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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
142/369

見切り side.道周

「君は、誰だ?」


 セーネは左腕に走った複雑な痛みに顔を歪めながら、それでも気丈に問い掛ける。疑念の眼差しは、突如として現れたアイリーンに注がれている。

 セーネの紅眼に睨まれ、アイリーンは身体を小刻みに震わせた。

 飄々とつかみどころのないアイリーンではあるが、さすがにセーネに睨まれると恐怖を感じるのであろうか。


「あぁ……、その紅顔、苦痛に歪めて上げたくなりますわ……!」


 恐怖などということはなかった。

 アイリーンは恍惚に頬を赤らめ、全身を迸る快感を抱き締めて悶えていた。

 セーネはアイリーンの変態性に調子を狂わされながらも、その不穏な存在感に警戒を怠らない。右手のスピアは、いつでも振るえるように握られている。


「君の武器は毒かい? それとも魔法かい?」

「それを推理するところ含めての、戦いではありませんの?」

「言ってくれる。だったら、どんな手を使われても、文句はなしってことだね。……お互いに」

「っ!?」


 セーネが含みのある物言いをした途端、アイリーンの顔色が青ざめた。震えた眼を剥いて振り返ると、一振りの槍がアイリーンの背中を貫いていた。


「い、いつの間に……?」


 アイリーンは血の気の引いた顔で、恐る恐るセーネに問い掛ける。

 セーネは冷めた顔でアイリーンを見下ろし、無機質に唇を動かした。


「それを考えてこその戦いさ。君が何者であろうと、啖呵を切ったのはそっちだよ」

「ぅ……、ぐぅぅ……――――。


 その通りですわ」


 身体を貫通していた穴に手を宛がい、アイリーンは微笑を浮かべる。

 すると、空中に浮遊していたアイリーンの実体は霞のように霧散した。

 セーネは唐突に姿を消したアイリーンに対して、最上級の危機感を覚える。左腕の疼きなどすでに忘れ去り、全開で転身する。

 セーネは振り返った先にスピアを突き出した。鋭利な切っ先で空を切ると、遅れて靄が収束する。

 紫色の靄は人を形取り、消えたアイリーンが出現した。

 セーネの背後を取ったはずのアイリーンは、先手を打たれて腹を貫かれる。


「がっ……!?」


 腹部に風穴を開けられたアイリーンだが、手応えは皆無だ。腹の穴からは血の一滴も零れず、再び姿を眩ませる。


「っ。そこか!?」


 セーネは霞となって消えるアイリーンの気配を探り、察知した先からスピアを振り抜く。何度もスピアでアイリーンを貫くが、その悉くが化かされて空振りに終わる。


「いつまで化かし合いをするつもりだい? 君が誰かは知らないが、相当口だけの魔女のようだ」

「あら、白夜王ともあろう者が苛立っていますの? その顔、いいですわね」


 互いに毒を吐く2人は、冷徹な微笑みで見つめ合う。

 余裕の表情を浮かべて浮遊するアイリーンに、再び槍が突き刺さる。背後から迫る槍はセーネが放った一撃であるが、やはり実体のないアイリーンにダメージはない。

 アイリーンにセーネの槍は通じなければ、アイリーンがセーネに攻撃を通すこともできない。2人の攻防はどこまで行っても平行線を辿る。

 しかし、この拮抗もセーネとアイリーンの1対1の場合だ。

 アイリーンは「2対1」と言った。

 もう1人の敵、ガーランドロフが大人しく黙っているとは思えない。


「ど――――らぁぁぁあああ!」


 森林から轟いた怒声とともに大木が飛来した。その数は1本や2本ではなく、数十本にも上る。高速で飛ぶ大木は風圧に葉を散らし、剥き出しになった枝先が刺々しく槍と化す。


「あの虎男か? そんな投擲で僕を落とせるとでも?」


 セーネは飛来する大木を一瞥すると、翼を羽撃かせて優雅に舞う。大木の隙間を踊るように縫うと、最後の一撃を「空間転移(テレポート)」で回避する。

 セーネは大木が放たれた始点へ転移した。その場に必ずいるガーランドロフへ目掛けて奇襲を仕掛ける。


「喰らえ!」

「ふんぬっ!」


 飛翔の慣性を残して転移したセーネは、速度を乗せた一突きをガーランドロフに繰り出す。

 対するガーランドロフは反射的に硬化し、セーネの一刺しを紙一重で受け止めた。

 鋼鉄同士が衝突する金属音が高らかに響き渡る。

 と同時に、ガーランドロフの足元が赤く熱を帯びる。仄かな赤は輝きを放ち膨張する。赤熱の膨張は爆発へと変化し、ガーランドロフごとセーネを飲み込んで爆炎を巻き起こす。

 大爆発はセーネが攻撃の瞬間に着火された。セーネの意識外で放たれた爆発に、回避の反応が遅れる。


「――――くうぅ!」


 大地を捲った爆炎の中からセーネが飛び出した。自慢の白翼は煤で黒ずみ、炎上した衣服の隙間から白肌を覗かせる。

 さすがのセーネも、爆発に巻き込まれて無傷とはいかない。身体に火傷を負いながらも、火の粉を振り払い息を整えるべく上昇する。

 しかし、セーネが逃れた先に待つアイリーンが、休息など許すはずがない。待ち構えた紫の雲を操り、セーネへ目掛けて叩き落とした。

 セーネの脳裏を過るのは、先ほど腕を掠めた紫の波動。毒とも呪いとも言いようのない、正体不明の魔法を直に受けるわけにはいかない。

 セーネは躊躇いなく転移を使用し、アイリーンから距離を取って体勢を整える。流れる汗を振り払い、蒸気した頬の熱を冷ます。


「その顔、とてもいいですわ。……でも、本当に逃げられたとでも……?」


 避難したセーネに視線を送り、アイリーンは静かに呟いた。意味深に放った言葉はセーネに届いていないが、アイリーンは気にする様子もない。

 上空でのらりくらりと浮遊するアイリーンは、眼下に落ちる紫雲を一瞥した。雲が燃え上がる爆炎に突入したことを確認すると、不敵な笑みを浮かべる。


「ふっ……」


 アイリーンの含みのある微笑に、セーネは眉をひそめる。その腹の内を探るべく視界を広く観察をするが、すでに遅い。

 紫雲を飲み込んだ爆炎はさらなる胎動を始める。燃え上がる炎がうねった途端、天まで届く大爆発を起こした。

 引火性のガスである紫雲を含んだ爆発は、縦でけでなく横にも広がる。灰塵も猛火を飛散させる誘爆は、上空で息を整えていたセーネまで届いた。


「ぅっ!? 仲間を巻き込んで、そこまでやるのか……!?」


 セーネはアイリーンが繰り返す容赦のない爆撃に、怒り込めて叫ぶ。爆発に巻き込まれ続けるセーネはもちろん、爆心地にはガーランドロフがいるのだ。ガーランドロフがどれだけ身体を硬質化できようと、この規模の爆発に巻き込まれて無事なはずがない。

 爆風に巻き込まれたセーネは、自らを地表に転移して受け身を取る。爆発に吹き飛ばされた慣性は残っているものの、勢いが乗る前に地面にぶつかり被害を最小限に留める。


「ぐうぅぅぅ――――!」


 セーネは身体を地面に削りながらも、巻き込まれた勢いを殺しきった。擦切った地肌からは滝のような流血を零しながらも、アイリーンが繰り出してくる次の手を警戒する。


「――――ったこらぁ!」


 しかし、燃える森から飛び出してきたのはガーランドロフだった。健脚の剛力を活用した突貫は、セーネの意識外から襲い掛かる。

 ガーランドロフは持ち前の俊足でセーネを捕え、大きな掌で首根っこを掴み上げた。溜まりに溜まったフラストレーションを開放し、巨掌で鷲掴みにしたセーネに牙を剥く。


「ようやく捕まえたぞ小娘。要望通り、骨の髄を粉々にしてやろう」

「ぅぅ……、やってみるといい。その前に、君の髄を貫いて上げ」

「黙れ!」

「がぁぁ……!」


 苛立ったガーランドロフは、セーネの台詞を待たずに掌に力を込めた。

 首を絞められるセーネは苦悶を漏らす。権能を用いれば、ガーランドロフの手から逃れること容易い。しかし、ただ逃れるだけでは意味がない。

 あの大爆発に巻き込まれて尚、ガーランドロフには傷一つない。それどころか火傷の跡も、炎の煤もないガーランドロフに一矢報いるための好機は、ガーランドロフが攻撃に力を注いだ瞬間である。

 セーネは自らの危機を囮にして、ガーランドロフの命を狩る。一瞬の駆け引きに、全ての意識を集中させる。


「今までの借り、返させてもらう!」

「――――っ!」


 命を奪う、刹那のやり取りが始まる。

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