危機一髪に瞬いて side.道周
あらすじ
道周は辛うじて一矢報いるも、ミノタウロスは未だ猛り狂う。ジャバウォックの攻勢も加わり、後手に回った道周に窮地が訪れるとき――――。
一見自棄にも思える作戦に、道周は身を委ねる決意をした。決意が固まると同時に、反転してミノタウロスの背後に回り込む。
「i!? Iiiaaa!」
道周の加速にも、ミノタウロスは素早く対応する。巨躯を捩じると同時に脚を踏み出し、回転力を上乗せした鉄槌を振り落とす。
「ぐっ……! らぁ!」
ミノタウロスの圧力に押されながらも、道周は魔剣を叩きこむ。その鋭利な刃、ではなく、強固に施された剣のガードで大腿を殴打する。
ミノタウロスの大腿には屈強な筋肉が凝凝縮されている。道周がいかに効率よく衝撃を与えようが、人間の放つ威力など高が知れている。
道周の決死の打撃は、ミノタウロスの筋力に弾かれてしまう。
「う……、らぁ!」
それでも道周は諦めない。何度もミノタウロスの足元に侵入し、ガードを振るって肉を叩く。
「GAaa!」
「ぐぅ……!」
痺れを切らしたミノタウロスが道周を一蹴する。地を抉る健脚の衝撃に、道周の口から血流が溢れ出す。喉元まで込み上げた血塊を豪気に吐き捨て、気合を再充填して殴打を繰り出す。
「Urrraaa!」
ミノタウロスは足元に張り付いた道周に対して、言葉にならない苛立ちを覚えていた。掻き乱されるのみならず、無意味とも思える打撃にやるせない怒号を叫ぶ。
知能の欠けたミノタウロスが相手であったからこそ、道周の思惑はことを進めることができたのだろう。
道周は「作戦通り」とも言える微笑を湛え、遂に魔剣の一閃を繰り出した。
「すぅ……」
魔剣の一閃は、いつにいなく静かであった。道周が吐き出した呼吸と同時に、縫い目に沿うように丁寧な剣筋が描かれる。
その剣閃が切り裂いたのは、殴打を繰り返した肉の上だった。
今までであれば、どれだけ深く切り裂こうと重症にはならなかったであろう。しかし、「仕込み」をした攻撃は一味違う。
「GYaaa……!?」
ミノタウロスは太腿から血飛沫を上げて、膝を崩して倒れ込んだ。地面に手を着いて、大地を舐めるように顔を伏せた。左の太腿からは濁流のように鮮血が零れ、自然治癒も以ってしても癒えていない。
「硬い肉は叩いて柔らかくする。当たり前だよな」
ようやく一矢報いた道周は、余裕の顔でミノタウロスを見下ろす。しかし強がっていることは見るに明らかで、両肩で上下に呼吸をしている。
「どうだデカブツ。自分より小さくひ弱な相手に見下ろされる気分は?」
「Gurrrr」
道周が涼し気に笑みを湛えて放つ一言に、ミノタウロスは怒りを隠さない。獰猛に牙を剥き出し、負傷した傷を押して立ち上がる。
「BurrrbraAA!」
横隔膜に木霊する、ミノタウロスの咆哮が天を衝いた。
その瞬間、道周たちに目もくれずに飛行していたジャバウォックたちが双眸を向ける。
「こいつら、意思疎通できるのか!?」
脳裏を過る最悪の展開に、道周は戦慄する。知能の欠片もないミノタウロスと、異形の物の怪ジャバウォックが共闘するなど想像もしていなかった。
(けど、ジャバウォックもミノタウロスも魔王の手先だとしたら有り得る話か? だとすると、俺とマリーを襲ったミノタウロスも、やはり魔王手先……?)
道周は、得た情報を元に思考を巡らせる。だが、目の前のミノタウロスと、上空から降り注ぐジャバウォックの脅威を前に、熟考に浸る時間はない。
「GYaryyy!」
「「「BuraaBuooo!」」」
胸の奥を揺らすミノタウロスの咆哮と、鼓膜を切り裂くジャバウォックたちの不協和音がユニゾンする。
脳を掻き混ぜるような深いな共鳴に顔を歪めながら、道周は魔剣を構えた。
迫り来るジャバウォックの群れの数は、目算で十数頭だ。その一頭ずつが歪な翼で乱れた軌道で飛行する。この不規則な進路のせいで、迎撃するにも読みが難しい。
「「「Burrua!」」」
ジャバウォックは群れを成して道周に襲い掛かる。鋭利に並んだ牙を剥き出しにして、頬から伸びる髭を触手のように繰る。長い首を伸ばせば全長は3メートルを超える怪物は、異常に発達した爪を振りかざして攻勢を強める。
道周は忍び寄る奇妙な髭を魔剣で切り裂く。そしてジャバウォックの牙爪を転身して回避するも、文字通り頭数の違いに圧倒される。ジャバウォックの鎌首と双眸が道周を捕え、どたばたと四肢を暴れさせて猛追する。
道周を追い詰めるのはジャバウォックだけにあらず。負った傷の仇を返すべく、ミノタウロスも巨体を戦慄かせて咆哮を上げた。
「Gyaaaryyy!」
「「「Burbleeee!」」」
道周は後退をしながら、回避不能な攻撃を魔剣で捌いていた。丘陵地帯を縦横無尽に駆け回るようにも見えるが、その実、逃げさせられているにすぎない。
「っ……、らぁ!」
「Buaaaw……!」
猛攻の間隙を縫い、道周が反撃を加える。
ジャバウォックの首は容易く切断され、断末魔とともに一個体が沈黙した。
しかし怪物たちの攻勢が止むことはない。空中から間断なく襲い掛かるジャバウォックの数は、まだ16頭いた。
さらにミノタウロスも控えている。ジャバウォックを巻き込みながら、怪力に任せた猛攻を繰り出す。
ミノタウロスの攻撃に対する回避にも余念はない。だが、先ほどのような会心の一撃を放つには多勢に無勢すぎた。
「くそ、ミノタウロスだけならまだしも、空中戦は無理だっての……!」
悔しさを吐き捨てる道周は、それでも魔剣を構える。ここで諦めて尻尾を巻くなど鼻から選択肢にない。
しかし吐き捨てた言葉も事実だ。ミノタウロスを打倒する算段が付き始めた矢先に、道の怪物たるジャバウォックとの空中戦は分が悪すぎる。
「お困りのようだね。それなら僕も駆けつけた甲斐がある」
「っ!?」
不意に降り注いだ声に、道周は咄嗟に天を見上げる。
声の行方を聞き当てたわけではない。聞き覚えのある声色に、身体が反応したのだ。
道周が顔を上げると同時に、襲い掛かるジャバウォックの群れを切り裂く輝きが放たれた。
輝きの正体は、鋭利に研ぎ澄まされた槍の数々である。数十振りの槍がどこからともなく出現し、ジャバウォックの歪な体躯を貫いて撃墜する。
その槍の最奥、赤黒いジャバウォックが敷き詰める夜闇を背景に佇む「光」が、爛々と輝きを放っていた。




