危機多発 side.リュージーン
あらすじ
ガーランドロフから重厚な一撃を喰らったリュージーンに、さらなる危機が訪れる。万事休すの局面で、リュージーンは偏に願いを掛けるのだが――――。
「――――さて、このリザードマンも怪物にするか?」
「生きていたのなら、そうしてください。死体なら捨てていただいて構いませんわ」
アイリーンは煙を吐くように答えた。
ガーランドロフはつまらなそうに息を吐くと、その面をリュージーンへ向けた。
「生きているさ。呼吸の音がしっかり聞こえているぞ、三下ぁ……」
ガーランドロフは口角を不気味に吊り上げた。邪悪に顔を歪め、不気味な声を喉から漏らしてリュージーンに語り掛ける。
リュージーンは語り掛けられても無言を貫き、死んだフリを続ける。ガーランドロフが諦めることに願いをかけ、一身に死体になりきる。
ガーランドロフに下手な芝居は通用しない。その嗅覚と聴覚、その他の五感を用いられては誤魔化しなど無意味だ。
リュージーンの猿芝居を見抜いたガーランドロフは、はみ出たリュージーンの脚を掴んで引っこ抜いた。
リュージーンはこれでも、そこそこの体格を誇るリザードマンだ。身長は2メートル、尾までの全長を合わせると3メートル近くに達する巨体であり、これはリザードマンの中でも大きい部類に属する。その体重は、100キロを超える巨体である。
そのリュージーンを、ガーランドロフは片手で持ち上げた。呼吸の一つも乱すことなく、作物を収穫するかのように易々と顔の高さまで持ち上げた。
「おい、起きているんだろう? 臭い狸寝入りはよせよ」
「……」
ガーランドロフの眼光を至近距離で受けても、リュージーンは微動だにしない。
ガーランドロフは痺れを切らして、額に血管を浮かべて怒鳴りつける。
「無視とはいい度胸だな! 一層このまま噛み千切ってやろうか!?」
「それは止めなさいガーランドロフ。どうせ殺すなら、ジャバウォックの素材にしないともったいないでしょう」
怒るガーランドロフを、外野のアイリーンが遠巻きに諫めた。
しかし、ガーランドロフがアイリーンの言葉を受け入れるはずがなく、沸き立つガーランドロフは止まらない。
これ以上は死体を貫き通すと、本当に殺されかねない。逆効果だと判断し、リュージーンは瞳を開けた。
「……降参だ。まずは話をしないか?」
「しないね。言葉を交わすことすら惜しい。引き裂く」
何とか時間を稼ごうとリュージーンが弁舌を奮うが、ガーランドロフは聞く耳を持たない。すぐに爪を立て、リュージーンを切り裂かんと殺意を露わにする。
リュージーンはさすがに焦り、身体の痛みも忘れて舌を回す。
「待て待て! じゃあ駆け引きをしないか? 実は俺の仲間が」
「不敬にもナジュラに侵入しているんだろう? 人間やリザードマンは、この領域では「異物」なんだよ。そんな臭い連中に、オレが気付かないとでも思ったか?」
「……ぐう」
追い詰められたリュージーンからぐうの音が出た。言葉通りの八方塞がりである。
さらにリュージーンを追い詰める言葉を、ガーランドロフは容赦なくぶつける。
「ちなみにお前の仲間は、今頃ミンチにされているだろうな」
「何? どういうことだ?」
ガーランドロフの含みのある物言いに、リュージーンは顔をしかめて問い返した。
ガーランドロフはその問いかけを待っていたように、嫌味たらしく牙を剥く。
「そいつのところに「ミタロノウス」という怪物を」
「「ミノタウロス」ですわ」
「「ミノタウロス」という怪物を送り込んだ。今頃ミンチにされているだろうな」
ガーランドロフはけたけたと哄笑を上げる。そして一頻り笑い声を上げると、瞳に殺気を宿してリュージーンを見据えた。
「……てことで、お前も死んどけ」
ガーランドロフはリュージーンを掴み上げたまま、剛拳を振り上げる。ガーランドロフの膂力を以ってすれば、リュージーンの頭蓋を砕くことなど容易い。
「待て待て待て! まだネタはある!」
無論、ない。
リュージーンはすでに交渉のカードを欠いている。
リュージーンの持つカードは「一握りの魔王軍幹部についての情報」「イクシラの情報」「道周たちの情報」の3つである。ガーランドロフにとっては全てが些事、一考するに足らない情報であった。
(まずいまずい、本当にまずい! ウービーは一体何を手間取っている!?)
リュージーンは切迫した危機的状況の中、急速に思考を回す。その思惑の矛先は、この場にいないウービーへ向けられた。
そう、この場にはウービーを始め、馬の獣人兄弟の姿はない。
巻き戻るは数十分前、リュージーンが授けた「作戦」が命運を別つ――――。




