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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「激動のグランツアイク」編
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金の師 side.マリー

あらすじ

マリーたちの目の前に、尋ね人が姿を現す。その金毛を震わして、冷たい声音で舞い降りる、その正体とは。

 マリーの驚嘆が一帯を切り裂いて響き渡る。


「こちらはモコさん。ここに住み込みで働いておられる助手です」


 冷静沈着なモニカが紹介をすると、マリーは額の汗を拭って落ち着きを取り戻した。


「そっかー!

 ついさっき「獣人は魔法を使えない」って話をしてたから面食らっちゃった」

「わたくしは「万に一つもない」と言っただけです。そしてモコさんは「万に一つの可能性を超えた」というだけで、何も不自然では――――」

「私はマリー、こっちがソフィ。よろしくねモコちゃん」

「よろしくお願いします!」


 マリーがモニカの御託を断ち切ってモコと握手を交わす。ソフィもマリーに続いてモコと挨拶を交わし、顔合わせが終わった。

 話を遮られムッとした顔のモニカに振り向くと、マリーは本題に戻る。


「さっき言っていた「ラブ」って人が今回の目的の人だよね?」


 マリーに話題を振られ、モニカは口を尖らせながらも忠実に仕事をこなす。切れ長の瞳をモコの高さに合わせ、柔和な口調で問い掛ける。


「わたくしたちはラブ様に要件があって伺いました。取次ぎをお願いできますか?」


  話を遮られ拗ねるような乙女の一面は影を潜めている。公私を切り替えたモニカは、完璧に別人の振る舞いであった。

 穏やかな口調と柔らかい微笑みを向けられたモコだったが、その表情はモニカとは対照的に強張っている。


「い、いいいい今は師匠はいないので……、日をあらためてくだちい」


 モコの視線は右往左往と空中を漂い、モニカの瞳と一致することはない。

 ソフィは見え見えの居留守を押し付けられたモコを同情しつつも、指摘をしようと口を開いたとき、モニカが先手を打った。


「そうですか……」


 えっ。


 ソフィは思わず耳を伺った。まさかモニカが折れるなどとは予想だにしいなかったのだ。

 モニカは残念そうに吐息を吐き出すと、屈めた腰を正して膝を伸ばす。日本刀のように流麗な立ち姿で天を仰ぎ、澄んだ空気の中で声を張る。


「ではラブ様に伝言をお願いします。「わたくしの鼻の前で、嘘は言わない方が身のためだ」と……」


 瞬間、マリーとソフィの背中が凍った。

 モニカの一言に総毛立ち、吹き抜ける冷たい風に身が震える。

 それほどまでに鋭利で辛辣な言葉には、本気の圧力があった。


(これが、権能を扱う者の放つ殺気――――!)


 声が発せないながら、マリーは生の殺気を実感する。夜王や獣帝が放った圧力とはベクトルの異なる、本気の「脅迫」に身体が動かない。

 ソフィですら警戒をする暇なく、強迫観念に身体を掴まれている。

 そんな圧力を、小柄な獣人であるモコに耐えきれるはずがなかった。


「ごべんざざい! うぞでず、じじょういまず! じじょうをおごらないでぐだざぃ!」


 モコは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、懇願するようにモニカにすり寄り懺悔をする。

 憐憫を通り越して、半端のない罪悪感を抱かせる姿に、麗人たるモニカも手をこまねく。


「だ、大丈夫ですよ。伝言ですので! わたくしはラブ様を怒りませんので。な、仲良しー!」


 まるで赤子をあやすかのように、モニカは腕の中で泣きじゃくるモコに言葉を投げ掛ける。先ほどまでの冷静沈着な姿は見られない。焦燥と困惑に満ちた顔でモコをあやす。


(なるほど、モニカの意外な弱点発見)


 マリーは完全に他人事として静観を決め込む。手を貸してもよかったのだが、これはこれで面白そうなので放っておくことにした。


「あんたらうるさいね! 回りくどいことしているんじゃないよ鬱陶しい!」


 すると、至極めんどくさそうなだみ声が降り注ぐ。ツリーハウスから投げかけられた言葉の元へ視線を向けると、金毛の老婆が顔だけを覗かせて睨みを効かせていた。


「じじょぅ!」


 モコは小さな身体を繰ってモニカの腕の中から脱出した。跳ねるような軽い足取りで地面を蹴ると、一目散にツリーハウスへと登った。脱兎の如き疾走のまま老婆の懐へダイブ! を、老婆が容赦ないアイアンクローで受け止めた。


「いちいち飛び掛かってくるんじゃないよチビスケ。ガキみたいにわんわん泣きじゃくって、あたしゃ嫌いだよ」

「ごべんなざいーじじょー」


 それでも涙の止まらないモコであったが、表情は喜色に満ちていた。アイアンクローが顔面に食い込みながらも、モニカの腕の中にいたときとは正反対の顔色である。

 謎の老婆に完敗した形のモニカだが、何食わぬ顔で樹上へ視線を向けた。強がりにも見える横顔には冷汗が伝い、疲れを感じさせる。

 それでも平静を繕うモニカは、鈴の音のような声を張り上げた。


「いらしたのですねラブ様」

「「いらしたのですね」じゃないよ小娘。あたしゃ他に行く所がないのを分かっていて訪ねて来たんだろう? 悪質だねぇ」


 ラブと呼ばれた老婆は、ツリーハウスからのっそりと全身を現した。重い足取りでハウスを揺らす姿は、綱渡りのようで危なっかしい。

 恰幅のいいラブは片腕にモコを捕まえながら、ハウスの床を蹴って宙へ飛び出した。


「危ないっ――――!?」


 モコのように小柄な獣人ならつゆ知らず、ラブの体系はどこからどうみても肥満体系であった。そんな老婆が数十メートルから飛び降りて無事であるはずがない。

 咄嗟にマリーの口から飛び出た言葉であったが、その心配は無用に終わる。

 空中へ飛び出したラブは、まるで目に見えないエレベーターにいるかのようだった。穏やかに、垂直に舞い降りながら、身に纏ったドレスのフリルを震わせる。

 まん丸な体系からか、ラブの姿は落下する風船のようにも見える。


「うそ……」


 想像を超えた事象に、マリーは言葉を失う。

 そうしている内にラブは地面に舞い降り、重い足音を鳴らして闊歩する。


「……で、何用だい。わざわざ辺境まで脚を運んだってのは、そこの小娘たちが関係あるんだろう?」


 ラブはマリーとソフィを逡巡して、尖った長い鼻を鳴らした。シワの深い目尻を吊り上げて、青色の瞳で相対する一行に睨みを効かせる。

 ラブの金髪から垣間見えるとんがり耳に見覚えのあるマリーは、不躾な視線を気にも留めずにラブに問い掛けた。


「ラブさんって、もしかしてエルフなの?」

「ん? そうだけど、そういうあんたたちは魔女とハーフエルフだね? 獣人なんぞと、何の要件だい」

「その件はわたくしから……」


 マリーとラブの間にモニカが割って入った。モニカは仲裁に入りつつも、マリーたちを庇うように立ち塞がった。


「ラブ様へお伺いした要件は、こちらのマリーに魔法を享受してもらいたいのです。受けていただけますよね」


 モニカは笑顔を湛えながらも静謐な圧力をかける。笑っていない瞳が、殺気の片鱗を匂わせる。

 ラブは正面から圧力を受けながらも、ひるむ様子は見せない。それどころかモニカの言葉に疑念を覚えたようで、しかめ面を差し向ける。


「おかしなことを言うね。「エルフが魔女に魔法を教える」なんて、笑えない冗談を言うんじゃないよ!?」


 すると、ラブは怒気を叫ぶ。にわかに放たれた覇気に、マリーは思わず尻込みをした。

 容赦のないラブの怒声にも、モニカは臆することはしない。憮然とした態度で凛と弁を返した。


「実はこちらのマリーですが、異世界から召喚された方でして、魔法を使いこなせないのです。そこで、ラブ様の元で修業をしてはどうかとバルボーが発案した次第でして」


 モニカはあくまで「バルバボッサの発案である」と念を押す。言葉の端々から、当てつけのような辛辣さを感じる。


「あの小僧か……、押しつけがましいやつめ……」


 対するラブも、バルバボッサの名を聞いて表情を歪めた。ラブもバルバボッサの無茶にはいい思い出がないらしい。

 しかしラブは視線をマリーに移すと、邪悪な笑みを浮かべた。


「そうかい……、魔法の使えない魔女かい……」

「うぅ、どうかお手柔らかに……」


 ラブのだみ声と背筋の凍るような悪戯な笑みに、マリーの声も上擦ってしまう。

 まるで獲物を見付けた蛇のように、ラブは表情を邪悪に染めている。


「そうかいそうかい。来客は魔法の使えない魔女ご一行かい。いい玩具だね!」

「私かなり不安なんだけど!」


 玩具認定されたマリーは、身の毛がよだつ思いだ。今から始まる魔法の訓練の幸先が思いやられる。

 ラブは怯えるマリーを愉快そうに見下ろし、愉悦に口角を吊り上げている。

 モニカはラブの悪辣な視線に介入することはせず、本題の続きを始める。


「それで、マリーの訓練の件について、引き受けていただけますね?」

「しょうがないね。こんな機会中々ないだろうし、小僧に恩を売る意味でも受けてやろうじゃないか。

 ……で、さっきから黙りこくっている小娘はどうするんだい?」


 ラブの険しい視線がソフィに向けられた。

 話題を振られたソフィはただ1人、複雑そうな影の落ちた表情で口を開く。


「私は――――」

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