れた男は、くたびれた身体を押して顔を上げる。
「ぜぇ、はぁ……。ちょ、休憩……、は無理そうデスネ……」
鮮烈な登場をしたのは、全力疾走の果てに呼吸を乱したリュージーンであった。蒼白な顔を上げて、力ない瞳で睨みを効かせる。が、その眼差しに覇気は宿っていないかった。
肩を上下させて現れたリュージーンは、顔を上げて初めて状況を理解した。道周の疾走に追い縋ったリュージーンは、休む間もなく連戦となる。
覇気もなく、げっそりと疲れ切ったリュージーンを目にして、ガーランドロフが声を荒らげて抗議する。
「おい! その雑魚がどうしてここにいる!? おずおずと尻尾を巻いて逃げてただろ!」
「うるせーね。
ぜぇはぁ……。それは、俺がお前の相手をするから……、だろうが」
リュージーンはいつになく強気に答えるが、息も切れ切れに格好がつかない。
その姿が余計にガーランドロフを逆撫でする。
激昂したガーランドロフは、虎柄の体毛を逆立たせて臨戦態勢に入った。
「おいアイリーン、オレを止めてくれるなよ」
「今さら止めもしませんわ。私は隣の少年、あれが気に食いませんの」
「そうか。つくづく趣味は合わんが意見は合うな」
ガーランドロフに続いて、アイリーンも臨戦態勢に入る。
こうなれば、道周たちも油断もできない。一瞬でも気を抜けば、ガーランドロフの速度に討たれアイリーンの魔法に化かされてしまう。
道周とセーネは即座に武器を構え、押し殺した声で通じ合う。
「どちらも曲者だよ。魔女の方は、毒か呪いか搦め手と、派手な魔法を使ってくる。攻撃も煙に巻かれて当たらないし、僕の権能も封じる魔法を持っているようだ。気を付け」
「あぁ。リュージーンの話によると、アイリーンは魔王軍幹部のトップ3に入る猛者だ。
だが、裏を返せば俺の魔剣なら対処できる。アイリーンは俺が担おう」
「……」
セーネが死闘で得た情報を、道周はリュージーンからすでに聞き及んでいたようだ。それどころか、セーネの知り得なかった情報をペラペラと喋る道周に憤懣を抱きながらも、セーネは大人の対応で聞き流した。
コホンと咳払いをすると、セーネは気持ちを元の軌道に戻す。
「隣の獣人、ガーランドロフと言ったか。彼は超人的な身体能力も去ることながら、硬質化の権能を持っている。それに頭も回る男だ。魔女の無茶振りにも適応するところから、連携をさせないように脚を止めるしかないと、僕は考えるが
「ガーランドロフの権能はすでにリュージーンが看破した。俺がアイリーンを倒すまで、どうにかガーランドロフの体力を削ってくれ。アイリーンを倒し次第、すぐに加勢する。
……セーネ? 何か起こっているか?」
「別に。
リュージーンリュージーンって、もうリュージーンだけでいいんじゃないかな? 僕が命を懸けて得た情報なんて、リュージーンが即座に見抜くもんね、そうだね」
「明らかに起こっているよね!?」
「面倒くさい女の起こり方だ、これ」
道周は突如ヘソを曲げたセーネに困惑する。隣で溜め息を吐くリュージーンに助け舟を求めるも、状況がそれを許さない。
「与太話とは余裕だな! そのまま楽しく死んどけ!」
怒声を飛ばしたガーランドロフは、発破をかけると同時に道周に肉薄した。振り上げた巨腕を道周の脳天へ目掛けて、遠慮なく振り下ろす。
「――――と、お前はそうやって食い付いて来てくれると思っていたぞ」
油断を見せ付けた道周は悪戯な笑みを溢す。待ち侘びた好機に魔剣の柄を握り直し、呼吸を整えて閃きを放つ。




