聖なる盾の実力
アンデッドの軍勢との戦いは続く。
ルナマリアたちが神聖魔法で半減してくれたアンデッドだが、増援によって空席は埋められる。
彼女たちの魔法も無限ではないので、この辺で白兵戦も交えなければいけない。
まずは僕が飛び込み、アンデッドを切り裂く。
ゾンビの斬り心地はチーズを切り裂くような感じだった。
魔物や木を切る感覚とは大分違う。
すぱすぱと切れるが、死体なので腕を切っても足を切っても前進してくるのが厄介だった。
軽く横を見ると、ルナマリアはショートソードを振るいながら、接近してくる敵には魔力を送り込み、木っ端微塵にしている。
リアのほうは「うりゃうりゃー!」と言いながらフレイルを振り回していた。
脳どころか身体ごと潰されている。フレイルという武器は鉄球に鎖を付けたものでいわゆる打撃武器だ。
重武装の騎士などに効果を発揮するのだが、アンデッドとの相性もいい。
脳を破壊するまで前進をやめないゾンビたちを次々と葬り去る。
この場で一番の戦力は彼女のようだ。
そんなことを思いながら僕も戦う。
ダガーの斬撃よりも魔法のほうが効果的だと思った僕は、《火球》を放ち、アンデッドどもを火葬にしていく。
炎が効かない幽鬼などのモンスターが出てきたら、ミスリルダガーに聖なる力を付与してもらい、切り裂く
。
このようにして着実に数を減らしていく。
かなりの数があったアンデッドたちだが、急速にその数を減らす。
このまま戦えば、少なくとも逃げ道は確保できそうであった。
ほっと一息つくと、横やりを入れてくる者がいる。いや、物か。
左手の聖なる盾が言う。
『へえ、君ら強いね。守護者をここまでぼこぼこにするのは初めてみた』
「恐縮だよ」
『でも、君らは勝った気でいるだろうけど、このダンジョンの守護者の恐ろしさはここからだよ』
「まだ増援がくるの?」
『違うよ、数で駄目ならば質で。それがこのダンジョンの守護者さ』
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすと、僕たちが倒したアンデッドがうごめき始める。
「これは?」
最初はアンデッドどもが復活し始めたのかと思ったが、それは違うようだ。
頭部を失ったゾンビ、粉々にされたスケルトン、魂を浄化されたレイスなどが一カ所に集まっていく。
いや、それだけでなく、まだ健在なアンデッドどもも吸い込まれるようにひとつになっていく。
「これが君が言っていた『質』か」
『そういうこと』
というやりとりをしていると、あっという間にアンデッドどもがひとつの塊となる。
そこに現れたのは邪悪なオーラをまとう球体の化け物だった。
球体の至る所に人間の手、足、顔などがあり、中心に大きな目がある。
「あれは?」
盾に尋ねたつもりだが、答えてくれたのはルナマリアだった。
「……この邪悪な気配。おそらくですが、あれはレギオンかと」
「レギオン……」
「そうです。レギオンとは邪悪な生命体がひとつになった化け物。聖典にも記載されているいにしえの化け物です」
「それは強そうだ」
「実際に強いかと」
ごくり、と生唾を飲むルナマリアだが、気になることがあるようだ。
「ところでウィル様、先ほどから独り言が多いようですが」
「あれ? もしかしてルナマリアたちにはこいつの声が聞こえないの?」
左手の盾を見せるが、ルナマリアはきょとんとする。
「いえ、聞こえませんが」
「そうなんだ」
と不思議そうにしていると、聖なる盾は言う。
『ボクの声は装着したものにしか聞こえないのさ。ふふん』
そういうものなのか。
まあ、ありがちな設定であるが、気を取り直し、周囲を把握する。
死体が消え去り、蠢くアンデッドの数も大分減っている。今ならば逃亡できそうであった。
『レギオンとは戦わず、逃げだそうとするとは、冷静な判断力だね』
「君子危うきに近寄らず、三十六計逃げるにしかず」
『博学だね』
「ヴァンダル父さんの受け売りさ」
と言うと退路を見るが、そこにはゾンビの長蛇の列が。
魔法で一掃したいところであるが、僕の魔力は空に近かった。
ルナマリアとリアを見るが、彼女たちも青息吐息だ。
これはまずい、と思ったが、意外な提案をしてくれたのは聖なる盾であった。
『ふふん、ここでやっとボクの出番だね』
「君の出番?」
『ここでなぜ、ボクが聖なる盾と呼ばれているか教えてあげる。君はボクの噂について知っている?』
「ええと、草原のダンジョンに眠る聖なる盾。あとは呪われていて一度装備したら外れない、だっけかな」
『それは誤解。ボクは呪われてなんかいないよ。装備しても外せる。ただ、そんな誤解が広まったのにはちゃんと理由があるんだ』
彼女?(声は女性なので)はそう説明すると、ボクを思いっきりぶん投げてと言う。
聖なる盾がそう言うのならば、と思った僕は、左手にある盾を外すと、それをフリスビーのように投げる。
すると聖なる盾は轟音をまき散らしながら一直線に飛んでいく。
直線上にいたゾンビたちの腹に盾と同じ大きさの穴が空く。それも数十体も。
数十匹目で貫通力を失った盾は、最後にゾンビの頭部を破壊すると、ゴムでも付いているかのように戻ってくる。
「な、なにこれ!?」
リアは驚く。
ルナマリアも驚愕している。――というか僕も。
聖なる盾は僕のもとに戻ってくると、カチンッ! と左手に装着される。
彼女はさも当然のように言う。
『へへん、すごいでしょ。これが僕の実力。どんな武器も通さない防御力、そしてどんなに遠くにぶん投げても戻ってくる帰巣本能。これが聖なる盾と呼ばれる由縁さ』
どの部分が聖なるかは分からないが、すごい盾ではあるようだ。
僕は改めて左手にある盾に挨拶をすることにした。
「僕の名前はウィル、よろしくね」
『ボクの名前はイージス。よろしくね』
盾はにこりと微笑んだような気がした。
もちろん、盾には表情どころか顔もないが。
ともかく、このようにして僕たちは退路を確保した。