アーティファクト
国王陛下の寝室は本殿にある。
そこで静養中とのことであったが、そこに向かうことはできなかった。
途中、妨害に遭ったからである。
本殿に入ろうとすると、兵士たちが僕らを囲んだ。
それを見たクラウス卿は激高する。
「このわしを。いや、このお方をどなたと心得る。恐れ多くも王のご子息であるぞ」
裂帛の気迫に兵士たちはたじろぐが、彼らの前に一歩出たのは、長髪の貴族であった。
「クラウス卿、そのものが兄上の息子であるというのは本当か」
「……ヴァーミリオン殿下……か」
クラウス卿は不快感を隠さなかった。
僕は小声でアナスタシアに尋ねる。
「……彼は?」
「……ヴァーミリオン・フォン・ミッドニア。この国の国姓を持っていることからも分かると思いますが、王族の方です。陛下の弟様ですね」
「……王弟ってやつだね」
「……はい、叔父上様です」
と言うが、彼女の言葉に尊敬の成分はなかった。
なんでも彼はこの国の王位を狙っているらしい。現国王には女児がふたりいるらしいが、そのうちのひとりと自分の息子を結婚させ、次期国王とするのが夢だという。
まあ、それだけならばミッドニア家だけの問題であるが、この長髪おかっぱちょびひげ野郎(アナスタシアの言葉をそのまま引用)は、国政を壟断し、私腹を肥やし、民を顧みないことで有名だった。比較的安定しているミッドニアにおいて彼の領地だけ一揆の数が突出していることからも彼の政治の苛烈さが分かる。
せめてあと五里隣の村で生まれたかった。地獄とは王弟の領地のことである。という戯れ歌が流行るくらいなのだそうだ。
王弟の人となりを把握した僕はまとめる。
「……つまり彼は王位についてはいけない人、ということだね」
「……左様でございます」
というやりとりをしていると、クラウス卿とヴァーミリオンの喧嘩が始まる。
「このお方は陛下が長年探し求めていたご子息であらせられる」
「証拠はあるのか?」
「ありませぬ」
「は、笑止。お前の魂胆は分かってるぞ、どこの馬の骨とも分からないものを連れてきて、傀儡にするつもりだろう。王国にすくう寄生虫め」
クラウスはむっとしたが、「それはお前だろう」とは言わなかった。
代わりに僕の顔を見るように言う。
「このものの顔を見れば陛下の血筋だと分かるはずでしょう。面影がある。それにあなたにも似ている」
「…………」
ヴァーミリオンが沈黙したのは僕の顔にわずかに兄の面影を見たのかもしれない。
「似ている子供などごまんといるわ」
答えに窮したヴァーミリオンは核心を突く。
「話していても埒があかない。そのものが陛下の子供だというならば証拠を見せよ」
「…………」
沈黙するクラウス卿。肩にホクロがないのは確認済みなのである。
証拠がない、と悟ったヴァーミリオンは強気になる。
「その調子では証拠はなさそうだな。ならば大人しく立ち去るのだな」
ぐぬぬ! と顔を歪めるクラウスに変わって一歩前に出たのはアナスタシアだった。
「証拠ならばありますわ」
凜とした表情、勇気に満ちあふれた態度だった。
アナスタシアを見てヴァーミリオンは胡散臭げに言う。
「何者だ、貴様は」
「陛下直属の第三近衛騎士団の団長のアナスタシアですわ」
「第三? ああ、あの最近創設された小規模の」
「規模は関係ありません。わたくしたちの任は国王陛下を守ること、それに王子を探し出すことですわ」
「そこで連れてきたのがこの偽物か」
「偽物ではありません。しかし、証拠がないのも事実」
「やっと認めたか」
「ええ、ですからこれから証拠を持って参ります」
「ほう、どのような証拠だ」
「ぐうの音も言わせないほどの証拠を」
アナスタシアが妖艶に笑ったためだろうか、ヴァーミリオンはたじろぐ。彼はそれを隠すため、声を荒げながら言った。
「いいだろう。それでは証拠を持ってこい。俺が納得したら陛下との面会を認めよう」
「期限はありますか?」
「ない。――ないが、まあ、今の陛下の健康状態だと」
そう言うとにやりと口角を上げる。蛇みたいな笑みを浮かべる。
「……分かりましたわ。すぐにでも証拠を持ってきます」
とアナスタシアが言うと僕たちはいったん、引き下がった。
先ほどの応接間に戻ると、クラウスは部屋の端にあったゴミ箱を蹴り飛ばす。
それほど腹立たしいのだろうが、すぐに冷静さを取り戻すと、僕に頭を下げる。
「殿下、お見苦しいところをお見せした。それにこのようなことになり、申し訳ない」
「気にしないでください。クラウス卿。てゆうか、アナスタシアに秘策があるようですし、そこまで悲観しなくてもいいかも」
「おお、そうだった。アナスタシアよ、なにか秘策のようなものがあると大見得を切っていたな」
一同の視線がアナスタシアに集まると、彼女は「ええ」と微笑んだ。
「わたくしには秘策があります」
「拝聴しようか」
一同は席に座るとアナスタシアの話を聞く。
「この国の国境、不浄の沼付近にある古城はご存じでしょうか」
一同は知らない、という。そこまで細かい地理に造詣がないのだ。
「まあ、当然ですわね」と言うアナスタシア。彼女は懇切丁寧に説明してくれる。
「この王都のさらに南、国境付近に不浄の沼と呼ばれる沼地があります」
「たしか聖魔戦争のときに戦場になって汚染された場所だよね」
「さすがはウィル様。ご名答」
アナスタシアはにこりと言う。
「それ以来、毒の沼地となった地ですが、そこに古城があり、さらにそこに『真実の鏡』と呼ばれる鏡があるとか」
「真実の鏡……、アーティファクトかな」
「正解です。そのアーティファクトはこの世界の真実をさらけだす鏡と言われています。その鏡を使えばウィル様が王子であると証明できるかと」
「なるほどね、たしかに道理だ。――でも、そこはかとなく危険が待ち構えていそうな気がする」
「それもご名答です。古城には二つ名付きのトロールが住み着いています」
「……二つ名付きのトロール」
ただのトロールでも厄介なのに、二つ名付きとは厄介である。
一同はしんと静まりかえるが、アナスタシアは言う。
「しかしウィル様ならば問題なく討伐できるでしょう。問題なのはここまで面倒になればウィル様になんの得もないということです」
「そういえばそうかも」
「最初からなんの得もないのですが。ウィル様、それでも真実の鏡を取りに行ってくれますか」
僕はしばらく考えた末に了承する。
一番意外な顔をしたのはアナスタシアだった。
彼女は僕の顔を覗き込むと、なぜ、ウィル様はこのような厄介ごとを引き受けてくれるのですか、と問うた。
僕は頭の中の考えを言語化する。
「僕に得はないけど、王様には得があるから」
「と申しますと?」
「僕は王様の子供ではないけど、そうならそうでそのことをちゃんと伝えたい。それに真実の鏡があれば本当の子供を見つけるときに役に立つだろうし」
その言葉を聞いたルナマリアは「さすがはウィル様です」と称揚し、アナスタシアはぱちくりと目を見開いていた。
最後に「ウィル様のように常に人のために行動できる人はこの世界にいません。もしも王様の実の子でなくてもこの国を治めてほしいです」と言った。
その言葉を聞いたクラウス卿は、「滅多なことを言うものではない」と彼女を叱るが、次の瞬間には首肯していた。
「……いや、わしにアナを怒る資格はないか。似たようなことを考えてしまったのだから」と言った。
皆、僕に対する評価が高過ぎな気がするが、ともかく、僕は南の古城へ向かうことにした。
クラウス卿は道中の旅の資金をすべて出してくれるそうだ。
金貨の詰まった革袋をどんと置く。
これだけあれば毎日、最高級の宿屋に泊まってもお釣りが出そうであった。