とある獣人の昔話 side.マリー
あらすじ
これはモコとラブの出会いの話。モコが幼いころの、昔話である。
「魔法」。
それは、フロンティア大陸において、エリートの血筋を証明するレッテルの1つである。
生まれながらに魔法を使用できるかが決まる。誰も覆すことのできない、天賦の才覚であった。
魔法を使える女系の幻獣を「魔女」と呼称し、魔女の血筋を持たない者を「魔法使い」と一括する。
その他、魔族の中で突発的に魔法使いが誕生することもあり得るし、何より魔法使いの一族として名高い「エルフ」が存在する。
大陸の各地でそれぞれのコミュニティを形成するエルフは、魔法の能力のみならず、大陸トップクラスの身体能力を有している。
エルフについての詳しい話は、今は割愛するとしよう。
要は、「魔法を使うこと」とは唯一無二の才能である、ということだ。
しかし、唯一無二は時として集団の中において腫れ物扱いを受ける。
魔法とは縁遠い「獣人」という種族において、群れと異なる個体は、遺棄すべき「癌」でしかないのだ。
リスの獣人であるモコの才能が発現したのは、生後すぐのことであった。
両親に見守られる中、覚束ないながらも立ち上がったモコに奇跡が起きる。
歩くことすらままならない獣人の子は、不可思議に渦巻く風に煽られ転倒した。それだけなら不運な事故で済んだのかもしれないが、倒れるモコを強風が巻き上げ、抱き抱えるようにさて直立へと起こしたのである。
その後も己の才能に無頓着であったモコは、指先に火を灯し、水面の模様を意のままに操った。
決して大きな規模ではなく、群れを崩壊させるほどの才能ではない。たった1人の人生を、ほんのり僅かに彩る程度の、慎ましやかな才能だった。
のだが、獣人の群れは、それをよしとはしなかった。
生後1年も経たないモコは、群れから爪弾きにされた。得体の知れない才能故に、群れから追放はされず、しかし決して迎え入れられることはなかった。
モコの親はせっせと次の子を儲けそれを愛し、自らの子を群れの最端へ追いやった。
モコは仲間から距離を置かれた孤独感の中で歳をとる。いっそ、手厳しく追放されてしまった方が、新たな世界へ踏み出すきっかけになったかもしれない。
モコが2歳になる少し前、大きな転機が訪れる。
モコが属していた群れの縄張りは、一部はテテ河にかかるなど、立地としては好条件だった。しかし、ここ数十年の間で縄張りを脅かす問題が発生していたのも事実だった。
それは、自らの領域を捨てた「ダークエルフ」の存在である。
流れ着いたダークエルフの老婆が、何の縁あってかテテ河沿いの空き地に住み処を置いた。それもバルバボッサの許諾を得たとのことだから、獣人たちにはどうにもできない。
そのダークエルフが何か悪さをしたかと言えば、そんなことは1度もない。しかし、「縄張りを犯している」のである。これ以上に大きな問題はないだろう。
そして何を思い違えたのか、モコの属していた群れは、件のダークエルフへと抗議に出た。
群れの中に、戦闘に秀でた者は存在しない。どちらかと言うと、農耕や採取に特化した「草食系」の獣人の群れである。
そんな貧弱な群れが、大陸きってのエルフに敵うかと言うと、束になったところで返り討ちにあうだろう。
事実、そうなったのだから。
突然の奇襲にも、金毛のダークエルフは余裕の表情だった。たるんだ腹を上下させ、エルフとは思えない掠れた声で下品に笑う。
「あんたら、身の程を弁えな」
ダークエルフの放った侮蔑に、群れの誰からも反論はなかった。悔しさに唇を噛み締めるが、強者の言に弱者が口を挟むことは有り得ない。
一頻り嘲笑したダークエルフは、その笑いを唐突に止める。その視線の先には、仲間が貶されても顔色一つ変えない子リスがいた。
「その子は何だい?」
ダークエルフの問い掛けは、単純な疑問から発露したものだ。
獣人とは群れに対する仲間思いな種族のはずだ。それが、仲間の侮蔑を指を咥えて見ているだけ、それも顔色一つに、だ。
その表情は仲間に同調する悔しさも、日々の鬱憤を晴らしてくれたと嘲ることもない、ただただの「無」である。
ダークエルフの気紛れに答えたのは、モコを産んだ母親であった。
「こいつは忌子です。獣人の皮を被った、我らに災いをもたらす悪魔の子です」
「そういう詭弁はいいんだ。あたしゃ、その子の本質が知りたいのさ」
「大変失礼しました。この子は獣人でありながら魔法を扱える子です。我ら両親に魔法の気質はこれぽっちもあらず、私の腹から到底産まれるはずのなかった子です」
その答弁を聞き、ダークエルフは表情を歪めた。次の瞬間、シワだらけの面で烈火の如き怒声を放つ。
「その子はあんたの子かい。それが「忌子」だ「悪魔の子」だ? それが「私の腹から到底産まれるはずのなかった子」だぁ!?
獣人ってのは、こうもモラルに欠けた種族だったのかい!? これから、獣のままでいた方がよかっただろうにねぇ!!」
ダークエルフの怒りを受け、群れの一同は真一文字に口を噤む。返す言葉も道理も持たず、放たれた戒めを噛み締めるしかない。
当のダークエルフは怒りを放つや否や、今度は冷めた顔で冷ややかな視線を送る。その先には、親に捨てられた獣人の子がいた。
「あたしゃ決めたよ。
あんたらの奇襲に対し、本来なら縄張りごと頂戴するのが道理さね」
ダークエルフの真剣な声音に、群れの長が青ざめた。そんなことをされれば、群れそのものが路頭に放り出されてしまう。
「それだけはご勘弁を。我らの土地だけはどうか」
「お黙り!!」
ダークエルフの喝で、長の抗議はピシャリと止んだ。
「その代わりだ。あたしゃ、その子をいただこう。それと、この周辺の土地をもらうだけで勘弁してやろうじゃないの」
ダークエルフの宣言を受け、群れの一同は喜色を露にした。
指名を受けたモコ本人は、事態が理解できずに呆然としている。
「おぉ! なんと寛大なご配慮……、何とお礼を申し上げて」
「お黙り!!」
長が並べる美辞麗句を、ダークエルフは再び両断した。険しい目付きのまま、叱責の眼差しで群れを一瞥する。
「いいかい。あんたら今後、あたしの土地に近付くんじゃないよ。もちろん、あたしの子供に手を出したら、この森ごと焼き払ってやるからね!
分かったのなら、今すぐ反転して住み処に帰りな!」
ダークエルフの恫喝を受け、獣人の群れはそそくさと踵を返した。文字通り尻尾を巻いて撤退する群れを、ダークエルフは悶々とした心で見送る。
群れの撤退を目の当たりにし、その最後尾にいるモコも踵を返す。
群れから弾かれていようと、モコにとって群れが全てであるのだ。これを失うことは想像すらしておらず、自らの捨てるなど考えたこともない。
追従しようとするモコに、ダークエルフの老婆が言葉をかける。
「待ちな」
「……?」
ダークエルフに呼び止められても、モコは言葉すら返さない。
「あんたはこっちさ」
「……どうして??」
やはりモコは状況が理解できていない。するだけの学力を与えられていないのだ。
2歳を目前にした獣人の子でありながら、その瞳は親を求める幼子のそれであった。
種族にもよるが、リスの獣人の2歳は人間の10代後半に相当する。
ダークエルフの老婆がそのことを知らないはずもなく、突き付けられた酷い事実に、思わず天を仰いだ。
ダークエルフの老婆は、しばらくの間晴天を見上げると鼻をすすり、やっと顔を下げる。
「いいかい、一度しか言わないからよくよく聞きな」
「うん!」
モコは純真無垢な笑顔で歯切れよく頷いた。
「あんたは今からあたしの子供だ。けど、決して「母」だとか「祖母」なんて言うんじゃないよ。あたしゃあんたの親じゃない」
「……?」
モコは、複雑怪奇な言い回しに首を傾げる。
しかしダークエルフの老婆に二言はなく、同じ説明は二度となかった。
これがラブとモコの出会いの話である。
5年ほど前の話を鮮明に語ったモコの表情には、一点の曇りもない。それどころか、どこか誇らしげで晴れやかであった。




