弱者の災禍 side.リュージーン
あらすじ
ウービーたちは作戦通りに宮殿内の武器庫を物色する。意気揚々と武装を固める兄弟と対照的に、ウービーは弱音を吐露する。
ウービーとガンジョー・バンジョー兄弟は、リュージーンと別行動を取った。リュージーンが企てた通りに宮殿内を探索すると、目的の武器庫はすぐに見つかった。
細心の注意を払いながら、重厚な扉に手をかける。
目にも鮮やかな配色とは裏腹に、扉は存外重たかった。それもそのはず、武器庫とは武力を持つ上で重要な部屋である。厳重に守られて当然の部屋であろう。
しかし閂や守り人はない。
獣人兄弟が呼吸を合わせて鉄扉を開くと、内部は暗闇と静寂が広がっていた。
「おー、全貌は見えないが、それなりの量を保管しているな」
「ここから、どれくらい持っていけばいいんだ? オレは刀くらいしか扱えないぞ」
いの一番に飛び込んだバンジョーが感嘆の声を漏らす。弟に続いたガンジョーは、すでに武器の物色を始めていた。
2人の後をいそいそと追ったウービーは、壁に立てかけられた弓に手をかけた。ウービーの本職は狩人だ。短刀よりも刀よりも、弓を引き絞る方が性にあっている。道周に預けた弓の感覚を思い出し、遠い昔のことであるかのような錯覚を覚えた。
「ちくしょう、どうしてこんなことに……」
哀愁に沈むウービーは、本能的に呟いていた。後悔とか自己嫌悪とか、持ちうる負の感情を込めた万感の呟きは、不幸にも無自覚から飛び出た一言であった。
ウービーが自らの発言にハッとしたと同時に、腕一杯に刀を抱えたバンジョーが語り掛けた。
「このくらいあれば十分か?」
「……そんなに運べるか。刀や剣は自分で使う一振り、もしくは二振りあれば十分だ」
「たったそれだけで足りるか?」
「たくさん持ち運ぶだけ邪魔だろう。そもそも、ここにいる戦力は4人しかいない」
「それもそうか……」
バンジョーは説得され、抱えていた武器をまとめて捨てた。その中から選りすぐりの二振りを見繕い、腰に差して帯刀した。兄のガンジョーはすでに武装を完了し、ウービーの指示を待っていた。
ウービーは矢包みを背負い、リュックをかっぱらうと、手投げの爆弾とロープを詰め込む。目一杯に膨らんだリュックを小さな背中で背負うと、獣人兄弟に向けてアイコンタクトをとった。
ウービーの視線を合図と受け取り、ガンジョーが気合を入れて号令をかける。
「よし! じゃあ早いところ仕掛けるぞバンジョー」
「おう。囮になっているリュージーンのために急ごうか!」
「……ちょっと待て」
荒らげた息を合わす獣人兄弟に、ウービーがストップをかけた。水を差された兄弟は、不思議な顔でウービーを見詰める。
2人の視線を受け、ウービー視線を泳がせながら言葉を紡ぐ。
「……オレと、このまま逃げないか?」
「ん?」
「どうした?」
兄弟はウービーの言葉を飲み込めずに疑問符を浮かべた。
胸の内を吐き出したウービーは、躊躇いなく続きを言い放つ。
「お前たち兄弟は、リュージーンたちの事情は関係ないだろ。オレだってそうだ。このまま逃げて、親方に託してもいいとは思わないか?」
「うーん」
「それも一理あるな」
「だろ!? だったら――――」
兄弟の潔い賛同に、ウービーは顔を輝かせた。このまま兄弟を引き込んで、宮殿から逃れる算段を立てようと思惑を張り巡らせるが、
「でもオレは行くぞ」
「ガンジョーに同じだ」
兄弟はあっさりと断った。ウービーの意見に理解を示しても、2人の意志は前へ向いている。
ウービーは一転した拒絶に驚き、遅れて声が出る。
「どうして? オレたちが束になってガーランドロフに挑んでも、絶対に敵わないだろう!?」
ウービーは顔を赤くして、必死に説得を試みる。
しかし兄弟の意志は揺るがない。2人は凛とした視線でウービーを見詰め返す。
「確かに、オレもバンジョーも、爺さまを人質に取られたからここまで来た。でも、そんなオレたちを庇ったリュージーンをここで見捨てたら、オレたちは人でなしになっちまう」
「そんなの、いくらでも言い訳できるだろう! 自分の命を捨てる理由にはならない」
「命は捨てないさ」
「何を根拠に!?」
ガンジョーとバンジョーの言葉に、ウービーは見るからに苛立ちを見せていた。言葉を荒らげて激しい反駁をする。
そんなウービーを尻目に、兄弟は踵を返して背を向けた。
「リュージーンを含めた全員の命を拾って逃げるんだよ」
「そのための作戦だろう」
そう言い残した兄弟は、ウービーを武器庫に残して足早に駆け出した。2人が目指すのは、リュージーンが先行した最上階だ。
1人だけ、薄暗い武器庫に残されたウービーは自己嫌悪に苛まれる。ただ1人だけで逃げかえる選択肢もあるが、
「……くそっ!」
ウービーも急いで兄弟の後を追った。
――――「人でなし」だ? 死んでしまったら元も子もないだろう。……それでも行くオレって、
嫌いだ。
その思いを飲み込んで、ウービーは死地へと赴く。
小心者の行動が、運命を別けるとも知らずに――――。




