やっと参上 side.道周
ガーランドロフが鉄拳を構え、持ち上げたセーネに撃ち込む。溜め込んだ力は肩甲骨から腕に回り、ガーランドロフの膂力を最大限に発揮する。
セーネはガーランドロフの鉄拳が肉薄する瞬間まで堪え、満を持して「空間転移」の権能を発動する。
セーネは遂に、ガーランドロフの無防備になった首筋を捉えた。ガーランドロフが攻撃に意識を向けたこの瞬間、白銀のスピアを放つ。
一方のガーランドロフはセーネが逃れたことを認識したものの、身体の硬質化は間に合わない。
ガーランドロフの虎柄の毛は逆立ち、首筋に迸る悪寒に身体を震わせる。
「もらった!」
セーネは勝利の確信を持って叫んだ。白翼で強く羽撃き、白銀のスピアを撃ち出し
「やはり、そう来ますわよね!」
セーネの一撃を待ち侘びていたのはアイリーンだった。アイリーンは満面の笑みを浮かべて、掲げた魔法を打ち下ろした。アイリーンが放った紫の波動はセーネを地面に落とし、網に化けてセーネの四肢を絡め取り拘束した。
地面にセーネを縛り付けたアイリーンは、声を弾ませて恍惚とした表情を浮かべる。悠々と舞い降りたアイリーンは、しなやかな脚を広げてセーネに馬乗りになった。
「あぁ、やっと捕えましてよ。どうして差し上げましょうか?」
「あまり僕を舐めてくれるなよ。僕がこの程度の拘束から、逃れられないとでも思っているのかい?」
「うふふふ。そうでしょうね、そうでしょうね?
……本当にそうでしょうか?」
アイリーンを見下ろすアイリーンは、豊かな感情を見せて邪悪に微笑む。
アイリーンの言葉を挑戦と受け止めたセーネは、「空間転移」を使用して拘束から脱出を試みる。が、どれだけセーネが権能の発動に集中しても、セーネが空間を飛び越えることはなかった。
当たり前のように使える権能の不発に、セーネは意味が分からず疑問符を浮かべる。
「不思議でしょう? 不思議でしょう? どうして権能が使えないのか、不思議で仕方ないでしょう?」
アイリーンはセーネの困惑した顔を間近で観察し、高揚した顔で煽り文句を並べる。アイリーンは好調な声音で、セーネの耳元に唇を近付けた。吐息が吹きかかる距離で、セーネに甘い声をかける。
「答えを教えて差し上げましょうか? お願いしてみてください?」
「誰が君なんかに頼むものか」
「そうでしょうね! 貴方はそういう人ですわね! 期待通りですわ。
そんな貴方を踏みしだけるなんて、感極まりますわ!」
聞く耳を持たないアイリーンは、熱のこもった息を吐き出す。そして高揚した身体を密着させ、体温を重ねてセーネに語りかける。
「この魔法はですね、貴方たち「対四大領主」用に編み上げたものですの。貴方たちの権能を徹底的に分析し、見事完封するに至ったわけですわ」
「分析? その言い振りは、まるでサンプルがあるみたいだな」
「えぇ。ありますとも」
「なに……?」
アイリーンの言葉に引っかかりを覚えたセーネは、不審な眼差しでアイリーンを見返す。
セーネの表情に性癖を刺激されたアイリーンは、調子よく言葉を口を動かそうとするが、遮るようにガーランドロフが歩み寄る。
「無駄口はもういいだろう。そいつを潰させろ」
「……今いいところでしたの。お目々、付いていますの?」
「そいつを殺す絶好の機会だ、ってことが分かるくらいには見えてるよ。おら、どけアイリーン」
「本当、獣って情緒のない方ですわね。これだから本能で交尾する種族は、性癖を満たすことを知らないから嫌ですわ」
「性欲丸出しなアイリーンには言われたくないわ」
本能に正直なまま暴走するアイリーンを、ガーランドロフが呆れ返った声で突っ込む。だが、その視線は殺気を孕んでセーネに注がれている。
ガーランドロフの殺意に当てられ、アイリーンの昂った熱も冷めてしまう。アイリーンにしては珍しく譲歩し、馬乗りになったセーネから立ち上がる。
「ま、早々に処分するという意見には賛成ですわ。封じたとは言え白夜王。確実に留めを刺せることは重要ですわ。
何より、彼女のお仲間に差し向けたミノタウロスは破れているようですし」
「っ!? それを早く言え馬鹿女!」
落ち着き払ったアイリーンの発言に、ガーランドロフは焦りを見せる。ミノタウロスを下すほどの相手が、よもやこちらへ向かっているかもしれない。セーネを奪還されれば、優勢を握っているこの戦況を覆される可能性が大いに有り得る。
「さっさと殺るぞ」
「もったいないですが、そうしましょうか。
大丈夫ですよ。死体は丁寧に処理して飾ってあげますわ」
アイリーンは地面に組み伏せるセーネに別れを告げる。
ガーランドロフはアイリーンの決別を見届けると、自慢の拳骨を高らかに掲げる。
セーネも易々と殺されるわけにはいかない。ガーランドロフに頭蓋を砕かれる刹那、せめてその腕だけでも落としてやろうと、スピアを逆手に握り直す。
決死の犯行を決意した瞬間、旋風に乗った雄叫びが届く。
誰もがその声に振り向いたとき、颯爽と魔剣が迸る。
「――――セーネから、離れんかい!!」
怒号を放ち、道周が駆け抜けた。ジャバウォックの血を全身に浴びた男の疾走は、完全な意識外から剣戟を浴びせる。
そして立ちはだかる道周は、白銀に輝く魔剣をガーランドロフに差し向ける。
「さぁ下衆共、俺が来たからには、叩き斬ってやるよ……!」
「いい威勢だ小僧。喰い千切ってやるよ!」
怒りに満ちた道周の眼差しに当てられ、ガーランドロフも怒気を露わにする。
2対2の第二ラウンドが始まる。




