明と暗 side.マリー
あらすじ
「常に自由であるべし」という魔法の真理に触れるとき、マリーは異世界ならではの着想で進化する。
考えろ。しかし考えすぎるな。
矛盾した心理の渦で、マリーはその先を見据える。
思考は必須だが、理屈は不要だ。想像力を膨らませ、神秘の軌跡を描く。
放つ魔法の軌道は理屈では描いてははいけない。
(光球を自由自在に操る……。風で操る? 速度は? 角度は?
そうじゃない。一心にイメージすることが、今の私に必要なことなの!)
イメージは常に自由に、何もにも縛られないことが魔法の肝である。
マリーは杖を掲げた。その先端では光が収束し、球体に変わる。今度の魔法は数発ではなく、たった一発だけだ。この一球に祈りを込め、イメージを固める。
「……行くよ!」
マリーは杖を振った。空を切った杖の先に呼応し、光球が放出される。
光球の初速は目が覚めるほど速く、迫るジャバウォック群の先を行く個体の鼻先を掠めた。
「Buuu!」
先陣を切るジャバウォックは間一髪で回避する。歪な飛行だからこそ魔法を回避し、ジャバウォックは絶えず攻勢を強めた。
後に続くジャバウォックたちも雄叫びを上げ、戦闘に続いて牙を剥く。
あっさりと魔法を外したマリーに、ラブが血相を変えて怒鳴り付けた。
「外しやがったね馬鹿弟子が! 何も変わってないじゃない」
「いいや、ここからです!」
ラブの激昂を諫めたのはモニカだった。秀でた視野で捉えているのは、空振った魔法の軌跡である。
「何が――――?」
モニカの含みある言葉に、ラブは眉をひそめた。促されるままに視線を送ると、天へ昇る光球が弧を描いてターンしている。
「そこだ!」
マリーが180度展開した光球に合図を送る。遠隔で操作した光球はジャバウォックたちの間を縫って追い越し、先頭の個体に迫る。
器用に光球を操るマリーは、まるでドローンを操る技師のようだ。
実際、マリーは光球の軌跡をラジコンを操る感覚に落とし込んでいた。放出した魔法を外部からの衝撃で操作するのではなく、内部から操作することに帰結した。
マリーの操る光球はジャバウォックに着弾すると、派手な爆音を立てて炎を放つ。煌々とした炎が先頭のジャバウォックを飲み込む。
爆炎は勢いを衰えさせることなく燃え上がる。後に続くジャバウォックたちも攻めあぐね、炎の前で後ずさりをした。
好機を見出したマリーが追撃を放つ。マリーが打ち出す光球が炎を突き抜けて、ジャバウォックの群れを襲った。
「「「Burleee!」」」
マリーによる想定外の猛攻に、ジャバウォックたちが悲鳴を上げる。ジャバウォックを襲う魔法の威力は、先ほどの散弾とは比べ物にならないほどに強力であった。
猛炎と惨禍が渦巻き、ジャバウォックたちは次々と悲鳴を上げて撃墜される。
絶えず放たれる光球は確実にジャバウォックを仕留めていた。
「おぉ……」
「これは圧倒的ですね」
マリーの猛攻に、静観していたモコとソフィが感嘆を漏らした。先の反省を生かすどころか、マリーの急速な進化に驚き感動すら覚える。
怒り心頭であったラブも、想定外の豪快な魔法の乱打に言葉も出ない。
「……ふぅ。結構疲れるね、これ」
一頻り魔法を撃ち終えたマリーは、疲れた顔で笑顔を浮かべる。額から落ちる汗の粒が、マリーの消耗を物語っていた。
「大丈夫ですかマリー?」
「うん。ちょっとしんどいけど、呼吸を整えたらまだいけるよ!」
マリーは心配して手を差し出すソフィに気丈に答える。胸の前で拳を握り、アピールも忘れない。
マリーたちは何とかジャバウォックの波状攻撃を凌ぎ、一時の安らぎを手に入れる。未だ上空に敷き詰められたジャバウォックの群れだが、次の攻撃までしばしの猶予がある。
「わたくしは、今の内に離脱します。バルボーと合流してグランツアイクを守らなければいけないので」
この場を任せてよいと判断したモニカが挙手した。モニカにはモニカの仕事があった。
モニカの提案に異を唱える者はなく、全員が首肯してモニカを送り出す。
全員から見送られたモニカは、派手に風を纏って空を駆けた。モニカの健脚と風を操る権能を掛け合わせ、その疾走は辺り一帯の木々を大きく揺らす。
疾走するモニカに目を奪われるジャバウォックたちが後を追いかけようと翼を撃つが、当然追い縋ることも敵わない。
モニカはあっという間に遠景に消え、後姿も見えなくなっていた。
「さぁ、気張ってここを守るんだよ!」
モニカが去った後、ラブが柏手を打って士気を上げる。
マリーの魔法でジャバウォックの群れを撃墜し、取り逃した個体はソフィが仕留める。最終防衛ラインとして構えるラブを中心に、簡単な陣形を整えた。
「いつでも来なさい!」
しばしの休息を挟んだマリーは、いつもの快活な声でジャバウォックを見上げる。握り締めた杖の先を天へ掲げ、次の魔法の用意はすでに完了していた。
マリーの隣に立つソフィも準備万端だ。腰を落として、いつでも跳躍・疾走が可能な体勢に入っていた。
全員が上空のジャバウォックに注意を払っていると、警戒心を刺激する異音が耳に届く。
「っ!?」
いち早い反応を見せたのは、短剣を構えたソフィであった。
深く地に足着いた姿勢から、一斉に異音の咆哮へと視線を移す。
周囲を囲む草木の一点に視線が注がれ、奥からは一頭のジャバウォックが姿を現した。
「Buuu……」
重厚に唸るジャバウォックは、咥えている獣人を投げ捨てた。地面で跳ねた獣人は苦悶を短く漏らした。
どうやら、辛うじて意識はあるようだ。額から大量の血液を流して顔を上げる。
ジャバウォックに襲われた獣人であろう。頭頂の獣耳は倒れてしまい、耳に届く呼吸も荒くか弱い。
地に伏した獣人は、切れ切れの声で助けを求め、手を伸ばす。
「た……、助け……――――」
「Bu……!」
獣人の声を断ち切って、ジャバウォックが腕を振り下ろした。凶爪を備えた巨腕が、獣人の頭蓋を呆気なく踏み潰す。
鮮血と骨肉を撒き散らし、残った獣人の四肢は沈黙した。
「Burrr」
ジャバウォックは嘲るように唸る。陽気に跳ねるような声音が、マリーの琴線に触れた。
「この……!」
マリーが杖の先をジャバウォックへと差し向ける。蓄えた魔法の狙いを定め、発射の呼吸を合わせた。
そのとき、傍で一部始終を見ていたモコが視界に入る。
偶然か必然か、視界に写り込んだモコの言葉が耳に入った。
「ママ……――――?」
消え入るような声を漏らしたモコの視線は、真っ直ぐに獣人の屍へと注がれていた。




