ウィルの出生
カフェでお茶を飲んでいると、アナスタシアが戻ってくる。
彼女が支払いをしてくれると街娘と別れる。
街娘は最後まで頭を下げる。
僕たちは気にしないように言うが、彼女と別れるとルナマリアは言う。
「ウィル様は英雄の中の英雄ですが、紳士の中の紳士でもありますね。すべての女性の救世主です」
「大げさな」
「大げさなものですか。ウィル様の快男児ぶりは見物人の女性たちをときめかせていましたよ」
アナスタシアは、
「ルナマリアさんは恋をしたことがあるのですか?」
と問う。
「ありません」と、きっぱり首を横に振るルナマリア。
「――ですが、恋する女の気持ちは分かりますわ。まず顔が紅潮する。呼吸が速くなる。動悸が激しくなる」
「生体反応で見分けてるんだね」
色々な意味でさすがはルナマリア、と思った。
「まあ、その結論は間違っていないでしょう。もしもウィル様がこの国の王になれば、女性の支持率は高くなりそうです」
「そのことだけど、僕は王様になる気はないのだけど」
「ふふふ、分かっていますわ。でも、陛下と面会だけでも」
「その前に大臣に僕が本物の王子か示さないと行けないんだよね」
「ですわね」
と言うと王宮の入り口が見えてくる。
僕たちは正門ではなく、その横にある通用門から入った。
さすがは近衛騎士団の団長、ほぼ顔パスで入ることができた。
王都アレクシスの宮殿は呆れるくらいに大きく、呆れるくらいに広い。
僕が今まで見てきた王都の建物すべてを合わせたほどの巨大さだった。
広大な庭園に、いくつもの大きな建物があり、その中でも一番立派なのが国王の住まいし本殿らしい。
僕らは本殿――ではなく、その横にある建物に向かう。
そこで大臣と面会するわけである。
これまた豪華な応接室に入ると、上座に座って大臣を待つ。
普通大臣が上座では? と思わなくもないが、アナスタシアはこれでいいのだという。
ルナマリアは超然としている。神の前では上も下もないらしい。
まあ、いいか、と受け入れると室内を見渡す。
大きさや作りだけでなく。置かれている調度品も立派だ。
最初に見た工芸品は、とあるドワーフも名工のものだった。
次に見たのはコビット族の陶芸家の花瓶、そこに差されているのは一日しか咲かない蘭であった。
なんでも毎日蘭を入れ替えているそうだ。
金持ちの発想はすごい、と思っていると、ルナマリアがぴくりと反応する。
僕も神経を集中させると、廊下の奥からかつかつと歩く音が聞こえる。
歩調からして大物感が漂っている。複数の人間を連れていることも分かる。
おそらく大臣だろうと言うとアナスタシアはご名答という。
彼女は続ける。
「それにしても一国の大臣と会うのに、両者緊張されないのは素晴らしいですわ」
「ルナマリアはいわずもがな。僕も幼き頃から下界から切り離されていたから、大臣と言われてもぴんとこないんだよね。あ、もちろん、偉そうにはしないよ」
「いえいえ、ウィル様はこの国の王族、偉そうにしてくださいませ」
アナスタシアは続ける。
「これから会うクラウス司法卿はとても気さくなお方。それに慧眼の持ち主なのですぐにウィル様を本物の王子だと見抜くでしょう」
「そうかなー。どこの馬の骨だー! と叱責されないか心配だよ」
と言っていると応接間を叩く音が。大臣である。
どのような人物であろうか、どのような言葉をもらうか、この期に及んでやっと緊張してきた僕。
クラウス卿を見つめる。
彼の年齢は五〇歳くらいだろうか。白髪のロマンスグレイの男だった。白髪で初老に差し掛かっていたが、背筋がピントしており、顔に皺がないので若く見える。
とても威厳のある風貌をしていた。さすがは一国の大臣である、と思っていると、彼はいきなり涙を流し出す。
「お……おぉ……」
と、うめき声を上げるとその場で崩れ落ち、流れるように平伏する。
「……この方こそ、ウィリアム・アルフレード殿下だ。わしが長年、探し求めたお方、この国を導いてくるお方。この国の王位を継ぐお方」
クラウスはそう言い切ると、深々と頭を下げた。
僕は、
「……え」
と、ばつが悪そうに固まっている。
このような偉そうな人に頭を下げられ、かしずかれるとは夢にも思っていなかったからだ。
僕はその後、五分、自分が王子様ではないことを説明したが、クラウスは信じてくれなかった。
五分後、僕は肩を露出させる。
ほくろがないことを確認してもらうためだった。
上半身裸を肌にした僕を見て、クラウスは言う。
「ほう……、殿下、素晴らしいですな。その筋肉の付き方」
「…………」
ほくろを見て欲しいのだが。
「超人的ではないが、理想的な筋肉だ。さぞ、幼き頃から鍛錬に明け暮れたのでしょう。神々に感謝せねば」
「僕が神々に育てられたことは知っているのですね」
「わしがアナスタシアに調べさせましたからな」
アナスタシアに視線をやると、微笑を浮かべる。
「ほくろがないのは想定外ですが、王の落胤が神々に育てられるとは素晴らしい。古典文学、神話時代の貴種流離譚のようだ」
「僕はたぶん、王様の子じゃないと思います」
「根拠は?」
「そんなたいそれた人間ではないからです」
「この宮殿を見てもそわそわしますかな」
「はい、ちょっと落ち着きませんね」
「それは慣れでしょう。わしも初登城のときは緊張したものです」
と言うとクラウスは、僕の手を引く。
結構強引というか、力持ちであった。
「あ、あの、どこへ」
「ウィリアム様が殿下だと確信したので、陛下に会って頂こうかと」
「え? ええー! いきなり!? だ、大丈夫なんですか?」
「親子なのです。いつ会ってもいいでしょう」
「いや、百歩譲ってそうだとしても、国王陛下って今、ご病気なんですよね? そういう意味です」
「本日は珍しく気分が良いとおっしゃっていました。王子が来ることを予感していたのかもしれません」
だから僕は、と言い掛けたがやめる。ルナマリアが軽く僕の腕に手を添え、首を横に振ったからだ。
「……陛下は長くありません」
それが彼女の答えだった。つまり、本物でなくてもいいから、最後に面会してあげなさい、ということだろう。
彼女の勧めはもっともだったので、僕は黙ってクラウス卿の後ろについて言った。




