命絶つ覚悟 side.リュージーン
あらすじ
逃走するリュージーンたちに、遂にガーランドロフが追い付いた。ガーランドロフの暴力が、対抗虚しく兄弟を散らす。
リュージーンに死の一撃が見舞われた瞬間、ウービーが覚悟の攻勢に転じるのだが。
「よお三下共、絶命の覚悟はいいか?」
突如として現れたガーランドロフが、リュージーンたちの進路を塞ぐ。巨体で通せんぼをして、腕を振り上げて大仰に嘲笑う。
虎柄の巨躯で道を塞がれ、リュージーンたちは面食らってしまった。余りの驚きと恐怖に、言葉が出ない。
震え上がったリュージーンたちを見下ろし、ガーランドロフは邪悪に牙を剥く。
「1人見当たらないが、仲間割れでもしたか?」
「うるせえな。余裕がなくて出向いて来たお前は、相当に追い詰められていると見えるが」
「直々に殺してやるんだ。雑魚に舐められて終わるのは癪だし、何より攻撃はアイリーンに任せればいいからな」
ガーランドロフの口振りは高慢でも慢心でもない。ジャバウォックを量産し続けたのは、ガーランドロフが特攻に専念できるようにするためだ。
すでにジャバウォックたちの蓋は開け放たれた。
「さぁ、狩りの時間だ」
ガーランドロフは拳骨を固めた。振り上げて振り下ろす。単純な動作であるものの、その速度は常人よりもはるかに速い。打拳が大地を抉り、その場にクレーターが刻まれる。
「わざと外しやがったな!」
「何でもいい。あんなの当たれば即死だ!」
戦闘態勢に移行した獣人兄弟が抜刀する。刀を正面に構え、ガーランドロフの間隙を窺う。
「おらおら! 抵抗しないと死ぬぞ!」
ガーランドロフは楽しそうに拳骨を連打する。狙いを定めることなく出鱈目に放たれる拳撃は、リュージーンたちを弄ぶように繰り出される。
ガーランドロフの拳は大地に窪みを作り続けて追い立てる。
「そこだ!」
ガンジョーが反撃に出る。健脚で地面を強く蹴り出し、刀の切っ先でガーランドロフの胴へ突き立てた。
しかし、刃はガーランドロフを貫かない。その身に突き立つと、易々と半ばで折れてしまう。
「脆いな。何度効かんと言えば理解できる?」
つまらなそうに視線を切ったガーランドロフは、至近距離のガンジョーに拳を振り下ろした。
撤退が遅れたガンジョーは、翻した脚に攻撃を受けた。
「ぐっ……!」
脚の骨に違和感を覚えたガンジョーは奥歯を噛み締める。
兄が被弾したことに怒り、弟のバンジョーが特攻に出る。
「このっ……!」
「ふん、虫けらが!」
バンジョーの攻撃も、ガーランドロフには通用しない。届きはするも、皮に一筋の傷も付けられない。
ガーランドロフは鼻を鳴らし、脚を薙いでバンジョーを蹴り付けた。
大木にぶつかり止まったバンジョーは、身体を打ち付けられ血塊を吐いた。
「よくも……」
バンジョーは地に這いつくばりながらも、一矢報いようと爆弾を構えた。その導線に着火しようと企てるが、ガーランドロフがそれを許さない。
「黙れゴミが。ゴミは黙って地を舐めていろ」
言葉を吐き捨て、大地を蹴り地面ごと捲り上げる。土塊に紛れ、バンジョーが高く舞い上がった。
ガーランドロフは舞い上がるバンジョーには気にも留めない。視線をリュージーンへと素早く移した。
「お前は特攻して来ないのか?」
「俺はそういう役回りじゃないんだよ」
「そうか。ならば潔く死ね」
ガーランドロフは短く吐き捨てると、巨腕を持ち上げる。拳骨を握り締め、リュージーンの頭蓋へ狙いを定める。
リュージーンは力強くガーランドロフを睨み返し、気丈に打撃を受け止めんと仁王立ちをする。
「ふんっ――――!」
吐き捨てた鼻息とともに打拳が飛ぶ。
リュージーンに迫る死の実感を目の前に、救済の一矢が待った。
木々の影から飛翔する一筋の矢は、正確にガーランドロフのうなじを狙い定めていた。
鋭利な鏃はガーランドロフのうなじへ突き刺さる、ことはなかった。
金属同士が衝突する、独特の甲高い音が鳴り響く。
「く、くくく……」
ガーランドロフは無傷の身体を起こし、喉の奥から奇妙な笑い声を漏らす。その顔には勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「やはり好機を狙っていたな。大きな隙を見せれば食い付いてくると思っていたぞ」
嬉しそうに笑みを浮かべ、ガーランドロフは振り向いた。その視線は、森の闇に潜んだウービーを見据えている。
「まずはお前から仕留めてやる。受けた傷の借りは、命で返してもらおうか!」
「まずい……!」
焦りに駆られたリュージーンが剣を抜いた。ガーランドロフを仕留める絶好の機会、それを逃したウービーに、ガーランドロフへ対抗する手段はない。
(一瞬でいい。ガーランドロフの注意を俺に逸らすことができれば、ウービーがまた隠れることができる)
リュージーンは一心に剣を振り上げた。しかし剣先が振り下ろされるよりも早く、ガーランドロフが疾走した。
大地を捲り上げて駆ける様は風の如く、その巨大からは想像もできない速度でウービーに迫った。
「死ねい!」
「うぅ!」
ガーランドロフの振り下ろした鉄拳を掻い潜り、ウービーは辛うじて攻撃を避けた。しかし木々を薙ぎ倒した衝動でバランスを崩し、膝を着く。
ウービーの隙を逃すことなく、ガーランドロフは健脚を奮う。大木を踏み潰す重量的蹴りが、ウービーの小躯を撃ち抜いた。
「がっ――――!」
ウービーは身体に迸る衝動に嗚咽しながらも、後方に跳んで衝撃を緩和した。大袈裟に飛んだ身軽な身体は木々の間をすり抜け、幸運にもガーランドロフとの距離を開ける。
ガーランドロフはみるみる距離を開けるウービーに追撃を仕掛ける。
腰を落として大腿に力を込め、屈伸の勢いで跳躍する。弾丸のような直線的な軌道で、手刀を腰で構える。
一早く着地したウービーは、急ぎ弓を構える。矢筒から抜いた矢を迅速に番え、迎撃するガーランドロフに照準を定める。
「喰らえ!」
「喰らうものか!」
放たれた矢を、ガーランドロフは正面から受け止める。強靭な肉体は鋼のように矢を弾き、跳躍の勢いのままウービーに接近する。
それでもウービーは攻撃の手を止めない。森を狩場とする狩人は、その経験から必勝の罠をこしらえていた。
正面から散発される矢の猛攻を、ガーランドロフは気に留めない。構えた手刀の構えを崩すことなく、視線は真っ直ぐにウービーの心臓を捉えていた。
「ふっ――――」
ガーランドロフがウービーの身体を射程に定めたとき、ウービーが小さく微笑んだ。その意図は、後を追いかけていたリュージーンを含め、誰にも理解できない意を含んでいた。
ガーランドロフが疑心する時間も与えず、その罠は起動する。
チッ――――!
出鱈目に放たれた矢が届いた先には、吊り下げられたリュックと発火装置が仕掛けられている。擦り合わされた鏃同士が火花を散らした。
その火花が導線に火を灯し、削ぎ落とされた線はすぐさま爆弾に点火した。
瞬く間に轟音を上げ、大爆発が巻き起こる。
立ち昇った爆炎はガーランドロフを包み込み、炎熱は渦巻いて肌を焦がす。
近くで着火したウービーすら、その熱量に顔を覆う。
「これでも死なないんだろうが、少しは効いてくれるか?」
緊張と疲労、負傷を押したウービーは安堵の溜め息を漏らす。急ぎ弓を背負い踵を返す。
時間は稼いだ。
負傷した仲間を庇った。
己のフィールドで、自分の戦い方を見せた。
さぁ、満を持して戻ろうか。仲間の元へ――――。
「くそがぁぁぁ! この程度でオレを仕留められるか!」
「が――――っ!」
発破をかけたガーランドロフが手刀を突き刺す。槍のように鋭利な一刺しは、瞬きを追い越してウービーの胸を貫いた。
「ウービーーー!」
リュージーンの絶叫が木霊する。
血の気が引く感覚のまま眩暈がする。
振り向いたガーランドロフは、沈黙したウービーを投げ捨てる。
鼻孔を刺す血の臭いに興奮を覚え、蒸気した顔でリュージーンを見据えた。
「次はお前だ」
「……っ!」
ガーランドロフに睨み付けられ、リュージーンは硬直した。心では逃げなければならないと叫びながら、身体は言うことを聞かない。
ガーランドロフが大腿に力を込め、爆発的な発破を仕掛ける。
「名も知らぬ獣人よ。君の勇気は、間違いなく仲間を救った。
ただ、君の命を救えなかった僕を許してほしい――――」
新たな救世主は悔やみの言葉を漏らし、決意の一刺しでガーランドロフに襲い掛かった。
嵐のような特攻に、ガーランドロフも思わずたじろいだ。
「リュージーン、その子を連れて逃げて!」
白翼を広げたセーネが、覇気を放ってガーランドロフに向かい合う。




