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レッツパーリィ

 バルカ村の名物は厚切りベーコンである。


 深い森に囲まれ、農耕に適さない土地であるため、必然的に肉食中心の文化が芽生えたのだ。この村では野菜をほとんど育てず必須栄養素のほとんどを肉から得るらしい。


「野菜を食べないとクル病になってしまうと聞きましたが?」


 ルナマリアは素朴な素朴な疑問を浮かべるが、当の本人であるジンガは「そんなん知るか」と答える。野菜は大嫌いで食べることはないらしい。


 彼の代わりに僕が答える。


「極北の地の雪の民は当然野菜が食べられない。通常、人間はビタミンを採取できないと病に罹ってしまうけど、彼ら雪の民はとあるものを食べてビタミンを摂取している」


「とあるもの?」


「動物の内臓さ」


 と先ほどジンガに貰ったベルセル・ブルの肝を指さす。


「まあ」


 驚くルナマリア。


「実は動物の内臓ってビタミンがいっぱい詰まっているんだ。だから雪の民はアザラシや海の魔物の内臓を食べることによってビタミンを得ている」


「しかし中には摂れない栄養素もあるでしょうに」


「そりゃね。ただ、人間不思議なものでそれだけしか食べられないと腸に不思議な細菌が繁殖して、それらが発酵をうながすことによって必要な栄養素を得ることもできるんだ」


「そんなことが。ウィル様は博学なのですね」


「ヴァンダル父さんに教えてもらったんだよ」


 と言うと僕と彼女はジンガを見るが、彼のおなかはぽっこりとしていた。あそこでなんらかの菌が繁殖しているのだろうか。


 そのように物珍しげに見たためだろうか、「ケツの穴がむずむずする」とジンガはその場から立ち上がった。


 手持ち無沙汰なので村の若者たちと一緒にベルセル・ブルの運搬を手伝うとのこと。

 僕も手伝おうとするが、それは村長に止められる。


「客人に得物を運搬させたとあってはバルカ村の名折れ」


 そのように言われてしまえば無理強いはできなかった。

 なので僕は村長であるババ様と縁側でお茶を頂くことにした。

 バルカ村名産のハーブティーに、お茶請けとしてジャーキーを頂く。


 ババ様のような年寄りでも固いジャーキーを食べられるのはなにげにすごいことであった。


 ババ様は「ふぉっふぉっふぉ、この村では歯を失ったものから順に死ぬからな」と自慢の歯を見せてくれた。何本か抜け落ちているが、まだまだ元気に生きられそうなので安心する。


 歯は健康の要であることを再確認していると、ババ様は唐突に話しかけてきた。


「ジンガを救ってくれてありがとう」


「当然のことをしたまでです」


「騒がしい男じゃろう。それにお調子者じゃ」


「……はは」


 同意することはできないので苦笑いをすると、ババ様は真剣な表情になった。


「あの子は生まれる前に父親を亡くしてな。母親にひとりで育てられたのだ」


「…………」


「下界では寡婦がひとりで子供を育てるのは難しいが、このバルカ村ではそうでもない。村の子供は皆家族、ジンガの母親であるシズクが狩りに出掛けているときは村人がジンガを育てた」


「お母さんも狩人だったんですね」


「この村では女も弓が使える」


 ということはババ様も弓が上手いのだろうか、今は尋ねるときではないので尋ねないが。


「シズクは誰よりも弓の扱いが上手く、誰よりも動物の心を読むのが上手かった。それに不思議な力を持っていた」


「不思議な力ですか?」


「そうじゃ。シズクは普通の人には見えないものが見えたんじゃ」


「幽霊とかですか?」


「近いかもしれない。シズクが見えたのは異界の門じゃな」


「異界の門……」


「そう、この森には異界に通じる門があるんじゃ。そこに迷い込むと二度と戻ってはこれない」


 ババ様は神妙な面持ちになる。


「この森のとある場所には異界の門が開きやすい場所がある。村の者は誰も近づかないが、稀に旅人が迷い込み、そのまま異界に消えてしまう」


「そんな恐ろしい場所が」


「あるんじゃよ。おまえたちがベルセル・ブルを倒した少し先に」


「……まさか」


「勘の鋭い坊だのう。その通り、ジンガはその門を探しにいってベルセル・ブルと遭遇してしまったのじゃろう」


「そこは危険な場所なのですよね?」


「そうじゃ。どんな勇者でも異界の門をくぐれば戻ってこられない」


「ジンガさんはどうしてそんなところに」


「本人は絶好の狩り場だから、と主張している」


「本人はということはババ様には違う見解があるんですよね」


「うむ、そうじゃ。おそらく、いや、間違いなく、ジンガは異界の門を探しているのだろう。自分の母親を救うために」


「母親を救う……? まさか、シズクさんは異界の門に?」


「その通り」


「しかしシズクさんは異界の門が見えたんですよね? ならば門を回避できたのでは?」


「そうじゃな、普段のシズクならばできたはず。いや、できた。しかし、そのときのシズクは焦っていた。なぜならば愛するひとり息子が大病に冒されていたからじゃ」


「ジンガさんが……」


「幼かったジンガは高熱に苦しんでいた。緑熱病という死病だ。村の薬師でもどうにもならない病を患ってしまったんじゃ」


「緑熱病……」


「緑熱病に罹ったものは一週間以内に死に絶える。脳と内臓が茹で上がってな。緑熱病を治すにはユニコーンの角を煎じた秘薬が必要だった」


「異次元の門が現れる場所は絶好の狩り場――、そこに棲息するユニコーンを狩りに行ったんですね」


「見事な推察力じゃな」


 ババ様は塞ぎがちな両目を大きく見開き驚く。


「さすがは神々に育てられしものといったところか」


「そんな大層なものではないですよ。父のひとりがこういうのが得意なんです」


 ヴァンダルという名の魔術師はこの手の推理が大好きだ。極小の情報から真実を言い当ててしまうためローニンが目を丸くすることもある。


 その息子である僕も日々、情報のアンテナを伸ばし、それらを生かせるように努力していた。


「ご明察の通り、ジンガの母親は息子の病を治すため、ユニコーンの角を求め、森の奥深くに向かった。本来のシズクならば異界の門など簡単に避けられるはずであったが、焦っていたのだろう。息子の命、それに時間制限。シズクは超えてはならない一線を越えてしまった」


「ユニコーンを深追いして門の中に取り込まれてしまったんですね」


「うむ。おそらくは――」


「しかしシズクさんが異界に取り込まれてしまったのに、なぜ、ジンガさんは助かったんですか?」


「そこが人生の皮肉でな。シズクが村を旅立ったと同時に旅の神官が現れ、ジンガの病を魔法で癒やしてくれた」


「そんな偶然が」


 いや、運命の皮肉か。愛する息子を救うために決死の思いで森に入った母親。それと入れ替わるように村に聖者がやってくる。


 ババ様も無念そうに言う。


「結果、ジンガは救われたが、シズクは村に戻ってくることはなかった。おそらくだが今も異界をさまよっているのだろう」


「ジンガさんは幼き頃に自分を救うために異界にとらわれてしまった母親を探すためにあの場所にいたのですね」


「そうだ。本人は口にせぬがな」


「異界から母親を救い出すことはできるのでしょうか」


「あやつはそれを必死で調べておった。異界の門を探し始めたということはなにかしらの方法を見つけたと言うことだろう」


「なるほど、無為無策ではないのか」


「意外じゃろう。脳天気で無計画に見える男じゃからな」


「その辺はノーコメントで」


 当たり障りのない返答を心がけると、遠くからルナマリアが僕を呼ぶ声が聞こえる。


 なんでも村の女衆が僕に料理の味見をしてほしいのだそうな。

 バルカ村は濃い味付けの料理が多いので、客人の口に合うか心配なのだという。


 ミリア母さんの料理も美味しく食べられる僕にそんな心配は無用なのだが、断る理由もなかったので調理場に向かう。


 ただ、去り際にババ様から声を掛けられる。


「あそこにいる娘は地母神の巫女のように見えるが――」


「ご慧眼です。彼女は地母神の巫女です」


「やはりな。しかし偶然とはあるものだな。幼きジンガを救ってくれたのも地母神の巫女だった。修行の途中に立ち寄った巫女がジンガを救ってくれたのだ」


「ということはジンガさんは二度、地母神に救われたことになりますね。ルナマリアがこの森を突っ切ろうと言わなければ出逢うことはなかった」


「そうだな。あやつは地母神に愛されているのだろう」


 と言うとババ様は祈りを捧げる。森の民は地母神を崇拝しているようだ。

 あとで是非、村の祭壇でルナマリアに祈りを捧げてほしいとのことだった。


 ルナマリアが断るとは思えなかったので、そのことを伝えると約束するが、僕はふと気になったことを尋ねる。


「そういえば村を救ってくれた神官さんですが、名前はなんというんですか?」


 尋ねる必要のない情報だが、気になったので聞いてみる。ババ様は快く教えてくれた。


「そのお方の名前はフローラ様という。とても慈悲深く、美しい娘だった」


 懐かしむように神官の名を口にする。

 その名前を聞いた僕は「フローラ様……」と、つぶやく。


 どこかで聞いたことがあるような名前だったからだ。つい最近聞いたような気がするが。


 悩んでいると左手の盾が「くすくす」と笑う。


「ウィル、知ってた? 老化の第一現象は固有名詞を思い出せなくなることなんだよ」


 僕はまだ一五歳だよ、と反論したいところだが、思い出せないのだから強く主張することはできない。


 少しナーバスになるが、聖なる盾はのんきに言う。


「思い出せないということはたいしたことじゃないんだよ。そんなことよりもさっさとルナマリアを呼んでこよう。村の男衆が帰ってきたらレッツ・パーリィー! だよ」


 テンションマックスの聖なる盾。無機物である彼女は食べ物もお酒も食べられないはずだが。そのような視線を送ると彼女は得意顔でいった。


「無機物でも宴は楽しいものだよ。人々の笑顔は最高のご馳走なんだ」


 なるほど、なかなか良い考え方だ。見習いたいところである。

 そんなふうに無機物の盾に感心していると村の入り口が騒がしくなる。

 どうやら村の男衆が帰ってきたようだ。

 それを合図とするかのように宴が始まる。

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