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王都の仕立屋

 すぴーと寝た僕たちであるが、翌日、朝日が昇るとともに起きる。

「ふぁーあ」と欠伸をしたのはアナスタシアだった。


 彼女は僕の顔を見ると、にっこりと笑って、

「朝チュンですね」

 と笑った。


 意味は分からないが、きっとどうしようもない意味の言葉だろう。

 無視をするとルナマリアが起きる。

 彼女も可愛らしく、「ふぁーあ」と言った。


「あら、結局、三人で同じ部屋に寝てしまいました」


 部屋代がもったいなかったですね、と続ける。


「国王陛下はそのような些末なことは気にしませんわ」


 と言うと出掛ける準備を始めるよう指示してくる。


「まずは仕立屋に行きましょう」


「そうですね」


 とルナマリアも同意する。

 ふたりはそれぞれの部屋に戻ると、準備を始める。

 部屋の隅に置いていた聖なる盾、イージスは言う。


『知ってると思うけど、女の準備には時間が掛かるよ。一時間は見ておいたほうがいいかな』


「だろうね。特にアナスタシアは大変そうだ」


 手の込んだ髪型を思い出す。


『そういうこと、というわけでそれまでボクと一緒に遊ぼう』


 と、しりとりをすることになる。


「ゴリラ」

「ラッパ」

「パンツ」

「ツナギ」

「義理チョコ」


 と続くが、時折、意味不明な言葉が混じるのは彼女が無機質の盾だからだろうか。

 義理チョコとはなんだよ、となる。


『え? ウィル、義理チョコ知らないの? まじでー?』


「知らないよ」


『義理チョコってのはヴァレンタインデーに女性が配るお情けのチョコのことだよ』


「ああ、あれか」


『ヴァレンタインデーは知っているんだね』


「もちろん、うちはその手のイベントは強制的に参加させられる。ミリア母さんが好きだったんだ。あと基本ローニン父さんもお祭り好き」


『いいご家族だ』


「騒ぎたいだけだよ。……ま、楽しかったけどね」


 と、やりとりしているとルナマリアがやってきたようだ。

 さすがは聖女様、その身支度は早い。通常の女性の三分の一だろうか。


「華奢に溺れるものは神の声を聞けません」


 と断言する。

 一方、アナスタシアは通常の女性の倍は掛かる。

 服選びから化粧まで、軽く小一時間。まるでミリア母さんのようである。

 両極端の人物であるが、幸いとまだ時間に余裕がある。


 というわけで僕は焦ることなく、アナスタシアがやってくるのを待つと、一緒に仕立屋に向かった。


 綺麗に着飾ったアナスタシアを見てイージスは、『女性がお洒落をしていたら褒めるものだよ』と言う。


 たしかにそうなのだろうけど、ルナマリアの前で彼女だけ褒めるのは気が引けた。

 盾は『馬鹿だなあ、ふう……』と溜息を漏らす。


『両方褒めればいいんだよ』


「そうか。その手があったか」


 そう思った僕はまず、ルナマリアの上腕二頭筋を褒める。女性にしてはしっかりしていたからだ。


 次にアナスタシアの履いている靴の色がテーブルマウンテンのイボイノシシの毛並みにそっくりであると伝える。


 彼女たちは微妙な表情をしながらも喜んでくれた。

 イージスは深く溜息を漏らす。


「なんなのさ」


『いや、先が思いやられると思ってね』


 というと彼女は以後、沈黙を貫く。

 僕も特に声を掛けることなく、そのままアナスタシアの後ろについて行った。

 彼女が案内してくれたのは王都の目抜き通りにある仕立屋さん。

 ラグジュアリーでマジェスティックな香りのする高級仕立屋さんだ。

 アナスタシアと出会っていなければ縁はなかっただろう。

 初めての仕立屋さんにどきどきしてしまう。


「そういえば山ではお洋服はどうされていたんですか?」


「父さんたちが買ってきて、母さんが合わせてくれた」


「まあ、ミリア様は意外とお裁縫ができるんですね」


「まあね、人は見かけによらない」


 と言っていると、この店の店主が揉み手で現れる。


「これはこれはアナスタシア様」


 ふくよかな店主、にこやかでもある。どうやらアナスタシアはこの店の常連のようだ。

 耳打ちしてくれる。


「今付けている下着もこの店の特注品なんですよ……」


「…………」


 どうでもいい情報だが、さすがに顔を赤らめてしまう。

 ルナマリアはアナスタシアが害悪だと思ったのだろう、早く用件を済ませるように言う。


「そうでした。ウィル様の寸法を測って頂いて、礼服を新調しましょう。どれくらいでできるかしら?」


「二晩は」


「料金を倍払うから一晩でお願いできる?」


「承りました」


 と頭を下げる店主。懐から寸法を測る採寸紐を取り出すとささっと計る。

 その手つきは手慣れている。


「さて、ウィル様の服はいいとして……」


 アナスタシアはルナマリアをじいっと見る。

 ルナマリアはきょとんとしている。


「大臣クラスの人物の前に出るには質素すぎますね。ルナマリアさんの衣装も新調しましょうか」


「それは結構です」


「無料ですよ。国がお金を支払います」


「ならば余計に不要です。地母神の神殿は国から援助を受けない代わりに、納税の義務も負いません。そのような立場のものが服を買ってもらうなどおこがましい」


「気にされないでください。国王陛下の財布は潤沢です」


「いえ、本当に不要です。そもそも地母神の教団は質素を旨にしていますから。この法衣が一着あれば十分です」


「…………」


 凜とした表情、毅然とした態度だったのでアナスタシアはそれ以上なにも言えないようだ。


 僕も、

「ルナマリアらしいね」

 と彼女に援護を送ったので、ルナマリアの服を新調することはなかった。


 採寸が終わるとそのまま宿に戻るが、ルナマリアは店に置かれている煌びやかな服に目もくれることがなかった。


 彼女の物欲の少なさは特筆に値する。


 僕はこの店に置かれている可愛らしいドレス、美しいドレスなどを見て、それをルナマリアが身につけている姿を想像する。


 どのドレスを着てもルナマリアの美しさが強調された。ルナマリアはそれくらいに美しい少女だった。


「だけど」とも思う。

 ルナマリアという清らかな女性は、やはり地母神の法衣が一番似合っている。

 彼女が着ている衣服は、まるで神が彼女のためにあつらえたかのようにぴったりだった。

 飾り気のない可憐な美しさ、それがルナマリアの持ち味であった。

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