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ダンジョンの空

川上に移動し、そこで川藻が張っている場所に糸を垂れる。


大樹で木陰ができており、いかにも魚いそうだと思ったのだ。


その分析は見事に当たり、すぐに魚が食いつく。


ぐいぐいと竿がしなるので、竿を上げると、立派な型の鱒が掛かっていた。


「おー、これは立派だ。バター焼きにすれば美味しそう」


この時点で賭けはルナマリアの勝ちなのだが、僕はその事実を知らない。2匹目、3匹目を狙う。


2匹目も鱒、3匹目は見慣れぬナマズが釣れる。

どれも美味しそうであった。

このまま何匹も釣りたいが、この辺が潮時だろう。これ以上取っても魚を腐らせるだけだった

「山なら干物にするんだけど、今はそんな暇ないしね」


必要以上に殺さない、奪わない、は山で覚えた大事な掟であった。ダンジョンでもその掟を守る。


というわけでその場で内臓を抜き、それを川に捨てると、僕は立派な型の魚を持ち帰った。


魚を見ると、ルナマリアがにこりとし、リアが不機嫌になったのは、賭けのせいであるが、僕は終始上機嫌だ。やはり、魚を釣れると気持ちいいものなのだ。


などと自己分析しながらルナマリアに魚を渡すと、

「お疲れ様でございます、ウィル様」

と喜んでくれた。


リアはさらに不機嫌に言う。


「なんか、新婚カップルみたいなのが気にくわない」


そんなこと言われても困るが、僕は彼女の皮肉を無視すると魚を捌く旨を伝える。


「実は僕、魚を三枚にさばけるんだ」


「まあ、それはすごい」


「というわけで魚を切るのは任せて」


「分かりました。お任せします。実は私は魚が少々苦手で」


感触と経験だけで魚をさばくのは難しいようだ。


それにルナマリアも女の子、生臭い匂いがつくのが厭なのだろう。そう思った僕は喜んで魚をさばく。


魚をさばくコツはよく切れる刃物を使うこと。


当たり前のようだけど、これをおろそかにする人は多い。


生臭くなることを嫌って使っていない錆びた刃物を使うなど言語道断であった。


というわけで僕はローニン父さんからもらった真銀製の短剣を抜く。


真銀は錆びることはないが、僕は毎日のように研いでいた。それは強敵に出会ったときの備えであるが、もうひとつこのような場合も想定している。


釣り人たるもの、いつ何時、魚をさばく機会があるか分からないのだ。


そのときに錆びた刃物しかないなど恥であった。


誰に対しての恥かといえばそれはお魚に対しての恥。


魚釣りとは魚という生命体との戦いであり、命のやりとりでもあるのだ。


魚という生命体の命を奪い、それを頂戴するのが釣り。ならば釣った魚は、綺麗に、美味しくさばいて食べるのが筋というものであった。


――能書きは長くなったが、一言で言えば、ミスリルのダガーは万能であった。すうっと魚の肉と骨の間に入る。


東方にある関の孫六という包丁ばりの切れ味を見せてくれるミスリルダガー、ダガーは戦闘用であるが、ダガーとてきっと人間や魔物を斬るより調理に使われたほうが嬉しいだろう。


そんなことを勝手に思いながら、鱒を綺麗に三枚におろしていくと、それをルナマリアに渡す。


ルナマリアはにこにこと鍋の中に投入していく。


余った部分は酢に漬けている。マリネにでもするのだろう。


一時間後、実際に出来上がったのが、鱒のシチューとマリネだった。


どちらもとても美味しい。


鱒は良く脂がのっているので、シチューにコクを与えている。またマリネとの相性も抜群で箸が進むことこの上ない。


ルナマリアを褒めると、彼女は気恥ずかしげに、

「素材がいいだけですわ」

と笑った。


「そんなことないよ」


「ありますよ」


「ルナマリアの料理の腕だよ」


「ウィル様の鱒のおかげです」


押し問答が続きそうだったので、判定をリアに任せる。


彼女は言葉ではなく、行動で判定する。


「……げっぷ」


と女性らしからぬゲップをすると、お代わりを所望。


「料理だけは得意みたいね、あなた」


と言った。


どうやらルナマリアの料理をいたくお気に召したようだ。


ルナマリアもまんざらではなく、


「リアさんに気に入ってもらって良かったですわ」


と言った。


リアはすぐにツンデレになる。


「か、勘違いしないでよね。料理の腕を認めただけなんだからね。それだけじゃ、ウィルのお嫁さんには相応しくないわ」


「分かっております。ウィル様の横にいるには常に精進を続けねば」


「分かっているじゃない。さあて、このお代わりを食べたら、ここで野営しましょう。私、見張り番は最初ね」


ダンジョンの危険な階層では見張り番を立てながら就寝するのが基本だった。


リアは途中で起こされるのが厭だから、最初の見張りを申し出てくる。


僕とルナマリアは同意すると、そのまま眠りに付いた。



ちなみに一番面倒な二番目の見張りは僕が引き受けた。

一番の重労働は男が引き受けるべきだと思ったのだ。


見張りの順番になった僕は空を見上げる。


そこはダンジョンだというのに星空が広がっていた。


本物の星空だ。


どういう理屈だかは分からないが、このダンジョンには空があるのだ。まったく謎である。


いつかその謎を解き明かしたいが、今日は素直に星を見上げた。


昔、ヴァンダル父さんと一緒に眺めた北極星を見つめる。


その横にある川馬の星座を眺める

川馬の星座は四つの一等星で構成されているが、それだけで川馬に似ているとはこれいかに、と当時は思っていた。


だが、今、大人になって。テーブル・マウンテンを旅立ってから見上げる川馬の星座は違って見えた。


今にも動き出しそうなほど躍動感に満ちているような気がする。


そんな感想を抱きながら、僕は一晩中星を眺めていた。


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