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バルカ村のばば様

「オレは村一番の勇者、オレの姿を見れば女はみんなときめく。スカートをめくり上げ、迫ってくる~♪ ナニが乾く暇もないぜ~♪」


 狩人のジンガは音程の外れた歌声で歌い上げる。


 文学的な感受性も機微も感じさえない歌詞であるが、歌っている本人は楽しそうであった。しかし、同行者に女性がいることを急に思い出したのだろう。


「――失敬失敬」


 と頭をかくと、別の歌を歌い出した。


「おいらは天才狩人、百間離れた先の的も射貫く。あの子の心も射貫く~♪」


 今度は品のない表現はなかったが、それでも文学性は皆無だった。


「市井の流行歌はそういうものなのです。素朴な歌詞、単純なメロディだからこそ語り継がれます」


 ルナマリアは断言する。


 たしかに魔術の神様であるヴァンダル父さんも言っていた。天才が千日掛けて練り上げた名文よりも、凡人が何気なくつぶやいた一言のほうが人々の胸に残ることが多い、と。


 魔術師が読むような高尚な本の難解な表現はたしかに風呂場や森の小道で口にしたくなるものではない。


 ジンガの歌声をBGM代わりにして歩くと、森が開けてくる。


「あそこがジンガ様の村でしょうか?」


「たぶんね。バルカ村だっけ? 思ったよりもこじんまりとしてるね」


 僕とルナマリアの会話を聞いていたジンガは会話に押し入ってくる。


「おいおい、人様の村をミジンコみたいな村とは失礼だな」


 そこまでは言っていないが、たしかに住んでいる人の前で小さいというのは失礼だった。謝る。するとジンガは「はっはっは」と笑う。


「相変わらず真面目だな、ウィルは。謝るようなことじゃない。それに小さいのは事実だ。てゆうか、大きさを売りにしている村じゃない。もっと小馬鹿にしていいぞ」


「それはさすがに……」


 ルナマリアは聞き耳を立てる。生活音で大きさを把握しているのだろう。


「……五〇人規模の村ですね」


「正解だ、お嬢ちゃん。バルカ村の人口は五一人だ。……あ、五二人か。先月、向かいの夫婦がハッスルして子供を増やしたから」


「ジンガさんでも正確な数字が把握できるくらいの人口ということか」


「でも、ってのが気になるが、まあそうだ。本当に小さな村よ」


 と言うと村の入り口にある看板を指出す。バルカ村と書かれていた。


「看板にも書いてあるとおりこの村の名はバルカ村。この森の中にある唯一の村だ」


「なぜ、こんな鬱蒼とした場所に村があるんですか?」


「それはここの村人が変わりものだからさ」


 と、うそぶくジンガだが、ちゃんと説明もしてくれる。


「本当のことを言うとババ様にどやされそうだから、ちゃんと説明するが、この村の住人は森の民だからだ」


「森の民?」


「そうだ。森の民っていうのは森に根ざした民のことだ。各地の森にいるらしいが、文明を拒絶し、森の恵みだけで糧を得ている」


 と言うとジンガは弓を引き、ポーズを取る。筋骨隆々なところを強調する。


「このように臭そうな毛皮を着て、弓を引いて、獲物を得る。それを森の外の商人に売り払って、外から鉄製品を買ったり、穀物を買ったりしている」


「まさしく森の民だ」


「だな。今時、物々交換なんて流行らないが」


 溜め息を漏らすジンガであるが、このような生活も嫌いではないらしい。


「一度、家出をしてこの森から逃げ出したことがあるが、一年ほどで戻ってきた。森の外は刺激であふれていたが、この森の時間に慣れれば外の世界のほうが忙しなく感じる。見た目はシティ派のオレだが、この生活のほうが合っているんだろうな」


 見た目はともかく、ジンガのような明るい男でも外の生活が合わなかったということは、この村はとてもいい村なのだろう。そう推察できた。


 たしかに小さな村であるが、道行く人は皆優しげだ。部外者である僕を見ても厭な顔ひとつせず、にこやかに挨拶をしてくれる。


 子供たちも楽しそうにそこらを駆け回っていた。

 先日まで滞在していた王都とは違った時間が流れていることは明白であった。

 そのような観察を口にすると、ルナマリアも同意する。


「私の生まれ故郷もこのような小さな村でした。豊かな暮らしこそできませんが、大地に根ざした生活ができます。自然に包まれた生活ができます。とある学者が言っていましたが、このような生活をスローライフというそうです」


「ヴァンダル父さんも同じことを言っていた。ストレスフリーこそが大切だって。ストレスを与えたマウスと与えなかったマウス、寿命が倍も違うらしい」


「ですね。もしも魔王復活を阻止できたら、このような村で余生を送りたいものです」


「だね――」


 と気軽に同意してしまったが、それは魔王の件が片づいたら、結婚をしよう、と言っているようなものだと気がつく。プロポーズのように聞こえかねなかった。

 さすがに恥ずかしくなり、赤面をしてしまうが、ルナマリアは僕の顔色には気がつかない。――ただ、心音には気がつくが。


「ウィル様、動悸が激しいようですが、なにかありましたか?」


 と尋ねてきた。


 まさか君の花嫁姿を想像してしまった、と言うことはできない。なのでお茶を濁すために適当な建物を指出す。


「……あの家が一番大きいね。村長さんの家かな」


 僕の当てずっぽうは正解だったようだ。


「ウィル、よく気がついたな」


 ジンガは豪快に笑うと言った。


「つってもそれでも都会の豚小屋に毛が生えたくらいの大きさだけどな。神々の息子に地母神の巫女様をお迎えするのは粗末すぎるが、まあ、自分の家だと思ってゆっくりしていってくれ」


 そのような軽口を言うと、年老いた老婆が出てくる。

 彼女も毛皮をまとっている。顔に入れ墨があるが、皺で隠れていた。


「こりゃ! ジンガ! 村長の家をそのように茶化すと、神罰が下るぞ」


「神罰が怖くて狩人などできるか」


 ジンガが平然と返すと、老婆は「ふん」と鼻を鳴らす。「まあええ」と続けると、僕のほうを見る。


「そこにいる少年は誰じゃ」


 視線が合ったので深々と頭を下げ、自己紹介をする。


「ウィルといいます。テーブル・マウンテンからやってきました」


「こいつは神々の息子なんだぜ。ババ様」


 ジンガは肩を叩きながら補足する。ババ様は目を見開く。


「なんと、おまえは神々の子なのか」


「はい」


「神……ではないようだな。人間の子か」


「はい。赤子のときに神様たちに拾って貰いました」


「なるほど、神々が人間の子を育てたのか」


 得心したように納得すると、老婆は口を開き、笑顔を見せる。歯が何本か抜け落ちていた。


「神々に育てられた人の子がバルカ村一番のきかん坊を救ってくれた訳か」


「そうだな。こいつはオレの命の恩人だ」


 ジンガは事情を説明する。

 ふむふむ、と、うなずく老婆。


「なるほどな。そのようなことが。つまりこの少年はおまえを救っただけでなく、このバルカ村に富ももたらせてくれるというわけか」


 先ほど倒したベルセル・ブルのことを指しているのだろう。彼女は村の若者を呼ぶとベルセル・ブルの死体を回収するように命じる。


 指示を終えると改めて僕の方を見つめ、頭を下げる。


「このものは血の繋がりこそないが、わしの孫のような男。その命を助けて頂き、とてもありがたい」


「困ったときはお互い様です」


「それに大型のベルセル・ブルを倒してくれたこともありがたい。もしも放置していれば村に甚大な被害が生じただろう」


「傷つけずに倒したから毛皮も売れるしな」


 にんまりと指でわっかを作るジンガ。老婆も「うむ」と、うなずく。


「この村にとって魔物は厄災であると同時に幸福でもある。その血肉を売って糧を得ることが出来るのだから」


「村長のババ様はおまえを気に入ったってことだ。村人総出でもてなしてくれるぞ」


 ジンガの言葉に村長も首肯する。


「当然じゃ。村の恩人をもてなさずに返したとなれば先祖の霊に申し訳が立たない」


 あの世で肩身の狭い思いはしたくない、と村長は酒宴の開催を宣言する。


「酒蔵を空にする勢いでもてなせ!」


 村に残っていた女性たちは笑顔を浮かべる。


「ババ様の許しがでたわよ!」

「今からベルセル・ブルの肉がくるわ。出し惜しみはしないよ!」

「バルカ村がケチな村だって思われたら末代までの恥さね!」


 下は幼女、上は村長くらいの老人、様々な年代の女性が拳を振り上げる。彼女たちは最大限の持てなしをしてくれるようだ。


 有り難いことである。僕たちは彼女たちの心意気に報いるため、どっしりと席に座ることにした。


 その選択は正しかったようで、一刻後には美味しい匂いが立ちこめる。

 極太のベーコンの焼ける匂いが僕の鼻腔をくすぐってきた。

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