不死身のトロール
不浄の沼に入ると、モンスターの気配が濃厚になったような気がする。
ドクガエル、フライングフィッシュ、ゼラチンウォール、ビッグトータスなどの化け物を散見する。
どいつも強そうである。
僕たちはモンスターハンターではないので、極力戦闘を回避するが、回避できない戦闘もある。
何匹かのドクガエル、ゼラチンウォールなどを倒すと、まっすぐに古城に向かった。
すると道中、魔物が何匹か倒れていることに気が付く。
明らかに金属の武器で斬られたような痕がある。
「……これは?」
ルナマリアがそう尋ねたすぐあとに、人間の死体も見つける。
真っ黒な法衣を着ていた。
「……あの法衣は」
何度も見たことがある法衣だった。
アナスタシアのほうに振り向き、確認すると彼女もうなずく。
「あの死体はおそらくゾディアック教団ですね」
「ルナマリアもそう思うよね」
「はい。邪教徒のコスプレが局地的に流行でもしていれば別ですが」
「その可能性はなさそうだ。――やつらは僕たちがここにやってくると踏んで先回りしていたのかな」
「その可能性が高そうです」
と言うとルナマリアは心配げにこちらを見てくる。
「このままでは虎口に飛び込むようなものではないですか」
「だね」
僕もそれを認めるが、ここまできて帰るという選択肢はなかった。
その決意を表明すると、左手の盾が『ひゅー』と口笛を吹く。
『さすがはウィルだね。格好いいよ』
と言ってくれる。
ルナマリアも最終的には僕の決断を尊重してくれた。
僕がなにか言っても聞き入れるタイプではないと諦めたのかもしれないが。
ともかく、僕たちは古城の中に入る。
不浄の沼の古城は思ったよりもしっかりしていた。人の手は入っていないはずなのに小綺麗なのである。
なんでも魔法の力によって朽ちないようになっているとか。
魔法とは本当に便利なものであるが、その代わりこの城はとても陰気だった。
今にも幽霊が出てきそうなほどの雰囲気である。
実際、この城は幽霊型のモンスターの巣窟だったらしい。
だった、という言葉からも分かる通り、今現在の城主は怪力型のトロールであるが。
「前の城主のアンデッドを追い出して二つ名トロールがこの城を支配したらしいです」
「幽霊には物理攻撃が無効なはずだけど」
「おそらく、魔法が付与された武器を所有しているのでしょう」
と言うと、遠くから「ぎゃああー!!」
という悲鳴が聞こえてくる。
僕たちは身構える。
「……あの声、邪教徒かな」
「……おそらくは。たぶんですが、邪教徒たちが色気を出して真実の鏡を盗もうとしたのではないでしょうか」
「バカね。本来の目的はウィル様抹殺でしょうに」
アナスタシアがそう言うと前方の暗闇からものすごい勢いで物体が飛んでくる。
それは邪教徒の死体だった。
首があらぬ方向に曲がった死体が、勢いよく飛んでくる。
なにものかがとんでもない力で投げつけてきたようだ。
無論、そのなにものとは二つ名付きのトロールであろう。
アナスタシアはこの段になってやっと二つ名モンスターの名を口にする。
「不死身のトロール」
それがやつの二つ名だった。
単純な二つ名であるが、強そうではある。
アナスタシアは魔術師調の口調で説明してくれる。
「トロールは基本的に『再生』能力を持っています。ロングソードで斬られたくらいならば瞬時に回復します」
「不死身のトロールは?」
「腕を切り落とされても繋ぎ治ったという報告がありますがーー」
「が?」
「あのトロールと戦って無事に帰ってきたものはいないから眉唾かもしれません」
「そんな危険なモンスターにウィル様を対峙させたのですか?」
ルナマリアは怒り心頭であるが、今さら怒っても仕方ないことであった。
アナスタシアは謝罪代わりに足元から樹木を生えさせると、それでトロールの腹を貫く。
「はらわたをぶち撒けなさい!」
美しいエルフに似合わない言葉であるが、この状況下では頼りになる。
しかし不死身のトロールはその二つ名に恥じない再生能力を見せる。
にやりと笑うと樹木を右手でちぎり、こぼれ落ちた内臓を自分の手で戻す。
みるみるうちに傷が塞がれていく。
泡立ちながら回復していく傷を見て、僕は長期戦を覚悟した。
実際、僕たちと不死身のトロールの戦いは長期戦となった。
僕が前衛となり、トロールの棍棒を盾と短剣で受け流す。
その間、ルナマリアが支援魔法で僕を支援し、回復魔法で体力を回復させる。
そして樹の勇者にして宮廷魔術師でもあるアナスタシアが攻撃を加える。
樹での物理攻撃を諦めた彼女は、《火球》を作りだし、トロールに直撃させるが、頭部に当たろうが、腹部に当たろうが平然としていた。
ダメージこそ与えられるものもすぐに回復されてしまうのだ。
ひとつでは駄目だと思ったアナスタシアは、火球をいくつも作って、連続で投げるが、それでも焼け石に水だった。
――そんな戦闘が三時間続いた。
「……化け物か」
両肩で息をしながら、僕はトロールの攻撃をかわす。
脊髄反射のように短剣の一撃を食らわせるが、まったく効果がなかった。
このまま膠着が続けば、僕たちは負けるだろう。
常に主導権はこちらにあったが、どのような攻撃も無力化されると、いずれこちらが不利になる。
トロールには無限の回復力がある。一方、こちらの体力と魔力は有限だった。
その両者が戦い続ければどうなるか、それは火を見るよりも明らかだった。
(……このままでは不味い。なにか打開をしないと)
魔力が尽きかけたアナスタシア、ルナマリアを見ると悲壮感が漂っている。
(……ここは僕がなんとかしないと)
僕は短剣と盾を持つ手に力を込めた。




