道標 side.リュージーン
あらすじ
劇的な逃走劇はしばしの休息に入る。遠くに見える宮殿に怯えながら、迷うウービーにリュージーンが意志を示す。
命からがら危機を乗り越えたリュージーンたちは、脱兎・駿馬の如き走力で逃走した。真っ先に森林へ逃げ隠れ、鬱蒼と生い茂る草木を隠れ蓑に奔走する。
ガーランドロフの鎮座する宮殿は遠く背後に、かなりの距離と時間を逃走に費やした。
一目散に走ったリュージーンは、滝のように汗を流して呼吸を荒くする。少しだけと脚を休め、切り株に腰を掛けて息を整える。
満身創痍のリュージーンは脳内麻薬の分泌が切れてしまい、思い出したように身体が痛む。ガーランドロフから受けた攻撃は確かに骨に損傷を与え、引き裂くような痛みが背中から全身へ迸る。
リュージーンは苦痛に顔を歪め、悲痛を堪えた。
ガンジョー・バンジョー兄弟の得意は平地での疾走であり、森林の疾走は専門外である。しかし「走る」ということに変わりはなく、汗を流すだけでまだ余力を残している。
「ここまで来たら、安全か?」
「油断はできない。リュージーンの予測通り鋭敏な嗅覚を持つ相手だ。慎重に進まないと場所がばれるだろう」
兄弟は体力的な面よりも、精神的な面で疲弊していた。本来ならば逆らうこともしない強敵を相手に、通用しなかったとはいえ一太刀浴びせたのだ。高鳴る胸の鼓動が一層の不安を掻き立てる。
休憩を取るリュージーンと今度の展望を言い合う兄弟から少し離れ、ウービーは弓の弦を触って沈黙していた。弦を調整する素振りをしながらも、表情は鬱々と沈んでいる。
そんなウービーを尻目に、兄弟の言い合いは激しくなり言い争いにまで発展していた。
「ここは慎重に進むべきだ!」
「いいや、一早く逃げるべきだ!」
「ええい、うるさい! そんな大声を出していたらばれるだろうが!」
兄弟の言い争いを、リュージーンが一刀両断する。正論をぶちかまされ、兄弟は黙りこくった。
リュージーンは激痛に悶えながらも、重たい腰を持ち上げた。息切れを整えると、背中の痛みを押して今後の方針を示す。
「事態は事を急く。今もこうしている間にも、あの奇妙な怪物が増えているかもしれない。
ミチチカのところにも怪物が向かっているらしいし、早く合流しないといけない」
「そうなのか!?」
「なら休んでいる場合じゃないな」
リュージーンの方針に兄弟が同調する。
周囲の雰囲気に同調し、ウービーも行動に移す。弓を背負い靴紐を整え、リュージーンの号令を待つ。
そのとき、遥か遠く背中の方角から、爆音が轟いた。
轟音に驚き、リュージーンたち一同は焦って振り向いた。
その視線の先の宮殿では、鮮やかな城郭が瓦解している。明らかに内側から破壊された屋根からは、黒煙のように怪物の群れが溢れ出す。
初めて目にする異形の怪物たちに、ウービーたち獣人は目を疑った。目算でも百を超える群れは、まだまだ止めどなく流出する。
千を超えても止まることのない群れは、遠くのグランツアイクの都市を目指して飛行する。
リュージーンは大声とともに群れを指さし、驚嘆する獣人たちに示す。
「あれだ。獣人たちを生け贄にして創られた「ジャバウォック」とか言う怪物、ざっと一万はいたぞ!」
「一万!?」
「あんなのがまだまだいるのか!?」
兄弟は期待通り、息の合ったリアクションをする。
リュージーンは血相を変え、ガーランドロフたちの行動を推測する。
(侵攻の準備は整ったってことだな。ここが正念場か――――!)
「急ぐぞ!」
「おう!」
「あぁ!」
号令に従い、4人は再び走り出した。目指す方向は道周のいる場所へ。道周の安否も去ることながら、背後から迫る怪物たちの恐怖が勝っていた。
リュージーンの隣に追い付いたウービーは、息を切らせたリュージーンに語り掛ける。不安に眉をひそめ、悶々と抱える胸の番えを吐露する。
「リュージーン、聞きたいことがある」
「何だ? ……手短にお願いしたい」
息を切らせながら、リュージーンは過呼吸気味に返答する。
「どうしてリュージーンはガーランドロフに挑むんだ? 勝てっこない相手だろ」
「そうだな」
「リュージーンは怖くないのか?」
「怖いに決まっているだろ。俺がビビらない勇敢な男でも思っているのか、お前はアホか」
リュージーンは的を得ないウービーの質問に怪訝な顔をする。「要点を言え」と言わんとばかりに、鋭い視線を送った。
その眼差しに射抜かれたウービーは、心臓が締め付けられる感覚で言葉を繰る。
「その、リュージーンは何のために戦っているんだ? グランツアイクの外から来たリュージーンには、ガーランドロフは関係ないだろう?」
「それもそうだな」
だったらなぜ。
ウービーの実直な問い掛けよりも早く、リュージーンは清々しく切り返す。
「俺が戦う動機は、俺を裏切った親父をぶっ殺すためだ。敵に魔王軍の幹部がいるなら、叩き潰すのにはもってこいだろ。
……ま、潰すのは俺じゃなくてミチチカだが」
「……それだけのことか?」
リュージーンの回答に、ウービーはキョトンとした。
たったそれだけ、と呆気ない回答に言葉を失う。
感情が面に現れたのか、リュージーンは回答を続ける。
「「たったそれだけ?」とか思っただろう。それだけで十分なんだよ。復讐だろうが嫌がらせだろうが、動機があれば、俺は俺の戦い方をする」
「「俺は俺の戦い方」……、か」
「そうだ。だから、ガーランドロフは倒すのは俺じゃない」
そう言ってリュージーンは胸を張った。その血相は疾走とともに青ざめ、身体に迸る痛みのほどを窺わせる。
「オレはオレの戦い方、か……」
自分の弱さを受け入れる、そんな理想がウービーの中で光を放ち始める。




