勝つために side.マリー
「行くよ……!」
反撃に転じるマリーが杖をかざす。収束した光球が散弾となり、突撃するジャバウォックたちを迎え撃った。
「「「Buuurrraaa!」」」
マリーの魔法を正面から受けながらも、ジャバウォックは快進撃を続ける。顔面に爆発を受けながらも、殺意が勝り狂乱していた。
「マリーは敵の分担をしてください。各個撃破は私が行います!」
「了解したよ!」
ジャバウォックの暴走にも怯むことなく、マリーとソフィの呼吸は乱れない。足並みを揃え、作戦通りに動きを合わせる。
マリーは持ちうる魔法を駆使してジャバウォックを迎え撃つ。ジャバウォックの視界を覆うように誘爆させると、地面を隆起させて足元を掬い上げる。ジャバウォックたちの足並みが乱れた隙に気流を乱し、列をなすジャバウォックたちを分断した。
群れになると厄介なジャバウォックであるが、1頭ずつであれば強敵ではない。身体の構造を理解したソフィにとって、ジャバウォックを切り裂くことは魚を捌くことと同義であった。
「スッ――――」
疾風のように駆け回るソフィは背後から忍び寄り、短剣を振ってジャバウォックの喉元を割いた。
「Byaaa!」
「Baaa!?」
「Bigyyy!?」
ソフィが通り過ぎた後には怪物の血痕が飛散し、次々とジャバウォックが倒れていく。すでに3頭のジャバウォックが斬殺されている。
しかしジャバウォックたちは頭数を増やしている。ジャバウォックの咆哮がジャバウォックを呼び、その連鎖により襲い掛かる個体は後を絶たない。
「おれたちも続くぞ!」
「大人数で1頭を囲め! 絶対に孤立するなよ」
「情けな要らない。徹底的に叩け!」
マリーたちの戦い様に感化され、獣人たちも雄叫びを上げる。手に持った棍棒を掲げ、5人で1頭のジャバウォックを袋叩きにする。
ジャバウォックが攻め立てていた戦況から一転し、マリーたちが率いる獣人サイドが優勢を握っていた。
この優勢に乗じて、勝利を手繰り寄せんと一気呵成に攻め立てる。
上空から大挙したジャバウォックも、頭数は確実に減っている。マリーの魔法がジャバウォックの攻勢に歯止めをかけ、確実に1頭ずつを討伐していく。
ゆっくりと時間をかけ、この戦場を勝利で納める。
明確な勝ち筋への光明が差し込んだとき、予期せぬ事態が予定調和を乱した。
ジャバウォックの1頭が獣人たちの隊列の後方を取った。いきり立った咆哮で鎌首を持ち上げ、剥いた牙を剥いた相手は、こともあろうか消沈したモコであった。
当のモコ本人は、疲労と負傷から気を失っていた。抵抗どころか回避も逃走もできないモコは、身体を無防備に放り出した隙を見せていた。
「Buruuuaaa!」
格好の的を目の前にしたジャバウォックが猛って唸り声を上げた。その咆哮で、ようやくマリーとソフィが危機に気が付いた。2人は目の前の敵を狙っていただけに、モコを庇う行動が遅れる。
「それはマズいって……!」
「しまっ……!?」
マリーの光球も、ソフィの疾走もわずかに届かない。
2人の眼前で、ジャバウォックが巨大を持ち上げた。
「っ――――!?」
それでも諦めずに手を伸ばすマリーの頬を、一陣の風が靡いた。黄金色のそよ風は、ずんぐり巨体の老婆を運んだ。
「本当に、手間のかかる弟子だね!」
ふくよかな身体を押して尚、目を見張る軽やかさで駆けるラブが叫んだ。エルフの真骨頂足る身体能力と魔法の乗算は、確かな威力でジャバウォックの胴を貫いた。
「さっさと片付けるよ!」
ラブのだみ声が森林に共鳴する。獣人たちはラブの登場に複雑そうな顔をするが、心強い助っ人に士気が高まる。
モコを救ったラブは、眼前に広がるジャバウォックたちに正対する。一巡して敵を見据えると、手早くマリーたちに指示を飛ばす。
「金子、あんたの得意な魔法の最大出力を撃ち出しな。コントロールは考えなくていい。前に飛ばせば及第点くれてやるよ」
「りょ、了解!」
「銀子、あんたはあたしと一緒に舵を取るよ。群れの真ん中にぶちこんでやるのさ」
「了解しました」
ラブの指示に従い、マリーは魔法を展開する。杖の先に放出した光の奔流は、ジャバウォックの巨体を包み込んで余りある大きさまで膨れ上がる。
今のマリーが出しうる最大出力が形成された。マリーは気合いを入れ、呼吸を整えて放出する。
「行くよ! すぅ…………、ファイア!!」
「行くよ銀子。金子の魔法に押し敗けるんじゃないよ」
「言われずとも、全力です!」
2人のエルフは呼吸を合わせ、繰り出した風の魔法で光球の軌道を操った。マリーの強大な魔法は、ラブとソフィの魔法を重ね合わせても手をこまねくほどの威力を誇っている。
「ぐっ……!」
「くうぅぅぅっ!」
2人は踏ん張りを効かせて魔法を繰る。腕に力を入れ、風の軌道を迫り来るジャバウォックの群れの中心に誘導した。
2人の尽力もあり、マリーの全力はジャバウォックの群れの真ん中で大爆発をした。
「「「Bulllrrruuuaaa!!」」」
ジャバウォックたちを一斉に巻き込んだ爆発は、肌を焦がす炎熱を放つ。爆風がマリーの金髪を揺らし、瞳を覆いたくなるほどの閃光が場を満たした。
その爆発は見掛け倒しではない。圧倒的な熱量で、一切のジャバウォックを蒸発させた。
「今度こそ……、やったね」
「ですです。この場は凌げたようですね」
安堵と達成感に、マリーとソフィは顔を綻ばせて息を吐いた。
しかし、ジャバウォックの群れは依然としてグランツアイクの空を覆い尽くしてる。
天を仰いだラブは、ジャバウォックたちの群れの来る方角へ思いを馳せた。そして浮かんだ所感を、他意なくポツリと呟いた。
「こいつら、ナジュラの方角から来ているね……」
呟いたラブ本人は、道周たちがナジュラに向かったことを知らない。未知の怪物たちに対する純粋な疑念から来た言葉を口にしただけである。
しかし、マリーとソフィはラブの言葉にひっかりを覚える。
「まさか」
「ミッチーたちに何か……?」
道周とマリーという点が、線として繋がった瞬間である。




