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兎のシチュー

 このようにして旅立つことになったら、聖なる盾のイージスが疑問を述べてくる。


『てゆうか、大臣がスポンサーなんだから、騎士団の一個くらい派遣してさくっととってくればいいんじゃね?』


 ごもっともであるが、それは無理だ。

 アナスタシアは言う。


「あまり目立つ行動をすればヴァーミリオン卿が動きましょう。真実の鏡どころから我々全員が抹殺されます」


「ということは 忍びながら旅をする、ということだね」


「はい、夜陰に乗じてこの宮殿を出ます」


「それで王弟の目をごまかせるかな?」


「この城には無数の抜け道があります。王弟殿下もすべては把握していないでしょう」


 と応接室の絵画の裏をカチャリとやる。

 するとガガガという音とともに隠し扉が開く。


「忍者屋敷みたいだ」


 と言うとクラウスは笑いながら肯定した。


「たしかに東洋の忍者屋敷のようであろう。しかし、ミッドニアにおいても古来からこのような仕掛けは多用されている。王族というのは常に命を狙われているからな」


 ちなみにこの仕掛けを作ったのはクラウス卿のご先祖らしい。何世代前かのご先祖が、万が一に備え、当時の国王に命令されたのだ。


 いまだに王が通ったことはないらしいが、このように子孫が利用するようになるとは、ご先祖様も思っていなかったに違いない、とクラウス卿は送り出してくれた。


 最後に彼は握手を求めてくる。力強い握手だ。おざなり感はまったくなかった。


「面倒ごとに巻き込んでしまった感はあるが、わしは貴殿を王の落胤だと信じている。早くそれを証明してほしいとも」


 その表情があまりにも真剣だったので、いつものように否定することはできない。


「……努力します」


 間接的に言うと、僕たちは抜け道に入った。


 抜け道の入り口は小さいが、なかはそれなりに大きかった。すべて石造りで、等間隔に魔法式の照明がある。


 王族が使うものだから、豪勢に作られているのだろう。

 僕たちとしては有り難かったが、ルナマリアはぽつりと不平を漏らす。


「……民の血税が、無駄に使われています」


 見方を変えればその通りなのだけど、そのお陰で誰にも知られずに城を抜け出せるのだから、その不満は的外れでもあった。


 ルナマリアも分かっているのか、それ以上なにも言わない。


 しばらく歩くと行き止まりになる。アナスタシアがスイッチのようなものを押す。



 ゴゴゴ



 と岩戸が開くと、光が漏れてくる、抜け道の外は王都郊外のようである。


「王都の門を通り抜ける手間も省けたね」


「ですわね。王弟はきっと門を見張っているでしょうから」


「これでひっそり出る、という目的は果たしたけど、問題は例の古城まで無事に付けるか、だね」


 僕はふたりを交互に見る。

 ふたりはなにごとですか、という顔をする。


「盲目の巫女に、樹の勇者、どちらも一度見たら忘れられない美人。歩いているだけで目立ちそうだ」


 美しさは罪ですわ、と応じてくれたのはアナスタシアだけだが、彼女も僕に言いたいことがあるようだ。


「わたくしは掛け値なしの美人ですが、ウィル様も相当に目立ちましてよ」


「そうかな」


「そうです。女の子みたいな可愛らしい顔立ち、そしてなによりもそこにいるだけで他人を引きつける魅力があります」


「うーん、それは過大評価じゃ」


「過大評価なものですか。まあ、いくらいっても存在感は隠せないもの。それがトラブルを招くこともありますが、ウィル様ならばはねのけることでしょう」


 と言うとアナスタシアは歩き出した。手のひらに魔方陣を出している。コンパスの魔法のようだ。


街道を使えば安全に行けるが、目立たぬように南へまっすぐ古城へ向かう方針らしい。

 ショートカットしたほうが時間節約にもなるそうだ。


「ただし、街道の外には魔物がいることがあります。運悪く出くわさなければいいのですが」


 と言うが、さっそく、出くわす。

 しばらく歩くと草むらからホーンラビットと呼ばれる角の生えた兎が出てくる。

 低級のモンスターであるが、凶暴なことで有名だった。

 ――そして食べられることでも。

 角が生えている以外、兎と一緒なのである。

 というわけで僕たちはホーンラビットを狩ることにする。

 身を傷つけないように魔法を使うことなく、短剣のみで戦う。


 さくっと兎の首をかききると、そのまま尻尾を持って、木に吊り血抜きをする。内蔵も抜く。


 しばらく血抜きをすると、部位ごとに切り分けて鍋に入れる。

 兎は足が速いので早めに食べたほうがいいのだ。

 塩で茹でただけの兎のシチューを食べながら思う。


「やっぱり王都で長く暮らすと冒険者としてのレベルが落ちるな」


 昔はご馳走に思えた兎のシチューも、王都の酒池肉林の前では貧弱に思えた。

 ただこれはなれの問題だろう。

 数日、旅を続ければ、元の感覚を取り戻せるはずだった。

 ……だよね? 

 塩味のシチューを食べ終わると、先日、ホテルで食べた豪勢な食事が脳裏に浮かんだ。

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