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恍惚のアナスタシア

書籍版の2巻今月18日に発売!! 

fame先生の素晴らしい挿絵と加筆修正要素をお楽しみください!

 なにごともなく王宮に到着する。

 それは当然か。

 王都の往来のど真ん中で盗賊や邪教徒と出くわすのはさすがにありえないだろう。


「ですがウィル様の不運のスキルには定評があります。もしかしたら出くわすかも」


 とは珍しくもルナマリアの冗談であるが、その冗談は半分成立する。

 途中でトラブルに出くわしてしまったのだ。

 そのトラブルとは、騎士と町娘のいざこざであった。


「そこの娘! 我が家伝来の宝刀にぶつかっておいて詫びもないのか」


「す、すみません。お許しください」


 どうやら騎士とぶつかり、剣に触れてしまったようだ。

 町娘は何度も謝っているが、それでも騎士は許せぬ、という。


「ここではらちがあかない。俺の館に来て謝ってもらおうか。誠心誠意な」


 と町娘を連れて行こうとする。

 好色でヒヒ親父みたいな顔している。

 その目的は明白であったので、止めに入る。


「この子は謝っているじゃないか」


「なんだ? 小僧は?」


 うさんくさげに僕のことを見つめる好色騎士。


「僕の名はウィル」


「ウィルだと? 女みたいな名前だな」


 品のない高笑いを上げる騎士。 

 口で諭しても分からないタイプのように見えた。簡単には引き下がらないだろう。

 ――しかし、それでも暴力で解決はしたくなかったが。

 というわけで僕は町娘の間に入ると平謝りする。


「すみませんでした。騎士の魂とも言える剣に触れてしまって」


「…………」


 僕が喧嘩を買ったと思っていた好色騎士は唖然としている。

 ――が、すぐに性格の悪さを出す。


「お前のような輩に謝られても嬉しくはないわ。その娘が謝れ」


「すでにこの子は何度も謝っています」


「だから直接身体で――」


 本音を慌てて押さえる騎士。

 僕は指摘せずにこう言った。


「彼女に成り代わって僕が誠心誠意謝るので、許してください。なんでもします」


「なんでもするといったな。では、三遍回ってワンと鳴け、犬のように鳴け」


 往来でそのような恥をかかせるとは、と思ったのはルナマリアだった。怒色を示し、剣まで抜こうとするが、僕が押さえる。


「……ルナマリア、ここは僕に任せて」


「ですが」


 小声で彼女に告げる。


「頭を下げるだけで解決できるならばそれが一番だよ。君の美しい手をこんなゲスの血で穢したくない」


「……ウィル様」


「レウス父さんは言っていた。往来で道化を演じるのが恥なんじゃないって。本当の恥ってのは人間の心を失うことなんだ。こいつは恥知らずだけど、こちらも恥知らずになってはいけない」


 僕はそう言うと三遍回ってワンと言う。

 ただし、優雅に華麗に、力強く。

 くるり、と、まるで白鳥が舞うように回転する。

 往来の人々はその美しさに息を呑む。


(これは治癒の神ミリア母さんにならった治癒の舞の応用)


 その美しさは白鳥にも例えられる美しい舞だった。


 それでこの場にいる全員の視線を釘付けにすると、僕は騎士の前に顔を出し、「わん!!」と大声を上げる。


 すると舞に意識を集中していた男は「あひゃあ」と倒れ込む。

 哀れくらい惨めに尻餅をつく。

 それを見ていた周囲の人間は笑い出す。


「情けない。三遍回ってわんをさせたほうが驚いている」


 けらけらと笑い声が聞こえてくると、男はやっと自分が恥をかいたと認識し、怒り始める。


 腰の剣を抜刀しようとするが、遠くから巡回の兵士たちの姿を見たので、「っち」と吐き捨てると逃げる。


 自分の横暴さ、大義のなさを熟知しているのだろう。

 その後、巡回の兵士に事情を話すと、僕たちは解放された。

 その場に居合わせた市民たちが僕たちの正義を証明してくれたからだ。


「ふー、一件落着かな」


 僕がそう言うと助けた町娘は平身低頭にお礼を言ってくる。

 気にしないように諭す。

 彼女はなんとか礼をしたいと言い張るが、今は時間がないと断る。

 しかし、アナスタシアは言う。


「あら、お礼ではないですが、そこのカフェでお茶でも飲んできてください。実はわたくし、ホテルに忘れ物をしましていったん、戻ろうと思っていました」


「それは大変だ。じゃあ、そこのカフェで待っているね」


「それではわたしがお代を……」


 アナスタシアは娘の身なりを見ると首を横に振る。

「お代はわたくしが払いますわ。わたくしの名前を出せばツケになりますから」

 それでは困ります、と町娘は言うが、僕たちは気にせず彼女をカフェに誘った。


 王様が払ってくれるから、とは言わなかったが、まあ、お茶代くらい陛下に出してもらってもバチは当たらないと思った。


 こうして僕たちは別れた。


 娘さん、ルナマリア、僕はカフェに入るとそれぞれに注文をし、今後、あの手の輩に会ったらどうするべきか対応策を話し合った。


 王都の目抜き通りにあるカフェは想像以上に高かったけど、町娘さんから色々な話を聞けた。


 最近、この手の手合いが増えていること。

 国王の病気によって治安が乱れていること。


 この国の治安を守るべき騎士がああなのだがら、さもありなん、だが、笑い飛ばすことはできなかった。


 治安が乱れれば国力は弱り、その間、ゾディアック教徒どもが伸張するかもしれないからだ。


「ウィル様が国王になる以外の方法でこの国の乱れを正せればいいのですが……」


 と自身のあごを触り、真剣に悩んでいるルナマリア。


 僕は冗談めかして、

「ルナマリアも僕がこの国の王になるのは反対なんだね」

 と言った。


 町娘も冗談だと思ったようで呼応してくれる。


「そりゃあ、ウィルさんが国王になったら、お嫁さんになれませんもの」


 その言葉を聞いたルナマリアは珍しく頬を真っ赤にした。



 そのようなやりとりをしている三人。

 先ほどの騎士は面白く無さそうに歩いていた。


「まったく、恥を掻かされたわい」


 いらいらとしている騎士は市民を怒鳴り散らし、歩いていた猫に蹴りを入れる。

 ふぎゃあー、という声と共に猫はその場に倒れた。


「ふん、小汚い猫だ。靴が汚れてしまったではないか」


 ぺっ、と唾を吐くと、騎士は路地裏に消えた。


 それを遠くから見ていたのはアナスタシア、急いで猫のもとに近づくと回復魔法を掛ける。


「……回復魔法は苦手なのですが。――でも、大丈夫だったようですね」


 一命を取り留めた猫はきょとんとしていたが、すぐに『人間』が危険なことを思い出すと、逃げていった。


 アナスタシアはそれを悲しげに見つめながら言った。


「……お仕置きが必要ですわね」

 ――と。



 腹の虫の居所が悪い騎士は、そのまま娼館街に向かう。女を買って気分を取り直すのだ。


 しかし行きつけの娼館にお断りされる。前回、娼婦を乱暴に扱って出禁を喰らってしまったようだ。


「……ふん、売女め」


 と罵ると騎士は店を変える。


 馴染みの店などいくつもあるのだ。とウラ路地に入ると路地の間から、にゅっと白い足が見える。


 その足は余りにも白く、美しかったのでぎょっとしてしまう。まるで死体のような白さであった。


 しかし、すぐに死体でないと分かる。

 路地裏から足を出しのは世にも美しいエルフだったのだ。


 彼女は半裸のようなドレスを着ている。その姿は半身的なまでに美しいが、顔はよく見えない。フードをかぶっているのだ。


「……まあ、顔などどうでもいいが」


 あのように美しい身体を持っていて顔が不細工なわけがない。それに万が一、不細工だったとしても顔を見なくてもいたせる方法はいくらでもあるのだ。


 自分を納得させると、彼女に値段を尋ねる。

 彼女は「ただでいいわ……」と妖艶に言った。


「ただだと? お前は美人局か。色町で美人局は大罪だぞ」


「……まさか、そんな。――騎士様に惚れただけですわ。抱いてくださいまし」


 なんだそうか、と言うと、騎士は単純にも彼女を暗がりに連れ込むが、その行動は愚かすぎた。


「どれくらい相手をしてくれるんだ?」


 騎士が問うと、娼婦は国が傾くほどの笑みを浮かべながら言った。


「旦那様の自由ですわ。どんなに早くても、どんなに時間を掛けても……」


「可愛い娘ではないか」


 と娼婦に手を掛けた瞬間、男の意識が暗転する。いや視界が真っ赤になった。


 べとり、と身体から流れる血を確認すると、騎士はその場に倒れ込む。逃げだそうにも足の周りにはいつの間にか木の蔦が絡んでおり、動くことさえできなかった。


 それを痛快に見つめるは、娼婦に扮したアナスタシア。

 彼女は騎士を蔑むように見えると言った。


「――感謝することね。ウィル様が見つかったという慶事を血で汚したくないから、命だけは助けてあげるわ」


 そう言うとアナスタシアは騎士の頭を踏みつけ、部下に縛り上げさせる。


「本当ならば首を切り取ってデュラハンにしてやりたいところだけど、最前線に送るだけに留めてあげる」


 あんなにも女に偉そうにできるのだから、さぞ腕が立つことだろう。


「お国のために尽くしてらっしゃいな」


 アナスタシアは「バイバイ!」そうにっこりと手を振るとあとの処置を部下に任せた。

 誰もいなくなると、路地裏から空を見上げる。


 路地裏から見上げる空は目抜き通りから見上げるそれよりもどんよりとしていたような気がした。


 アナスタシアは軽く溜め息を漏らすと言った。


「……ふう、わたくしも丸くなったものね」


 その原因は前述の通りウィル少年のせいであったが、それがいいことなのか、悪いことなのか、今のアナスタシアには計りかねた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 72話と73話が繋がっていない。町娘と騎士は何処から出てきたのか?
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