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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
136/369

我が儘だから side.マリー

あらすじ

衝動的に駆け出したモコが目指すのは、かつての縄張り。理由はない、自分でも分からない、人生で初めての我が儘を通して、やりたいことがあったから。

 ――――なぜ駆け出したのか?


 それは、モコ本人にも分からない。

 答えるとするならば、そうしたかったからだ。

 しかし、己の意志を封じて、運命に流されるまま生きてきたモコにとって、自らが取った行動は理解しがたかった。

 きっとラブに、マリーにもソフィにも迷惑をかけている。迷惑だなんて、まだ甘いかもしれない。もしかすると、自分の暴走で命の危機に晒しているかもしれない。

 それでも、モコは走った。

 今から反転して戻ることだってできる。けど、したくない。

 群れから迫害され、ラブに引き取られ……。

 そこにモコの意志はなかった。

 ならば、今だけでも我が儘を通したい。そのために、与えられた才能(魔法)を磨いてきたのだ!

 決別したはずのかつての群れを見捨てることは、モコの生から歴史を消すことと同義だ。

 そんな強迫観念に迫られてモコは走った。


 モコはおぼろげな記憶を辿る。もう何年も歩いていない道を行き、確かこの辺りだと群れの縄張りへと脚を踏み入れる。

 聞こえてきた悲鳴の方角へ従い、さらに速度を上げて草木を掻き分けた。


「みんな! だいじょうぶ!?」

「「「っ!?」」」


 木々の隙間を突き抜け、突如として現れたモコに獣人たちは驚愕した。たどたどしい武器の扱いで応戦する獣人も、逃げ惑う獣人も、同じ表情でモコを見詰める。

 まるで幻でもみるかのように硬直した獣人たちに、ありとジャバウォックが牙を剥いた。


「てい!」


 疾走の勢いを乗せ、モコはジャバウォックに飛び蹴りをお見舞いする。

 真横から胴を蹴り込まれたジャバウォックは、大きく姿勢を崩して倒れ込んだ。地面を転がって体勢を整えると、モコの追撃が目前まで迫っていた。

 掌に火の粉を集中させたモコが掌底を打ち込む。掌底は見事ジャバウォックの顎を打ち、火の粉は逆巻いて炎の柱を立てる。

 小さいながらも炎はジャバウォックの顔を包んだ。即死とはいかないものの、撤退させるだけの成果を上げる。

 ジャバウォックを一頭退けたモコは、呼吸を荒らげている。

 ジャバウォックの体躯はモコの2倍を誇る。それを撃退するだけでも一苦労だ。


「はぁはぁ……」

「Burblleee!」


 モコに休む暇はない。二頭目のジャバウォックが唸りを上げ、モコへと巨腕を振り上げる。


「っ! このっ!」


 モコは奥歯を噛み締めて振り向く。鉛のように重たい身体に鞭を打ち、掌に魔法を展開する。

 モコが次に掲げた魔法は、眩い発光の魔法である。それを襲い来るジャバウォックに向けて放つことによって、一時凌ぎの目晦ましを行う。


「Bugya!?」


 モコの思惑通り、ジャバウォックは仰け反って後退する。がら空きになった胴に、モコは追い打ちをかけた。

 モコは構えた手刀に強化の魔法を施す。手の刀の文字の通り、刃と化した一手でジャバウォックの顔面へ打ち込んだ。

 頭上にあるジャバウォックの鼻頭を見事に切り裂き、鮮血とともに嗅覚を奪った。

 一方で、ジャバウォックも目晦ましから復帰する。瞳を剥いて、眼下の小兵に狙い定める。

 復帰したジャバウォックのその後ろ、3頭目のジャバウォックが振り向いたのがモコの視界に写る。

 合計3頭のジャバウォックがモコに狙いを定めた。阿吽の呼吸でタイミングを合わせるでもなく、本能的な獰猛さで同時に猛威を振るう。

 1頭は牙を剥き、もう1頭は腕を振り上げる。別の1頭は巨体を揺らして助走をつけ、踏み潰さんと突進を仕掛ける。


「3頭同時は無理だ。逃げろ!」


 モコの決死の戦いを見ていた獣人が叫ぶ。

 しかしモコは退かない。ここでモコが撤退すれば、抵抗する力のない獣人が、群れごと壊滅する。

 ジャバウォックを撃退することも不可能な今、モコにできることは獣人たちが逃げるまでの時間稼ぎだ。

 恐怖に歪む口角を笑みに変え、モコは奥歯を噛み縛る。


「逃げてください! ここは私が引き止めます!」


 モコは万感の思いで叫ぶ。その実、身を翻したい思いを踏み留まり、疲労に重たい身体に鞭を打っていた。

 モコの震える膝に気が付きながらも、獣人たちは決心する。背に腹は変えられないと自分に言い聞かせ、断腸の思いで踵を返す。

 退却を始める獣人たちを確認し、モコは安堵する。己が人壁となることに手応えを感じつつ、寂しさと悲しさと恐怖を無理矢理飲み下して怪物に立ち向かう。


「そう……、私はこのために魔法の修行をしてきたんです……!」


 腹を括ったモコは、小さな両掌を眼前に掲げる。広げた掌に意識を集中させ、怪物から獣人たちを守る壁を想像する。

 モコのイメージは徐々に実体として掲載される。空気を寄せ集め、仄かな光を結束した小さな盾を掌に携えた。


「まだ……、足りない……!」


 だがモコは満足しない。脳に上る血流を高速で回し、血眼でイメージを加速させる。

 モコの願いは魔法に反映される。

 小さな盾はより多くの空気を吸い寄せた。集めた空気の膜を薄い光で包み、それは壁となった。

 今にも火の噴き出しそうな赤面で、モコは壁を維持する。その眼前に迫るジャバウォックの1頭が、振り上げた腕を振り下ろす。


「Burrraa!」

「がっ!? ……ぐぅっ!!」


 ジャバウォックの攻撃と、モコの防御が正面衝突した。ジャバウォックの雄叫びとモコの苦悶が重なり、爪と壁が折衝する鈍い音が響いた。


「ぅぅ……だぁっ!」


 正面から壁を削られたモコだったが、魔法による強化と後押しと気合いで辛うじて攻撃を弾き返した。

 ジャバウォックは体格で遥かに劣る小兵に攻撃を防がれ、奇怪そうに瞳を歪めた。同時に言いようのない屈辱を感じ、怒りに身を任せて両腕を連打する。

 先頭のジャバウォックに続き、2頭のジャバウォックも攻撃を加える。

 強靭な顎による噛み付きと、巨躯を乗せた体当たりが重なる。


「っ……!」


 3頭の猛攻に、防ぐだけのモコは言葉も出ない。踏み留まるために息を吐き、命を削って耐え忍ぶ。

 ジャバウォックの攻撃のタイミングに合わせて両足を踏ん張る。攻撃のタイミングが3頭で異なれば、踏ん張りは三度。3頭で異なれば三倍の力を込める。

 この防戦を幾度となく繰り返し、その度に構えた壁が擦り減っていく。

 モコの全身に残る筋力は、すでに底を着いている。立っているだけでも奇跡なのであろうが、すでに限界は超えていた。


「「「Brrraaa!」」」


 3頭の攻撃が重なった。ジャバウォックたちは示し合わせたでもなく、同時に右腕を振り降ろす。強靭で鋭利な爪を光らせ、魔法の壁を突破せんと膂力を奮う。

 もう何度目の防御だろろうか。モコは薄れてぼやける思考を回し、ジャバウォックの攻撃にのみ集中して防御する。


 ガンッ!


 重たく鈍い音が木霊する。

 ジャバウォックたちが壁を突破することは敵わなかった。

 モコの魔法は死線において進化し、鉄壁を誇っていた。


「ガッ――――!」


 と同時に、器を超える才能の露見が身体を蝕んでいた。

 モコは滝のように血を吐いて、膝から崩れ落ちた。モコの小さな両手によって支えられていた鉄壁は、いとも簡単に瓦解する。

 以前として吐血するモコは、鼻から零れる血流に目を剥く。すると栓の抜けた管のように、涙腺から血涙が落ちた。

 頬を伝う生暖かい線に、モコは自覚した。


(あ、この程度だったのか……)


 血で滲む視界で、ジャバウォックが大口を開けた。苛立ちを募らせた荒い呼吸で、小兵を食い千切らんと牙を剥く。

 諦念を抱えながらも、モコは瞳を閉じない。最後に、自らの意志で選んだ道の結果を知りたいと、逃げた獣人たちの行方を追う。

 獣人たちは木々の向こうに消え去り、背中も見えない。見えるはずもないのに、必死に姿を探


「Buriy――――」


 ジャバウォックの牙は、小気味よく甲高い音を立てる。

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