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キメラにまたたび

森から元の洞窟へと戻る。

その先にキメラはいる、と口にする必要はなかった。


ルナマリアもリアも、洞窟の奥から放たれる剣呑な空気をすぐに感じ取り、僕の腕を放す。


「……まったく、第二階層にまで咆哮を響かせるだけはあるわね」


こくりとうなずくのはルナマリア。


「ただならぬ気配を感じます。これはマタタビを作って正解かもしれません。普通に戦えば無傷では済みません」


と言うと三人はそれぞれにポーションを握り絞める。


「三瓶しかないから誰かが一個当てればいいという計算になるね」


「帰りの分は?」


「それはそれで確保してる」


「さすがはウィルね」


「でも、数に余裕がないのは事実だ」


「そうね、狙いを定め、キメラの顔付近に当てたい」


と言うとさっそく、そのキメラが遠くに見える。

彼は遠くからじっとこちらを見つめていた。


「目がいいな。それとも匂いかな」


「私の色香を感じているのかもね」


苦笑を漏らす僕。たしかにリアからはいい匂いがする。香水を付けているようだ。


ダンジョンで香水は危険なのでやめてほしいが、「女がお洒落をしないのは死ぬのも同義」とやめない。


まあ、慣れぬ香水の匂いを避けるモンスターもいることだろうから、プラスマイナスゼロだと思っておくか。


さて、そのようにやりとりしていると、キメラはにじり寄ってくる。


その足取りには王者の風格を感じる。


「さすがは百獣の王だ」


「そこにさらに攻殻昆虫の雄、蠍。マニアックな蝙蝠も追加しているからね。自信満々なんでしょ」


リアはそう返すが、ルナマリアは珍しく冗談を言う。


「前々から思っていたのですが、獅子の身体、蠍の尻尾までは分かるのですが、なぜ、蝙蝠の翼なのでしょうか? そこは格好良く猛禽類の翼のほうがいいような……」


「たしかにそうね」


リアは笑う。


僕も笑みを漏らす。


「たしかにそうだけど、たぶん、それだとグリフォンとかぶるからじゃ」


「なるほど、古代の魔術師たちもオリジナリティにこだわったのですね」


「そういうことだと思う」


と言い終えると、キメラの動きが早くなる。

どうやら僕たちを完璧に餌だと認識したようだ。

キメラの第一撃を散開してかわすと、僕は言った。


「この階層にはこいつの餌となる大型動物が少なかった。きっと僕たちのことを動く肉のように見ているんだと思う」


「かつてこの国を救った聖者は、最後、崖から身を投じ、その肉を飢えた獅子に分け与えたという伝承があります」


「こんなときになによ。私たちもその例に倣えって?」


「まさか。そのような偉大な聖人を真似ることはできません。しかし、彼の万分の一の徳を見せましょう」


とルナマリアは干し肉を投げる。

キメラはそれに見向きもしない。


「……失敗です」


「当たり前でしょ。干し肉より私たちのほうが明らかに旨そうなんだもの」


「女の肉のほうが柔らかくて旨いとは本当でしょうか?」


「さてね。大抵の動物は雌のほうが旨いけど」


と言うとリアは小瓶を投げる。

天高く足を突き上げ、華麗なフォームを見せる。


「にゅりゃー! 女神式ボール33号くらえー!!」


よく分からないが異世界の野球という競技をヒントに考え出された投法らしいが、その大仰な名前とフォームとは裏腹に精度は悪い。


明後日の方向に飛んでいく。


「……てへぺろ」


と頭を掻きながらごめんなさいをするリア。


彼女は元から戦力に数えていなかったので気にしない。


僕かルナマリアが命中させればいいのだ。


と気を取り直しながら、キメラの攻撃をよけ、《火球》の魔法を唱える。


まっすぐに飛ぶ火球。


それはそのままキメラの顔面に直撃するが、燃え上がることなく、キメラは火球を噛み砕く。


「……化け物か」


やはり戦闘を避けて正解だった。

心底そう思った僕はルナマリアに合図を送る。


火球は効かなかったが、それでも隙は作れたと思ったのだ。


今こそ、ルナマリアの出番であった。

彼女は見事な動作でマタタビを当ててくれる。

――ことはなかった。

ルナマリアの投球フォームは明らかにへぼい。


俗に言う女の子投げというやつで、ひょろひょろとした軌道でポーションは飛ぶ。


コントロールだけはさすがに良かったが、あまりにもゆっくりなのでキメラは難なく避ける。


これで三本中、二本、失ったことになる。


まったく、絶体絶命のピンチであるが、ルナマリアとリアは余裕だった。


その表情、声援は、「僕ならば必ず命中させる」と言い切っていた。


「ウィル様、頑張ってください!」


「ウィル、あなたならできるわ」


まったく、貴重なポーションを無駄にした巫女様とは思えない態度だが、怒りはしない。


ましてや絶望もしない。

要はこのポーションを直撃させればいいのだ。

僕には彼女たちにはない特技があった。


それは剣の神ローニンに習った剣技と、それに魔術の神ヴァンダルに習った機転である。


僕は空中にぽいっと小瓶を投げる。

その動作はあまりにも弱かったので、リアは驚く。


「そんな力加減じゃ、キメラに届かない」


「それでいいんだよ」


僕はそう言い切ると、空中にある小瓶に向かって剣閃を放つ。


腰のダガーケースから抜刀された真銀の短剣は、エネルギーを放出する。


一筋の線が小瓶を捕らえると、小瓶の中の液体を空中に解き放つ。


「な、これは!?」


驚くリアに答える。


「こうすれば空中に幅広く散布できる。キメラがちょこまか動いてもどうにでもなる」


事実、空中に散らばった液体は、そのままキメラの顔に吹き掛かる。


目にまで液体が入ったキメラは一瞬たじろぐが、それもほんのわずかだった。


次の瞬間には、とろん、とした顔をし、地面に寝転がる。


ごろごろと喉を鳴らし、猫のような鳴き声を上げていた。


その様は大きな猫そのものであるが、ここで魔術の神ヴァンダルの仮説が正しかったことを証明する。


「キメラとはいえ、所詮は猫」


この光景を見たらヴァンダルはさぞ喜ぶことだろう。しかし、彼はここにはいない。


代わりに僕はよくキメラの行動を観察する。


あとで日記帳にこの様子を事細かに書き記し、里帰りをしたとき、土産話にするのだ。


きっとヴァンダル父さんは喜ぶはず。


そのときの笑顔を想像し、僕は少しだけ幸せな気持ちになった。

「面白かった」

「作者、がんばれ」

「続きが気になる」


そう思ってくださった方は、下部から評価ポイントを入れて頂けると嬉しいです。

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