愛とは大樹を育てるようなもの
僕とルナマリア、アナスタシアが街道に出る。
相変わらず人が多い。往来は賑わっていた。
「この道を西へ行けば王都があるんだよね?」
「そうですわ。王都はテーブル・マウンテンの南側ですから、軽くぐるりと回りますが」
「なるほどね、実は王都は初めてだから緊張している」
「うふふ、ウィル様らしいですわ。今から緊張していると王都に到着してしまう前に果ててしまいますわよ」
「そうならないように頑張るよ」
と言うと僕たちは西を目指した。
「ところでゾディアック教団ってどうやって魔王を復活させるつもりなの?」
「聖なるものの血を集めています」
「聖なるものの血?」
「そうです。神々の子孫の血、王家に連なるものの血、勇者の血、聖女の血、救世主の血を探しているようです」
ウィル様が女の子ならばひとりで全部集めることができますわね。ふふふ、と続ける。
「なるほど、それで色々なところで暗躍しているのか」
「はい、山まで私を追ってきた邪教徒は私とウィル様の出逢いを阻止すると同時に私の血も狙っていたようです」
「たしかにルナマリアは聖女だからね」
「そのようなことはないのですが」
「謙遜だね」
ルナマリアほど清らかな乙女はそうはいない。アナスタシアと比べればそれは一目瞭然だろう。
ことあるごとに僕を誘惑してくるアナスタシア、慎み深く僕を支えてくれるルナマリア、対極である。
アナスタシアにはルナマリアの爪の垢でも飲ませたいところだが、ルナマリアはルナマリアで少し生真面目すぎる気もする。
きっと両者の中間値が理想なのだろうが。
ということは互いに爪の垢を煎じて飲ませればちょうどよくなるのか。
などと失礼なことを考えていると、日が暮れてきた。
大分歩いたので夕暮れになっていた。
「キャンプもいいけど、そろそろ宿に泊まりたいな」
自分の姿を見る。冒険中は洗濯もできなかったので薄汚れている。
あの可憐なルナマリアでさえ埃をかぶっている。彼女も同意し、髪を洗いたい旨を伝えてくる。
それを聞いたアナスタシアはにこりと微笑むと、
「それでは宿を取りましょうか。ご安心ください。スポンサーは国王ですので、経費は使い放題」
涼やかに笑うアナスタシア。
さりげなくダブルとシングルの部屋を取り、シングルの部屋へルナマリアを押し込もうとするが、結局、僕がシングル、ルナマリアたちがダブルとなった。
アナスタシアは「こうなるならツインにしておくんだったわ」と嘆くが、策士策に溺れるとはこのことである。
悔しがるアナスタシアをよそに、僕たちは久しぶりの文明生活を楽しむ。
ルナマリアはさっそく湯浴みをするようだ。浴室に向かっている。
「ふふん♪」と軽く鼻歌が聞こえる。やはり久しぶりの風呂は嬉しいものらしい。この辺は女の子だな、と思った。
一方、僕は男の子、お風呂は後回しでいい。
というわけでまずは洗濯から。
基本的に旅の間はそれぞれが各自の洗濯物を洗う。
最初、ルナマリアが一手に引き受けるという話だったのだが、それは気が引けた。
彼女は洗濯婦ではないし、このパーティーは皆が対等でありたかったからだ。
ならば完全当番制にすればいいと思うのだが、そこは思春期の男の子、年頃の女の子の下着を洗うというのはなかなか気が引けた。
「……ミリア母さんのならば平気で洗えるんだけどなあ」
きゃははー、と煎餅をかじりながら本を読んでいる母さんを思い浮かべる。
「『アレ』とルナマリアを一緒にしちゃまずいか」
そんな感想を述べると、洗濯物も終わり、洗濯物を乾かすスペースを借りる。
あとは一晩干すだけであった。
洗濯を終えた僕は一休みするため、自分の部屋に向かう。
シングルベッドに腰掛けると、とんとん、とノックの音が聞こえてくる。
「どうぞ」と返すと、静かに扉が開かれる。
そこにいたのは満面の笑みのアナスタシアだった。
「ルナマリアさんの次にお風呂に入ってくださいませ」
「次はアナスタシアでいいよ」
「ふたりきりのときは、アナと呼んでくださいませ」
と彼女は僕の胸に顔を寄せてくる。
困った子だなあ、と思いつつ軽く肩を離すと、改めて最後でいいと伝える。
「分かりましたわ。夜中にこっそりウィル様の汁がにじみ出たお湯を飲み干しに行きましょう」
「お腹を壊すと思うよ」
と返すと、彼女は「そんなことありませんわ」と言う。
「ウィル様の体液ならば一滴残らず飲み干したいです……」
と妖艶な顔をする。びくりとしてしまうくらい色っぽい。まるで吸血鬼のようだ。
(近衛騎士団、魔術師、エルダー・エルフ、樹の勇者、これ以上設定は盛られないだろうけど……)
ただ、あまりにも妖艶すぎるし、彼女のアプローチは過激すぎる、そのことをそこはかとなく注意すると、彼女は「よよよ……」と泣く。
「ひどいですわ。ウィル様はわたくしのことがお嫌いなのですか……」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、好きなんですね!?」
にょい! っと顔を突き出してくる。
「好きもなにもさっき会ったばかりじゃないか」
「あら、恋に落ちるのに適正時間ってあるのかしら? 三分? 三〇分 三時間? 三日?」
「僕としては愛ってじっくり育むものだと思う」
「それじゃあ、三週間くらいですね。三週間経ったら、もう一度アタックさせて頂きますわ」
「…………」
それでも短いような気がするが、とは言わない。
「愛とは大樹を育てるようなもの。エルフ族のことわざですわ。――でも、私は樹の勇者、植物は自在に成長させられます」
アナスタシアは部屋を見回すと、鉢植えの植物を見つける。
それに「えいっ」と魔力を飛ばすと、鉢植えの花は見事に咲く。
「枯れ木に花を咲かせましょう。その身に未来を宿しましょう」
と自身のお腹に手を添えながら言う。
彼女の言葉の意味がなんとなく分かったので、そのまま御退出願う。
彼女はおとなしく出て行ってくれる。
すると湯上がりのルナマリアがやってきた。
無論、彼女は聖女、アナスタシアのようにはしたない真似はしないが、それでも、いや、それだからこそ逆に色香に満ちあふれていた。
湯上がりの女の子はいい匂いがするのである。
思わず見惚れてしまうが、ルナマリアは勘の鋭い子。僕が顔を赤くしているなどすぐに見抜くかもしれない。
そう思った僕は、コホンと咳払いをし、話題をそらす。
「今日の夕飯はなんだろうね」
「女将さんいわく、この宿の名物はチキンソテーだそうです。庭でしめたばかりの鶏を出してくれるそうですよ」
「それは美味しそうだ」
僕はそう言うとお腹を鳴らした。
どうやら本当にお腹がぺこぺこのようだ。
ルナマリアはくすくすと笑いながら、
「健康な証拠です」
と言ってくれた。
その笑顔はまるで清流のようである。
僕はやはりアナスタシアのような子よりも、ルナマリアのような子のほうが好きだった。




