王都アレクセス
翌朝、目覚めると皆で朝食を食べるために宿屋の食堂に向かう。
宿屋の一階は一般の人にも開放されており、宿泊客でない村人なども散見される。
皆、ここのチキンソテーやオムレツが目当てのようだ。
僕たちはチキンスープとオムレツを注文する。
ここのオムレツはふんだんに卵を使っており、とても美味しい。
ふわふわとろとろの卵、バターをケチることなく使っているので、芳醇な味がする。
ケチャップなどが不要なくらい風味豊かだった。
僕たちはそれに舌鼓を打つと、今後の方針について話あった。
「王都に向かうのはいいですが、このまま徒歩で向かうのでしょうか」
「まさか、未来の王を歩かせるなんて」
「王様じゃないけどね」
「ならば乗合馬車を手配しますか。次の宿場町で」
「それもありだけど、公共交通機関は避けたいわね」
「なぜです?」
「邪教徒の襲撃があるかもしれない。なんせ私たちは、救世主、勇者、聖女、この三人をさらうだけで魔王を復活させられるかも」
「道理だね」
というわけで乗合馬車は選択肢から外す。
「まあ、急ぐ旅じゃないし、徒歩で移動しながら街で馬車を借りれないか尋ねて回ろうか」
「それが一番ですわ。お金の心配なら無用ですから」
と彼女は胸から革袋を取り出す。
金貨が一杯入っていた。
「すごい」
「国王陛下がスポンサーですからね」
「それは頼もしいです」
と三人はゆっくりと食事を終えるとそのまま宿をあとにした。
前言通り、徒歩で西進しながら、途中で馬車を探す。
「しかし、なかなか都合よく見つからない」
ただ途中の街で馬貸し屋を見つける。
「考えてもみれば馬車にこだわらなくてもいいか。僕たちは三人だから馬に直接乗ればいいし」
「ですね」
というわけで馬を借りる。
葦毛と栗毛の馬だ。
なぜ二頭かといえばアナスタシアが馬が苦手らしい。
「わたくしは魔術師ですから、乗馬が苦手なのです。それにエルフは幼き頃から森で暮らすので、四つ足の獣になれていない」
「となると僕かルナマリアが後ろに乗せるしかないね」
「是非、私の馬に」
機先を制するようににっこりと主張する。その笑顔には迫力があり、アナスタシアに二の句を告げさせない。
こうしてアナスタシアはルナマリアの腰をがっちり掴むことになる。
ふたりは表面上は仲良く旅をしている。
道中、僕は何気なく尋ねる。
「そういえばルナマリアは乗馬が得意だね」
「はい、将来、ウィル様の手助けをできるようにと、あらゆる武芸を仕込まれました」
「剣のほうも様になってるよね」
「まだ人は斬ったことがありませんが」
「それでいいよ。ルナマリアの手を血で汚したくない」
「……でも、いつかはそのときがきます。ウィル様を守るためにこの手を血で汚すときは」
「……そんな日がこないように頑張るよ」
と言うと僕たちは馬を進めた。
馬に乗ると一気に速度が上がる。
街道は平和なのでトラブルもなく、宿場町をいくつか経由する。
「このままだと明日には王都に到着しますわ」
「そこで王様と会うんだね」
「はい。ですがその前に大臣や王族の方と面談です。ウィル様が生き別れの王子であることを証明せねば」
「それはいいけど、どうやって」
その問いにアナスタシアは無責任に、「さあ?」と言う。
私は大臣じゃないし、と無責任な言葉を放つ。
まあ、たしかにそうだ、彼女は近衛騎士団長、その権限は僕を見つけて連れてくるまでだろう。
そう思った僕は彼女を責めることなく、馬を走らせた。
馬を進めると王都が見えてくる。
ミッドニアの王都、アレクセス。
僕はその荘厳さ、巨大さにただ驚かされる。
「地図の上では見たことがあるけど、こんなにすごいんだ」
アナスタシアは、「うふふ」と得意げに言う。
「この国最大の都。いいえ、この大陸でも随一の都会ですわ」
「すごいなあ、僕は山しか知らないからただただ驚かされるよ」
「わたくしも最初はそうでした。森から出てきたばかりのおぼこのときは圧巻されました。どこまでも続く石畳を見て目が回ったことを思い出しますわ」
「たしかに立派な石畳が王都まで続いている」
どこまでも続く石畳に圧倒される。
僕はお上りさんのように王都の巨大な建築群を眺めるが、アナスタシアの前にいる少女の顔が青いことに気がついた。
どうしたのだろう? 気になったので声を掛けるが、ルナマリアはにこりと微笑み直す。
「……なんでもありません。人の多さに酔ったのかも」
「それは大変だ」
ルナマリアは聴覚頼りに生活する娘だ。
人が多ければ情報量は飛躍的に増える。
人間の呼吸、心臓の鼓動、骨の軋む音。生活音も聞こえてくるだろう。馬車が石畳を通る音、家畜の鳴き声、食器がこすれる音。
それらすべてが頭の中に入ってくるのだ。混乱しないほうがおかしい。
ルナマリアの体調を気にする僕であるが、彼女はけなげにも微笑むと「大丈夫です」と言う。
「すぐになれます。いつものことですから。ただそれよりも――」
「それよりも?」
「――いえ、なんでもありません」
ルナマリアはそれよりも王都から不吉な予感が漂っている。そう言いたかったのだが、王都を目前にしてテンションが上がっている僕たちには言えなかったようだ。
のちにその話を聞くが、たしかに今、言われても僕には響かないだろう。
王都を目の前にした僕は、それくらいテンションが上がっていたのだ。




