修行せよ side.マリー
あらすじ
時は遡り、マリーたちレディースは新たな目的地へと向かっていた。
森林地帯を進み、テテ河のせせらぎが聴こえる中、一行の目の前に現れたのは。
バルバボッサから指令を言い渡されていたマリー・ホーキンスは、道周たちとは対照的な道程を歩んでいた。
マリーたちは、切り開かれた草原を切り開くのではなく、道なき森を掻き分ける。
マリーたちは、背の高い草の根を分けて進むのではなく、空を覆う木々の元を突き進む。
バルバボッサから半ば無理矢理に案内人に任命されたモニカは、迷いなき足取りでマリーとソフィの2人を先導した。
モニカの先導で森を進み出してから数十時間、
『こんな道、わたくし1人なら半日で到着していましたが』
という前置きは、モニカにとってはただのぼやきにすぎない。しかし皮肉とも当て付けとも取れる言い回しに、ソフィは険悪な雰囲気を醸し出していた。
一方のマリーは、何食わぬ顔でモニカの背を追いかける。そして気になっていた疑問を、忌憚なく投げ掛けた。
「モニカは脚が速いみたいだけど、獣帝さんよりも速いのはどうしてなの? 獣帝さんは暴風の権能を持っているのに?」
「そのことですか。簡単な答えですよ。私も同様に権能を持てば、不思議ではないでしょう?」
「あーそっか!
……って、権能って、領主クラスの人しか持っていないんじゃないの!?」
「モニカさんがそのクラスにいるってことですね」
「そうなりますね……」
モニカは何食わぬ顔で肯定した。決して高慢なわけでもなく、自らの実力に奢っているわけでもない。そうあることが、モニカにとっては当たり前のことなのである。
モニカへの心証がよろしくないソフィは、モニカの発言に対してムッとした。
モニカはソフィから刺々しい気配を投げ掛けられているのは承知している。そうある理由も理解している上で、弁明ともとれる言葉を続ける。
「別に私がバルボーと同等と言いたいのではありませんよ。同じ権能でも上下はあります。ただ、私も風に由来する権能を扱える、というだけの話です」
これだけで弁明になっているのか分からないが、モニカは穏やかに口を閉ざした。
そこでマリーが再び手を挙げた。
「「権能」っていうのは、魔法とはどう違うの? だれでも使えるものなの? 私も?」
「そうですね……。具体的にどう違うのかは難しいですが、由来は異なります。
魔法は先天性の才能であり、権能は後天的な才能ですね。
わたくしのような獣人が魔法を扱うなど万が一にもあり得ませんが、権能であれば努力や鍛錬の賜物ですので、貴方にも発言の芽はありますよ」
モニカはマリーに優しく微笑んだ。
甘言を囁きながらも、決して嘘は言っていないのだが、眉をひそめたソフィが訂正を入れる。
「権能の発言は決して簡単なことではありませんよ。「努力や鍛錬の賜物」ではありませんが、肝心の「努力や鍛錬」の桁が違います。生半可な覚悟で手を出すのであれば、そのエネルギーを魔法の訓練に向けた方がいいですよ」
「そんないやばいの?」
「ええ。それは結構に、吐きますよ」
「吐くだけ?」
「五臓六腑を」
「それ死んでるよね!?」
ソフィの容赦ない意見に、さすがのマリーもドン引いた。
そうこう言って森林の道なき道を突き進むと、マリーたち一行はテテ河の下流域にぶつかった。目の前には陽光を照り返す河の流れと、一際太い一本の高木がそびえる。
直径が十数メートルにも至る大樹は、枝葉を伸ばして開けた河原に屋根をかける。瑞々しい葉からもれる優しい木漏れ日と風のざわめきが、この場の時の流れを遅くしている。
神秘的――――。
森の中に現れた空間は、そう形容するにふさわしい光の幻想に満ちていた。
マリーは言葉を失い、甘い溜め息を吐いて見入っている、
「――――あ、あれ……」
すると、ソフィが大樹の樹上を指さした。ソフィの指に視線を這わせ、高さ数十メートルにもある樹上に目を凝らす。
その視線の先には、人為的に形成されたツリーハウスがあった。大樹の太枝を組み合わせて形成されているツリーハウスは、風景に溶け込むように蔦や葉で覆われている。
ツリーハウスからは梯子が降り、誰かが住んでいる形跡が見て取れる。
大樹とテテ河のコントラストと日光が織り成す光景の最中、澄ましたモニカが先導する。
「ここが目的地です」
「ここで私の魔法の訓練ができるの?」
モニカは首肯で答える。そして言葉少なに視線を移し、樹上のツリーハウスへ身体を向ける。背筋を正し、凛と透き通る声で言葉を投げ掛ける。
「ラブ様! おられるのでしょう? モニカでございます。ラブ様!」
モニカは、その後も同じ名を繰り返して呼び掛けた。
開けた森林に木霊する「ラブ」という名と河のせせらぎが交じり合う中、ようやくツリーハウス内に動く影を捉える。
遠目から見て見過ごしてしまいそうなほどちっぽけで、それでいて俊敏な影が、ツリーハウスから飛び出した。
数十メートルもの高さから跳躍した影は、柔らかい足音で満天の着地をする。
マリーたちの目の前に舞い降りた小柄の人影は、尖った耳と身の丈を超える太い尻尾を直立させた。
「はいなモニカさん。いったいぜんたい、なんのご用でしょうか?」
溌剌と右手を挙手、縞模様のリスの獣人が、天真爛漫な声を上げた。
「この子が、私の魔法の師匠……!?」
予想外の小兵の登場に、堪えきれなかったマリーが驚嘆した。




