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野獣の肝

 ベルセル・ブルの解体が終わると、切り株の上に食卓ができあがる。


 ルナマリアは先ほど荷物を置いてきた場所まで戻り、茶道具一式を持ってきたのだ。

 テーブルクロスなどもちゃんと引いて立派なお茶会の準備をした。一方、僕はその間、近くにある泉から水を汲んできてお湯を沸かした。


 適材適所の行動である。

 血に汚れた手を拭いながら狩人のジンガは称賛してくれる。


「森の中でこんな小洒落たものが飲めるなんて思わなかった」


 ルナマリアは答える。


「戦闘のあとは温かい飲み物が最適です。荒ぶった心を穏やかにしてくれますし、疲れた身体を癒やしてくれます」


 ルナマリアはにこりと続ける。


「私を育ててくれた大司祭様は巫女たちが修練を終えるといつも温かいハーブティーを出してくれました」


「気が利く大司祭様だ」


 狩人のジンガは感心したように言うと、礼を言う必然性を思い出したようだ。


「戦闘の最中で曖昧になったが、改めて礼を言う」


 蛮族の格好をした狩人は深々と頭を下げる。


「身なりは蛮族だが、中身は紳士なのさ」


 自分でそううそぶくが、気のいい人物であることは間違いないようだ。

 どん、とベルセル・ブルの肝を食卓の真ん中に置く。

 血でテーブルクロスが滲むが、彼は気にせず言った。


「助けてくれたお礼におまえたちにこれをやろう」


「これは?」

「ベルセル・ブルの肝だ」

「…………」


 沈黙してしまったのはベルセル・ブルの肝がいまだに脈打っていたから。なんという生命力なのだろう……。


「この肝はそのまま食べてもよし、秘薬の材料にしてもいい。使い道はごまんとある。新鮮なうちに売ればそれなりの金になるんだぜ」


「でもこの辺に素材買い取りをしてくれる商人はいなさそうだ」


「まあな。というわけでこの場で食べることを勧める」


「あいつを食べるのか……」


 凶悪なベルセル・ブルの顔を思い浮かべると、食欲は湧かない。しかし無下にするのも悪いので秘薬の材料とさせて貰う。


 人間の頭部よりも大きい胆を魔法で凍らせるとリュックに放り込む。


「お前さん、魔法も使えるのか。それにポーションも作れるんだな」


「ウィル様は剣も魔法も治癒もトップクラスの実力を備えています。ポーションどころか、霊薬や秘薬を作るのも朝飯前なんですよ」


「そんなことはないよ」


 謙遜をするが、ジンガの傷を回復させるためにポーションを渡すと、その言葉に信憑性はなくなる。ジンガは先ほどの戦闘で手傷を負っていたのだがみるみるうちに回復してしまった。


「すげえな、村のババ様の秘薬でもこんなにすぐには回復しないぞ」


 驚愕するジンガにルナマリアは鼻高々に説明する。


「ウィル様のお母様はテーブル・マウンテンの治癒の女神様なのです」


「なんと、まじかよ」


「本当ですよ」


「まじなのか」


 ジンガは『あの』女神に息子がいたとはねえ、と心底驚く。


 ちなみにジンガの『あの』は畏敬の成分よりも嘲笑の成分のほうが多い。僕の母である女神ミリアはかの聖魔戦争を戦い抜いた由緒ある神様であるが、テーブル・マウンテンでは自堕落に暮らしている。我が儘で乱暴者、お酒が好きなことで有名なようだ。


 少なくとも麓の村ではそう伝わっているようだ。さすがに距離が近いだけに神秘性が薄れているのが少しおかしかった。そんな女神様が子育てなどできるのだろうか、ジンガは疑っているようだ。


 ――まあ、炊事洗濯は父親も僕もやっているから、とお茶を濁す。


「なるほど、家族で分担できるなら問題ないか」


 ジンガは笑うとこう続ける。


「命を助けて貰った上に傷まで治して貰ったんだ。テーブル・マウンテンに里帰りの途中だそうだが、是非、オレの村に寄っていってほしいな」


「ジンガさんの村にですか?」


「ああ、近くにあるんだ。村を挙げて歓待したい。酒池肉林のな。飲めや歌えやのパーリィーナイトだ。村の酒蔵を空にしてやる」


「そんな悪いですよ。僕なんかのためにそこまでしてもらうのは」


「気にするな。村のものはオレのものオレのものはオレのものだ」


「もしかしてジンガさんって村長さんの息子とか?」


「いんや、ただの村人の小倅だ。だがまあ我がバルカ村のものは客人をもてなす心を知っている」


「…………」


 たかられる村人は堪ったものではないだろうが、ここは素直にもてなされることにする。


 森を駆け回って疲れているということもあるが、先ほどの戦闘で思ったよりも消耗してしまった。温かいベッドで一晩過ごしたかった。


 そのことを素直に話すと、ジンガは黄色い歯を見せ、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「素直なのはいいことだぞ、ウィル」


「ええ、父さんと母さんたちも同じようなことを言っていました」


「いい家族だ。さすがは神様」


 ジンガはそう言い切ると、ルナマリアに注いで貰ったばかりの二杯目の紅茶をぐいっとあおる。


「さあて、そうと決まったらさっそく旅立ちだ。角など高価な部位はそのまま持ち帰るが、肉や骨などはあとで村の若いのを連れて持ってこさせよう」


 角などを切断されたベルセル・ブルの死体を見る。


 たしかにこの死体を運ぶのは骨が折れそうだった。人手がいる。


 僕ならばひとりで運べないこともないが、狩猟の達人であるジンガの意見は尊重すべきだった。


 というわけで一番高価な角を背中にくくりつけるジンガ。僕は先ほど貰った胆を背負う。自分だけ手ぶらで申し訳ない、と主張するルナマリアだったが、神々の山でもバルカ村でも女性に重いものを持たせるという文化はなかった。


 僕たちはそのまま意気揚々と森の奥に向かう。

 ジンガはまるで自分の家の庭を歩くような足取りだった。

 この複雑な森の地形を熟知しているようだ。


 彼の言うことを聞いていればまっすぐ村に付けるだろう。後日、神々の山に至る道を教えて貰うことにしよう。


 そんなことを思いながら、ジンガの大きな背中に続く。

 蛮族独特の毛皮、それに大股の歩き方が印象的だった。

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