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家族の思い出

 バルカ村の男たちがベルセル・ブルの素材を回収し、村に戻ってくると女たちは大皿と酒瓶を持ってやってくる。


 村の中心にある切り株のテーブル群に所狭しと料理を並べる。

 バルカ村名物のベーコンずくしだ。

 ベーコンと鶏卵の炒めもの、ベーコン・スープ、ベーコンの厚切りステーキ。

 それにキノコ類などの副菜もある。


 肉が中心だが、意外とあっさりしているのはこの村のベーコンが良質だからだろう。脂身が甘くて美味しいのだ。


「太ってしまいそうですわ」


 とは肥満の兆候がまったくないルナマリアの言葉だが、肉だけというのは女性には辛いようだ。僕の半分でもう満腹という顔をしている。


 地母神の巫女としては野菜もほしいようだが、この村ではあまり野菜を食べる習慣がないので困っている。なので彼女は自分で野草を摘みに行くと宣言をして席を立った。


 その姿を見て左手の盾は、「チャーンス! 一緒に行って暗がりでえちぃなことをするんだ!」と僕をそそのかすが、そのような手に乗るほど馬鹿ではない。


 それにこのパーティーの主賓は僕なので容易に席を立てなかった。


 ババ様を始め、村の長老連中から酒を振る舞われてとても席を立てそうになかった。


 僕はルナマリアの後ろ姿を見つめながら酒杯に口を付ける。

 その姿を見てジンガは言う。


「へえ、ウィルは案外酒がいけるんだな。人は見かけによらないものだ」


「父と母が酒豪なもので」


 日本酒を飲むヴァンダル、葡萄酒で出来上がっているミリアの姿を思い出す。


「――というのは冗談で実は酒を注がれる前に水を入れています。三倍くらいに稀釈して飲んでいるんです」


「そいつは頭がいいな。うちの村の連中は飲んだくればかりだ。やつらに合わせていたら確実に酔い潰れる」


「実はもう限界です」


 正直に話すとジンガは「かっか」と笑い、長老たちに事情を話してくれた。


「ついこの前成人したばかりの小僧なんだ。控えてくれ」


 そういうと長老たちは納得してくれた。

 ジンガの配慮に感謝しながらしばし歓談すると彼は背中を叩いてくる。


「さあて、これで英雄殿に恩を着せた。だから次はオレの願いを聞いてくれるか」


「なんなりと」


 そう返すとジンガはにやりと返す。


「良い言葉だ。じゃあ、おまえはあのお嬢ちゃんのところに行って口説いてくるんだ。祭りの夜は女も無防備になっていて口説きやすい」


「……聖なる盾と同じような思考法だな」


 軽く呆れるが、女性をひとりにするのは男の甲斐性が問われるといわれてしまえば従うしかなかった。


「ちょうど僕も野草を食べたかったところだ」


 ベーコンは最高に美味いが、さすがに青物がほしくなってきた。そんな言い訳を自分にするとルナマリアが消えた暗がりに僕も向かった。


 村人たちが騒いでいる輪を抜ける。

 焚き火の光が小さくなると、その奥にルナマリアがいた。

 彼女はなんともいえない表情でその場にたたずんでいる。

 そんなルナマリアを見て聖なる盾のイージスは品のないことを言う。


「神妙な面持ちをしているね。祭りでよくあるイベント、若い男女の交尾シーンを覗き見してしまったのかな」


「……」


 非難めいた視線を送るとイージスは冗談だよ、と誤魔化す。


 僕はイージスを無視すると静かにルナマリアの横に寄り添った。彼女はすぐに僕の存在に気がつく。


「……ウィル様」


 ぽつりとつぶやくルナマリア。その言葉と表情は愁いに満ちていた。


 なにかあったの? と、さりげなく尋ねることが出来れば女性にもてるのだろうが、残念ながら僕には女性を口説く素養がない。


「ええと……」とか「あの……」とかどうしようもない言葉を一通りつぶやいたあとにストレートに尋ねてしまう。

「……ルナマリアなにかあったの?」

 もしもこの場にローニン父さんがいれば「かぁ! 直球過ぎるわ!」と呆れることだろうが、幸いなことにここには僕とルナマリア以外いなかった


「…………」

「…………」


 しばし沈黙していると、ルナマリアの口元から「くすくす」と笑い声が漏れ出る。

 なにがおかしいのだろうか? 尋ねてみる。

 ルナマリアは可憐な声でこう回答してくれた。


「だってウィル様の雰囲気がとても真面目なので」


 なんでも今から世界を救うために魔王と対峙をするかのような顔をしていたらしい。


 そんな神妙な表情をしていたのか。


 鏡があればみたいところであるが、手元にはないので諦めると、ルナマリアに尋ねた。


「僕も神妙な表情をしていたみたいだけど、ルナマリアも負けず劣らずだったよ。なにかあったのかい?」


 不意打ちだったのだろう、彼女は「私もですか?」と驚いた。


「うん、真剣な表情で聞き耳を立てていたみたいだけど」


「なんでもありませんよ」


 とのことだった。彼女が向いていた方向を見るが、そこにはなにもない。しかし僕は彼女の耳がとても良いことを知っていた。


 彼女と同じ光景を見るため、聞き耳を立てる。

 魔法で聴覚を強化する。

 すると茂みの奥から子供の笑い声が聞こえてきた。



「お母さん、お祭りって楽しいね。毎日がお祭りならいいのに」

 


 そんな無邪気な台詞に「そうね」という言葉で返すのはおそらく子供の母親だった。


 子供の笑顔は親にとってはなによりもの宝物なのだろう。声から慈しみの感情が伝わってくる。



「そうね。ウィルさんがまた来てくれたらお祭りができるわ」


「わーい、じゃあ、あとでウィルお兄ちゃんにまたこの村に寄ってもらうようにお願いする。今度来たときは剣術を習うんだ。僕もベルセル・ブルを倒せる狩人になりたい」


「ふふふ、それにはもっと強くならないと。マイルは身体が弱いから身体を鍛えないとね」


「どうやったら身体が強くなる?」


「そうね。マイルの嫌いなショウガ汁を毎日飲むとか」


「ええー、それはやだな」


「それじゃあ強くなれないわよ」


「ぶー」



 どこにでもいる母親と子供の会話であった。


 僕も幼き頃、似たような台詞をミリア母さんに言ったことがある。あれはたしか僕の誕生パーティの日だったか、母さんが慣れぬ手つきで誕生日ケーキを焼いてくれた。それがとても美味しかった僕は「毎日が誕生日だったらいいのに」と言ったのだ。


 ミリア母さんは僕のそんな言葉を本気にし、「毎日が誕生日!」と本当に毎日誕生日ケーキを焼いてくれたことを思い出す。さすがに一週間目には飽きてしまって誕生日は年に一回でいいと前言を取り下げたが。――でも母さんの気持ちがとても嬉しくて、胸の辺りがぽかぽかしたことを思い出す。


 木々の奥から聞こえてくる母子の会話を聞いていると『懐かしい』感情に包まれる。きっとルナマリアも同じ気持ちになっているのだろう。そう思ったがふと気がつく。


(……そう言えばルナマリアは子供の頃にご両親を亡くしたんだっけ)



 ルナマリアと初めて逢ったとき、そんな話を聞いたことがある。彼女は幼き頃に伝染病で両親を亡くしたと言っていた。物心が付く前のことで母親のことはほとんど覚えてないらしい。ということは今、彼女が感じているのは「懐かしさ」ではなく、「好奇心」なのかもしれない。母子のなにげない会話というものに注視していたのかもしれない。


 そのことを指摘すると、ルナマリアは驚いたような顔をする。


「まさか、そんなことは……」と絶句するが、すぐに自分の中の感情に気がついたようだ。


「そうですね。そうかもしれません」と続ける。


「私は母親という存在を知らずに育ちました。幼き頃に両親を亡くし、神殿に引き取られたからです。甘えたい盛りに両親がいなかったので普通の母子を見ると少し不思議な気持ちになるんです」


「……なるほど」


「そんな深刻な表情をしないでください。――ウィル様も大変な人生を歩んでいるではないですか」


「そうだね。赤子のときに小舟に乗せられて川に流されるのも大概な人生だ」


「そうです」


「でも幸いと僕は神々が拾ってくれた。あの人たちが実の家族よりも豊かな愛情を与えてくれた。幸運だったと思う」


「ですね。しかしそれならば私の育ての親も負けていません。私は地母神の大司祭様に育てられたのですが、彼女は厳しくも愛情深い人でした。十分、幸せですよ」


「だね。ルナマリアみたいな優しい子に育てるには深い愛情が必要だ」


「はい。毎朝、日が昇る前に起きて、凍えるような冷水を浴びて、麓の村々に托鉢に行って、昼からは剣と神聖魔法の稽古、そのあとに夕餉の準備をし、月明かりで勉強をしたら一年に一回だけ『頑張ったわね、ルナマリア』と褒めてくれるとても優しい大司祭様でした」


 にこやかに言うルナマリア。


「…………」


 ルナマリアの過酷な環境に絶句してしまうが、それ以上に驚いたのはルナマリアが本気でその大司祭が優しい人物だと認識していることだった。


「大司祭様は私が稽古で負傷し、骨を折ると、翌日は滝に打たれる修行を免除してくれました」


 とか、

「大司祭様は真冬になると練炭を一個だけ増やしてくれるのです」

 とか、

 とても優しくないエピソードをたくさん披露してくれた。

 ただルナマリアにとっては大司祭は厳しくも優しい人物なのだという。


 基本溺愛のミリア母さんとは対極の母親であるが、世の中の人がすべてミリア母さんみたいだとそれはそれで困ってしまう。


 そのような感想を抱いたが、口にはしなかった。

 今のルナマリアは「優しい母親」に興味を持っていることが明白だったからだ。

 無言でバルカ村の母子の会話を聞き入っているルナマリア。


 今、この場で彼女に掛ける相応しい言葉を持っていなかった僕は彼女と同じように母子の会話を聞き、母子が立ち去るまでその場にいた。


 仲の良い家族にあてられたのだろうか、僕もなんだかミリア母さんが恋しくなってしまった。――無論、その感情を口に出したりはしなかったが。

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