心の最奥 side.リュージーン
あらすじ
リュージーンが作戦を託すとき、ウービーもまた迷いを抱えていた。生死の行方をかけた作戦に、一筋の迷いが混入する。
――――どうして?
ウービーの中で、1つの疑念が頭をもたげた。
その疑念は、今現在の己の行動に向けられている。
「ウービー、ここは一つ作戦と決め込もうじゃないか」
「?」
ウービーが、自分自身の中で渦巻く、混沌とした感情を自覚したとき、リュージーンに話題を振られて我に返る。
不意を突かれたウービーは、思わず間抜けな面で回答をしてしまった。
気を取り直して、自慢のウサ耳を直立させ、狩りのときの気持ちを引き起こす。悩みを振り切り、眼光は獲物を追うように。
「作戦? 何か妙案があるのか?」
「妙案ってほどじゃないが、着想はあった」
そういって謙遜するリュージーンだが、言葉とは裏腹に誇らしげに鼻を鳴らした。
もったいぶられると気になるのは仕方がないだろう。特に悶えていた、獣人兄弟の弟、バンジョーが口火を切る。弟に感化され、兄のガンジョーも堪え切れずに口を開いた。
「いいから教えろよ。オレたちにも手伝えることはあるか?」
「とりあえず教えろ。話はそこからだ」
――――どうして?
再び、ウービーの中の淀みが渦を巻いた。その瞬間、ウービーは自分の中にある、気持ちの悪い疑念の正体を理解した。
――――どうして、そこまでしてやる気を出す?
兄弟の走力があれば、リュージーンを裏切って逃げるのは容易いだろう。人質を取られているとはいえ、
「気が付いたときにははぐれていた」
「仕方がなかった」
「ガーランドロフを相手に抵抗止むなし、自分たちだけでもと逃げてきた」
などなど、言い訳は通じる余地がある。逃げるのならば、その策にウービーも乗っていただろう。
そう、ウービーが嗚咽を覚えるほどに感じた気持ち悪さは、自分の弱さにあった。
自分よりも日の浅い付き合いであるにも関わらず、獣人兄弟の方がリュージーンたちの仲間らしく振る舞っている。
では、自分はどうか?
一度盗みに失敗し、そこから親方の取次ぎもあってリュージーンたちにこびへつらうだけ。強いものの側にいれば自分が強くなったつもりで、結局の根本は何も変わってなどいない。
脆弱で惰弱で卑屈で偏屈、「逃げたい」という一心に心を囚われると、衝動が身体を駆け巡るのだ。
「――――て感じで、どうだウービー?」
「っ!? あ、あぁ……、そうだな……」
ウービーは再び思考の中にいた。呼びかけに急ぎ振り向くと、不安げな面持ちのリュージーンと視線がぶつかる。
心配するようで、疑うようで。ウービーにはそんな目付きに映った。
――――その目を止めろ。
「仕方ねぇ、復習も兼ねて、もう一度だけ説明する。今度こそ聞き逃すなよ」
「ご、ごめん……」
――――こんなことで気弱になるな。
ウービーは自己暗示を繰り返し、一方でリュージーンの論理に耳を傾ける。
獣人兄弟も、頭頂の三角耳を立てて聞き耳を立てていた。
「宮殿に入ってから、ウービーの嗅覚で敵の大体の位置は把握できた。ってことは、相手も同じことができる、もしくはすでに行っている可能性がある。それを踏まえた上での人気のなさなら、これは罠である可能性も十分に有り得るってわけだ。
じゃあ俺たちは、敵の予想を超える動きをしなくちゃならない。
ここまではいいな?」
「確かに、理屈は通っている」
ウービーはリュージーンの知見に深く頷いた。自分にとっては、この嗅覚はあって当たり前のことなのだ。それが備わっていないリュージーンだからこそできる逆転の発想に、どうしてだろう心が締め付けられる。
リュージーンは合意を得ると、着々と話を続ける。
「さらに、モニカが言っていた言葉を思い出すと、ガーランドロフの嗅覚はグランツアイクの中でもトップクラス、さらにその上辺に位置していると考えられる。
そこから弾き出される考察は」
「「ガーランドロフの嗅覚は広範囲を網羅している」だっけか?」
リュージーンの決め台詞に合わせ、バンジョーが回答を先取りした。と言っても、このことはすでに解説済みの内容である。
「……そうだ」
見せ場を奪われる形になったリュージーンは、不機嫌そうにしかめっ面を浮かべるが、気持ちを取り戻して解説を続ける。
「すなわち、俺たちが宮殿に接近すること、最悪の場合、ナジュラとグランツアイクの境界ギリギリで待機しているミチチカのこともばれている可能性ある。
この可能性がある以上、業腹だが即時戦闘だって有り得てしまう。俺たちも覚悟を決めて武装を固めておいた方が得策だ。
……と、ここまでがさっき言った内容だ。問題ないな?」
リュージーンの確認は、先ほど話を聞き逃したウービーに向けられてのものだった。
ウービーは今度こそ、力強く頷いて答える。
――――オレにはなかった発想だ。ここまで慎重に構え、考え抜くことなんてとてもできない。
同時にウービーを苛むのは劣等感だ。己の弱さを自覚した今、ウービーは僅かなプライドだけで己を偽り余裕を振る舞う。
「賛同する。で、そこから先の策はあるんだろうな」
「もちろんだ」
ウービーの問い掛けを待っていたかのように、リュージーンは食い気味に答えた。
よほどの自信があるのだろう、先ほどの推察よりも一層の熱を込め、リュージーンは作戦を披露する。
「ガーランドロフは獣人たちに囲まれたお山の大将だろ。そんなやつにとっての一番の異物は、この俺だ。俺の臭いに関しては、鼻を歪めるほどに苦しんでいるに違いない。って、自分で言ってて悲しくなるな」
「そんなことないぞ。自分の異臭臭さを自覚しているなんて、リザードマンの鼻を捨てたものじゃない」
「そうそう。もっと自分の異臭に自信を持て」
「よーし、比喩表現を使いこなせない兄弟は黙っていようか。
で、端的に言うと俺が囮になる。俺が単独行動で情報を収集する。その間、ウービーたち獣人組は、他の獣人たちの臭い、またはその残り香に紛れてありったけの武器を調達してこい」
リュージーンは胸を張って作戦を発表した。
その奇抜な内容に、兄弟は面食らって感動している。
ウービーも驚いている体は取っているが、内心では波風が立って仕方がなかった。
――――囮? あんたは、オレと同じ「弱い者」じゃなかったのか。いざとなれば、仲間を置いて一目散に逃げる。同種じゃなかったのか……?
歪んだ気持ちにブレーキは聞かない。劣等感からくる嫉妬は、自覚してなお嫌気がさすほどに溢れ出る。
「ま、俺は武装したところで戦力にはならんからな。頼んだぞウービー。信用している」
「おう」
その一言が、ウービーにとってはどうしようもなく重たく感じられた。




