宮廷魔術師アナスタシア
リアと別れた僕たち、ジュガチ村とも別離を告げるが、どちらも永遠の別れではないので、寂しくはなかった。
僕たちは意気揚々と街道に向かうが、途中、あることに気がつく。
「そういえば聖なる盾を手に入れたはいいけど、今後の目標が決まっていないね」
「目標ならばありますよ。魔王討伐です」
「……冗談だよね?」
「冗談です」
にこりと言う。
「さすがのウィル様もおひとりで魔王討伐は無理です。それに魔王はまだ復活していませんから」
「復活していないものは倒せないよね」
とんちじゃないし、と付け加える。
「そういえば魔王を復活させようとしている邪教の集団がいるって話だよね」
「はい、ゾディアック教団と呼ばれる集団です」
「ゾディアック、たしか邪神の中でも主神格だったよね」
「そうです。古来よりゾディアックをあがめる異教徒たちが、ゾディアックを復活させようと企んでいます」
「まったく、執念深い連中だなあ」
「そうですね。執念深いです。おそらくですが、今も世界中を飛び回ってゾディアック復活をもくろんでいるはず」
「そうなんだ」
と返事をするが、あることに気がつく。
「あれ? そういえば初めてルナマリアと出会ったとき、襲ってきたのが邪教徒だよね」
「はい、そうです」
「あいつらはなんでルナマリアを襲ったの? ルナマリアを殺しても魔王が復活するわけじゃないのに」
「ああ、それですか。それはですね、私が神託の巫女だからです」
「神託の巫女だから?」
「そうです。未来を見通せる力を持っている私は厄介な存在なのです。この力を使い、国王陛下に何度も邪教徒のアジトの場所を報告しました」
「なるほど、それで恨み骨髄ってわけだね」
「それにこのままだといつかはこの世界を救う救世主を見つけられてしまう、という危機感もあるのでしょう」
「救世主ねえ」
他人事のように言うとルナマリアはくすくすと笑う。
「ウィル様は希にとても鈍感になられます」
「鈍感?」
きょとんとしていると、ルナマリアは説明してくれる。
「その救世主とはウィル様のことです」
「僕が救世主なの!?」
「はい、出逢った頃からびびびっと感じておりましたが、ともに旅をする内にその予感は確信に変わりました」
「うーん、それは過大評価なような」
「息を吐くように人を助けるその様、他人を思いやるその気持ち、どれをとっても一級品でございます」
「――」
反論しようとしたが、それは無駄であろう。
てゆうか、早速というか、彼女の前言を証明することになるかのような光景を目にしたからだ。
「遠方で戦闘が行われているね」
ルナマリアは耳を澄ますと、「――ええ、そのようですね」と言った。
「ここで彼らを助けないと僕が救世主ではないと証明できるのだけど、そんな選択肢は選べなそうだ」
「さすがはウィル様です」
ルナマリアがにこりとすると、僕たちは駆け出す。
性懲りもなく、他人のトラブルを解決しに向かったのだ。
僕たちが向かったのは街道の側にある場所だった。
草原に向かおうとした旅人が盗賊に襲われている。そう思ったが違うようだ。
ルナマリアは戦場にやってくると、
「ゾディアック教団!?」
と叫んだ。
たしかにこいつらには見覚えがある。黒衣を着た魔術師、黒革の鎧を着た戦士、いかにも邪教徒といった感じだ。
するとこいつらと敵対している輩は正義なのだろうか。
「悪の対義語は正義である。辞書の上ではな」
と言ったのは魔術の神ヴァンダルであるが――。
僕はそれを確かめるため、相手のほうを見る。敵対する側の身なりはよかった。
統一された鎧を着ている。多分だが彼らはこの国の騎士なのかもしれない。皆、ミッドニア王国の紋章を付けている。
彼らの中心にいる人物はちと風変わりだった。
この殺伐とした戦場に似合わない人物だった。
魔術の神ヴァンダルのようなつば広帽子、ミリアのようなドレスをまとった少女。
杖も持っており、明らかに女の子の魔術師である。
「中心にいるのは女性ですね」
と、つぶやいたのはルナマリアだった。
「分かるの?」
「はい、物腰でおおよそは」
「さすがはルナマリアだ」
と言ったあとに、その少女は口を開く。
「我らは国王直属の近衛騎士団、このようなところで遅れは取らない」
静かだが凜とした声であった。
彼女はそう宣言すると、全身に魔力をまとわせ、《火球》を放つ。
それはまっすぐに邪教徒たちのもとへ飛んでいく。
ひとりの邪教徒が火だるまになるが、仲間たちは気にした様子もなく、少女に斬りかかる。
「――あらあら、火だるまの仲間を見捨てるなんて。これだから邪教徒は」
心底侮蔑した表情で言うと、彼女は杖に魔力を込め、それで邪教徒を斬り付ける。
邪教徒は真っ赤な鮮血をまき散らすが、それが顔に付着した少女は冷徹に言った。
「邪教徒には緑の血が流れているというものもいますが、それは迷信だったようですね」
ですが――、と怪しく続ける。
「全員がそうだとは、ハラワタを引きずり出すまで不明ですわ。順番に掛かってきなさい、ひとりひとり精査してあげますから」
というと邪教徒たちは恐れおののくが、それも一瞬だった、同時に斬り掛かる。
魔術師は自分の腕に自信があったようだが、さすがに同時攻撃には弱かった。剣がひとつ当たりそうになる。僕は颯爽と飛び込むと、短剣でその剣を払いのける。
それを見ていた魔術師の少女は、
「あらあら」
と驚いていた。
「まあ、小さな英雄が援軍にきてくださりましたわ」
「なりは小さいけど、それなりの戦力にはなるよ」
「ええ、それは知っていましてよ」
と言うと彼女はにやりと笑い、
「ウィル様のことはなんでも存じ上げています」
と笑った。
「なんで僕の名前を!?」と思った瞬間、別の剣が飛び出てくる。
僕はそれをかわすと、そいつに蹴りを入れた。
勢いよく吹き飛ぶ邪教徒、それを見ている女魔術師は恍惚の表情を浮かべる。
「さすがはウィル様です。見事なおみ足。その足で踏まれたいですわ」
「…………」
ぞぞっとしてしまったので、ルナマリアに視線をやるが、彼女も困った顔をしていた。
その光景を見ていた少女は、にっこりと言う。
「申し訳ありません。つい本音が。――わたくしの名前はアナスタシア、ミッドニア王国の第三近衛師団団長、それと上級宮廷魔術師の位を陛下に頂いているものです」
宮廷魔術師――
この子が、この若さで? と思ったが、彼女もそれを察したようでにこりと帽子を取る。
「――こんな小娘が宮廷魔術師など嘘くさい、と思われているでしょうが、この耳を見てもらえば信じてもらえるかと」
帽子の中からひょこんと現れたのは、見たこともないような長い耳だった。
いや、見たことはあるか。ヴァンダルの書斎の書物の中によく出てくる種族がこのような耳をしていたはずだ。
僕はその名前を口にする。
「――君はエルフなのか?」
彼女はノンノンと指を横に振る。
「わたくし、アナスタシアはエルフではありません。それよりも上位のエルダー・エルフですわ」
そう宣言するアナスタシアの微笑みは、妖艶なまでに美しかった。