第一の難関 side.マリー
あらすじ
とうとう始まったマリーの修行は、早速第一の壁にぶつかっていた。壁を突破するために苦心するマリーは、ある手段を思いつく。
マリーの修行が開始されてから2日目の正午。
眠気を催してしまう陽気の中、マリーは懸命に両腕を振っていた。額に流れる汗の熱を、テテ河から吹き込む冷たい風が撫でた。熱を沈めるような心地よさの中で、マリーは腕の挙動を止める。
「はぁ、はぁ――――。
ぜんっぜん、ダメ!」
マリーは膝に手を着き嘆いた。自慢の金髪に汗が絡みつき、燦々とした日差しに一層輝く。
「そう簡単に身に付くものではありませんよ。焦りは禁物です。一時休憩にしましょうマリー」
隣でマリーの修行を見守っていたソフィが言葉を掛けた。
ソフィもソフィなりの稽古を続けているものの、表情には涼しさが垣間見える。
マリーは肩で上下に呼吸をしながらも、諦め悪く「もう少しだけ」と粘るが、
グゥゥゥ――――。
マリーの腹の虫が抗議した。
マリーは羞恥に言葉を濁し、頬を赤らめて口を結ぶ。
ソフィは微笑ましくマリーに寄り添い、無言で肩に手を置いた。そして言葉を添えることなく拳の親指を立てて、サムズアップ。
「無言のフォロー止めて!」
恥ずかしさの余りマリーが絶叫する。さすがのマリーとて、生々しい優しさには傷付いた。
「相変わらずうるさい小娘たちだね。修行はどうした、もうおしまいかい?」
河原で団欒する2人に、冷ややかでねちっこい声が掛けられた。
2人は声の方向へ視線を向け、木々の間を狭そうに潜り向けるラブを迎えた。
「別にサボってたわけじゃないよ。
……そう、呼吸を整えてただけで」
グゥゥゥ――――!
「……」
マリーは言葉を失った。正直者な自分の身体が恨めしい。
ソフィは沸き上がる微笑を堪えながら、フォローするように口火を切る。
「私は食事を所望することはサボりだとか恥ずかしいとは思いませんので、むしろ食べることは身体を作るうえで重要だと考えています。なので昼食にしようと提案をs」
クゥゥゥ――――。
ソフィは即効で閉口した。前言を撤回するや否や、耳まで真っ赤に染めて俯いた。
呆れ返ったラブは苦笑も出ない。
「本当に馬鹿ばかりだね。そらチビスケ、餌をくれてやりな」
「はいはーい。頑張っているお2人にお弁当でーす」
立ち並ぶ森の影から、満面の笑みでモコが現れた。小柄なリスの獣人である彼女は、見た目相応な無邪気さで軽い足取りを刻む。
跳ねるようなモコの姿を目にして、いじけているマリーたちではない。破顔してモコの運ぶバスケットに集まった。
切り株の上にバスケットは開かれ、中には具材の彩りが眩しいサンドウィッチが敷き詰められている。白いバンズに山菜と玉子の盛り合わせ、燻製された肉にパリっと焼き目の付いたベーコンなどなど、見ているだけでお腹が減ってしまう。
「いただきまーす!」
「いただきます」
現代日本式の食始まりに、ラブとモコは不思議そうに首を傾げた。
マリーはもちろん、「いただきます」が定着したソフィも違和感なく昼食を始める。
2人の動きに続いて、ラブとモコも食事を開始する。
4人で黙々と昼食を進めていると、藪から棒にラブが口火を切る。
「……で、金子はまだ魔法の手がかりが掴めていないのかい?」
ラブの口にした「金子」とはマリーを指すニックネームである。無駄にプライドの高い老婆であるラブは、未だマリーとソフィを名前で呼んでいない。しかし呼称がないと困るのも事実なので、とりあえずは適当なニックネームを設定したらしい。
「金子」は「金毛の小娘」をもじったものである。
つまりソフィは「銀毛の小娘」を意味する「銀子」である。
この呼び名に、当初2人は嫌気を感じて変更を申し出ていた。しかし頑として折れないラブに、マリー側が先に折れた。これ以上変なニックネームを付けられるくらいなら、と妥協したのである。
話は逸れたが、ラブは真剣な問い掛けをしているのである。
マリーの魔法の修行が来訪の主目的である以上、ラブにとってはマリーの魔法の成熟度が目下の関心事である。
ラブから確信を尋ねられたマリーは、口に含んでいたサンドウィッチを喉に詰まらせてしまう。
焦燥に咳込みながら渡された水筒の水で流し込むと、罰が悪そうに視線を泳がせて言葉を選んだ。
「えーと、まだ手応えがないて言うかー。「魔法を使うイメージ」っていうのがそもそも難しい的な。キャハッ」
「「キャハッ」じゃないよ馬鹿者。魔法を使う上での最初歩が「イメージ」だよ。想像しないと神秘は使えない。死ぬ気で頭を使いな!」
「ひい……」
誤魔化そうとお茶を濁したマリーに、ラブの落雷が落ちた。マリーは頭を覆い、これ以上の被弾を避けようと身体を縮こませる。
呆れたラブはサンドウィッチを丸々1つ口へ投げ込むと、それを飲み込んでソフィに向き直る。
「銀子も何かアドバイスしてやんな。一応仲間だろう」
「「一応」って何ですか。一服盛りますよ」
相変わらず、ソフィはラブに対して喧嘩腰のようだ。険しい反応をした後、顎に指を当てて思考をまとめる。
「うーん……。魔法を使うイメージですか……。
私の場合、炎の魔法を使うなら「爪の先に火花を散らし続けるイメージ」ですね。風の魔法は「背中から前方へ塊を押し出すイメージ」です。この2つのイメージを組み合わせると、炎を撃ち出す魔法になりますね!」
「「なりますね!」じゃない。第一に「爪の先から火花を散らすイメージ」が分からないよ。
え? 爪の先って火花散る? 散るかそんなもん!」
マリーは自暴自棄になって言葉を荒らげる。そもそも科学の世界にいた人間だ。ソフィたちが口にする神秘のイメージが掴めないのも無理はないだろう。
一方で、マイペースに食事を進めていたモコが手を止めた。
「私の場合、大きな魔法が使えないから、そのぶんイメージは簡単ですよ。こう……、ロウソクの火をイメージすると……、ほらっ」
すると、モコの指先に火が灯る。その勢いは本当にロウソクのようで、煌々と燃ゆる紅炎とは程遠い。だが、モコはマリーよりも進んだ魔法を使えることは証明された。
苦心するマリーは、食事に手を付けずに唸り声を上げる。両腕を組んで顔をしかめる。
「あんたの世界に魔法使いはいなかったのかい? それの真似でもいいから、自分のしやすいイメージ像を作るのが肝だよ」
見かねたラブが、食事の手を止めてマリーに助言をした。
助言を受けたマリーは、さらに表情を硬くして唸った。
マリーが元いた世界は現代日本である。科学が世界を形作る基盤にあることはもちろん、「魔法使い」が当たり前のように社会に存在するはずもない。実際に魔法を目にしたのはフロンティア大陸に来てからであり、マリーが己の魔法の才能を自覚したのも転生後である。
その中で、どうやって魔法のイメージを育むか。それがマリーに課せられた最大の課題である。
数秒の間思考を巡らせた結果、マリーは晴れやかな顔で何かを思いついたようだ。
横目で伺ていたソフィが、サンドウィッチを口に含みながら問い掛ける。
「何か思いついたのですか?」
「うん! そりゃとびっきりのをね」
軽快に答えたマリーは、切り株から腰を上げて辺りを見回す。360度をぐるりと見渡すと、おもむろにかがんで木の枝を拾い上げた。
掌に収まる太さの枝は、マリーが着想を得た魔法のイメージには欠かせないアイテムである。
「それを、どうするのですか?」
マリーの行動を不可思議に見守るソフィが尋ねた。
マリーは得意げに鼻を鳴らし、握り締めた枝に人差し指を沿える。
「ふふん。まぁ見てなよソフィ。
こうするのさ!」
マリーは意気揚々と枝を一振りした。枝が空を切り、風切り音が耳に届く。その手応えを実感したマリーは、調子よく枝を二振りする。
そして勢いをつけた三振り目で、喝を入れんと呪文を叫ぶ。
「ファイア!」
マリーの口を突いた呪文に大した意味はない。その場の勢いで、咄嗟に飛び出した言葉であったが、魔法の引き金を引くには効果てきめんであったことは間違いないだろう。
ボォウ!
枝先から豪炎が吹きだした。息吹のような発破とともに噴出した炎は、一行の頭上を覆いつくして渦巻いた。一転に集中した火炎の操作は失われ、急降下する。
その火炎が落ちる先には、悠然と広げられたサンドウィッチがあった。
「ふにゃあああ!」
火だるまになったサンドウィッチを目前に、モコがかつてない悲鳴を上げる。




