夕凪 side.マリー
あらすじ
茜色に染まる帰り道、モコが語った出会いの話に心を砕く一行。そして近付く激動の事件へ向け、時間は刻々と突き進む。
「――――と、こんな感じのなれそめです!」
モコは一頻り語り終えると、飄々とした顔で話を締めた。その表情には己の生い立ちに関する後ろめたさも物暗さもない。すでに断ち切った出来事なのか、意に介する様子は全くない。
しかしそれは本人の話だ。
モコの昔話を聞いたマリーは、感極まって涙を浮かべていた。
「そっか。モコちゃんも大変だったんだね……!」
堪え性のないマリーは、頬を涙が伝う中でモコを抱き寄せた。愛おしさを体現するように、赤らめた頬をモコに摺り寄せる。
マリーの熱い抱擁に、さすがのモコも恥ずかしいようで顔を赤くする。
「もう、昔の話ですよ。私は今は何とも思っていませんし、何より師匠への感謝しかありません!」
「うぅ……! もう、たまらん愛いのぉ!」
「きゃー」
マリーとモコはわちゃわちゃとじゃれ合って異いろい声を上げる。
ソフィは微笑ましく2人の様子を見守りながらも、進む森の道の警戒を怠らない。
「そろそろツリーハウスに到着しますよ」
「「はーい」」
ソフィの言葉に、無邪気な2人は行儀よく返事する。
「そういえば――――」
木々の開けた土地が遠目に見えたとき、思い出したようにマリーが声を上げた。
「ラブさんのことを「ダークエルフ」とか言っていたけど、普通のエルフとはどう違うの?」
マリーの純真無垢な疑問には、ソフィが反応を示した。
「それはですね」
「何でもいいから早く帰りな。家を前にして足踏みするとは、あたしの飯を遅らせるつもりかい?」
「っ!」
ソフィの柔和な切り口から、突然しゃがれた声に切り替わる。予想外の声音の変化にマリーは飛び退くほど驚きてしまい、咄嗟に振り向くとラブがいた。
渦中の人物であるラブは、見るに明らかな苛立ちを醸し出している。
ラブに睨まれたモコは血相を変え、勇み足で地を蹴る。
「ごめんなさい師匠。すぐに晩ごはんを準備しますね!」
モコの表情には焦りもあったが、どこか照れ臭そうな熱もあった。昔日と積日の感謝から、今は合わせる顔がないのだろう。言葉を残すとそそくさと発破をかける。
最後に言い残しがあったモコは、短く振り返ってマリーたちに視線を向ける。
「またマリーさんとソフィさんのお話も聞かせてくださいね!」
「あ、私もソフィの昔の話とか聞いてみたいなー、なんて……」
マリーは柄にもなく言葉尻を濁してソフィに視線を送る。ソフィに昔の話を尋ねたことがないわけではないが、その度に有耶無耶に話を濁されている。その手の会話はソフィへはタブーなのであろうと察してはいても、やはり気になってしまう。
マリーは何とも言えない微妙な作り笑いでソフィの様子を伺った。
「お話する機会が来れば……、私からお話しますね」
ソフィの返答は何とも歯切れの悪いものだった。
マリーは返答の予想がついていたものの、やはりかと寂しい気持ちで内心肩を落とす。
一方のモコは気に留める様子もなく、満足気な顔で去っていった。
モコの後ろ姿を見送り、ラブはソフィに振り返った。
「銀子、あたしに「一応仲間」って言われたときは反発したが、隠し事かい?」
「分かっています」
ラブは単刀直入にソフィの確信を突いた。
罰の悪いソフィは、相変わらずラブには冷ややかに答える。ラブにそっぽを向いて、足早にモコの後を追った。
「本当に、いつか打ち明けますから、待っていてください……」
「うん。もちろんだよ」
ソフィはマリーに向けて言葉を残す。その視線は地面をなぞり、一行に持ち上げらる気配はない。
マリーの答えに満足したのか、ソフィは微笑を浮かべて颯爽とその場を去った。
残されたマリーは、先ほどの疑問を忌憚なくラブにぶつけた。
「ねぇラブさん」
「何だい金子。魔法の使い方なら、練習量あるのみだよ。イメージを身体に定着させて、」
「そうじゃなくて、ラブさんが「ダークエルフ」って言うのはどういうこと?」
「何だい、そのことかい」
ラブは呆れたように溜息を吐いた。誤魔化したところでマリーは満足はしないだろと察しているが故に、説明の面倒くささが勝ってしまう。
「これだから何も知らない小娘は嫌いなんだよ……。
いいかい、「ダークエルフ」っていうのは、仲間を裏切ったエルフに俗称だよ。誇り高いプライドの塊であるエルフが、こともあろうか仲間に裏切られるんだ。その怒りと憎しみを一身に込めた蔑称こそが「ダークエルフ」だよ。見た目とか性質じゃなくて、個人の歴史の問題さ」
ラブは一息に説明を終えると、これ以上の質問は受け付けないと言わんばかりに踵を返した。
マリーは早い説明に混乱しながらも、一つ一つを噛み砕いてゆっくりと理解を深めた。
「さ、あんたもはやく戻りな。自覚はないかもしれないけど、精神も体力も損耗しているんだよ」
「はーい」
ラブに促されたマリーは、思考をしながらも脚を進めた。考えることと進むことを同時に進行し、ツリーハウスを目指した。
太陽が沈み星が瞬きを始めた夕と夜の狭間で、マリーたちは憩いの時を得る。
明日の夜が、命運を分かつ日とは露知らず――――。




