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不浄の沼

 食事の味気なさを嘆いていられるうちは健康だ。

 と、つぶやいたのは水晶玉でウィルのことを見つめていた魔術の神ヴァンダルだった。


 夕食後、ヴァンダルはウィルのことが気になり、貴重な水晶玉を使ってウィルを見守っていたのだが、魔力の波動を察知したのか、五月蠅い連中が研究室に飛び込んでくる。


「ちょっと、ヴァンダル、あんた、ひとりで水晶球使っているでしょ」


 治癒の女神ミリアは血相を変えながらやってくる。


「なんだと!? ヴァンダルよ、お前には仲間を思う気持ちがないのか」


 釣られて剣神ローニンもやってくる。

 ヴァンダルは苦虫をかみつぶしたかのように言う。


「お前たちはぎゃーぎゃー五月蠅いんじゃ。おちおち息子の顔も見ていられん」


「そんなこと言ったって、ウィルを目の前にしたら平常心は保てないでしょう」


「そうだそうだ」


 共闘するふたり。これはどんなことがあっても去ることはないな、と思ったヴァンダルは妥協する。


 遠見の水晶球は有限なのである。


「仕方ない。一緒に見せてやるが、あまり耳元でぎゃあぎゃあ言うなよ」


「分かってるって」


 手もみをしながら水晶球を覗き込むローニン、久しぶりの息子に感嘆する。


「……ウィルのやつ、立派になりやがって、一回り大きくなったんじゃないか」


「そう? 私はちょっと痩せたように見えるけど。ちゃんと食事は取ってるのかしら」


「どっちも杞憂じゃ。大きくなってもいないし、飯もちゃんと食べている」


「ヴァンダルよ、お前、もしかして定期的に見ているのか」


「ああ」


 と悪びれずに言うが、ふたりが怒気を発する前に言う。


「ここ最近、時折ウィルを見ているのだが、ひとつ気になることがある」


「気になること?」


「そうじゃ。――おぬしたちに隠し立てしても始まらんから、ことの経緯を話すが、今、ウィルの実の親を名乗る連中が現れている」


「実の親ですって!?」


 私がパーティーから外れたあとにそんなことになっているなんて……。

 絶句するミリア。

 ローニンも沈黙する。

 しかし、ミリアはそれが気にくわなかったのだろう。彼を難詰する。


「そこの剣術馬鹿。なんでなにも言わないのよ。このままじゃ可愛いウィルが人の手に渡ってしまうじゃない」


「……そうだな」

 ぽつりと言うローニン。

 しかし、と続ける。

「……ウィルだって木の股から生まれてきたわけじゃないんだ。父もいれば母もいるとは思っていた。まさか、この歳で見つかるとは思っていなかったが」

「その口ぶりだとそいつらに親権を譲るっていうんじゃないでしょうね」

「まさか。そうそう簡単にはやれん。――だが、それを決めるのはウィル本人だと思っている」

「あの子は私の可愛い子よ」

「だがもう大人だ。本当の両親がいるのならばそちらを選ぶのもありだろう」

 こいつ正気? と目を見開くミリア。

 助けを求めようとヴァンダルを見るが、彼も同様の意見のようだ。

「親権などどうでもいい。だが、ウィルが本当の親の跡を継ぎたいのならばそれもいいと思っている」

「ウィルは山の動物たちの治癒師になるの!」

 ミリアは強行に主張するが、ヴァンダルの耳には届いていなかった。

(……わしとてウィルに魔術の真理を探究してほしかったわい)

 だが、それもそれで勝手な言い分なのだろう。

 ウィルがもし、本当に王の落胤であるのならば、ウィルがこの国の王位を継がなければいけないのだ。

 それはそれで険しい人生だろうが、王になる宿命というのはどのようなものにも阻めないものである。

 ウィルは「なにかを成し遂げる子供」だとヴァンダルは思っていた。

 それがなんなのか、ヴァンダルはいまだによく分かっていなかったが、王位に就く、というのもウィルの選択肢であるような気がしていた。



「……へっくし」


 くしゃみをするウィル。


「大丈夫ですか? お風邪でもめされたのでしょうか」


 と鼻紙を取り出し、ちーんとしてくれるルナマリア。


「そんなことはないんだけど。誰か噂でもしているのかな」


 神々が水晶球で見ているとも知らず、のんきに言う。

 僕は改めて周囲を見渡すが、どこまでも平原が広がっていた。


「結構歩いたけど、思ったよりもモンスターに出逢わないね」


「そうですね、日頃の行いがいいからでしょうか」


 ルナマリアは微笑むが、アナスタシアは冷静に補足する。


「不浄の沼にいけばそのような悠長なことは言っていられません」


「……そこは危険なところなの?」


「二つ名付きのトロールが支配する地ですから」


 それに、と続ける。


「王弟の襲撃がないのも気になりますわ」


「それは僕たちが上手く撒いたからじゃ」


「王弟は間抜けです。たしかに上手く撒けたでしょうが、彼の後ろで蠢く存在が見えないのが気になります」


「王弟の黒幕?」


「はい。彼の後ろには邪教徒がいると思われます」


「ゾディアック教団か」


「王弟が邪教徒と知っていて力を借りているかは不明ですが、王弟に協力していると見て間違いないかと」


「魔王復活を企むやつらと手を組むなんてあくどい人だな」


「悪魔に魂を売っても王位がほしいのかと」


 王位とは、権力とはそれくらいに魅力的なものなのだろうか。山育ちの自分には分からなかった。


 ただ、ひとつだけ分かることは、不浄の沼が近づいてきたということだ。

 先ほどから空気が淀み、瘴気のようなものを感じる。

 平原から湿地帯に変わり、その湿地の水も淀んでいる。


「ここが不浄の沼か……」


 その言葉通り、陰気で辛気くさい場所であった。

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