マタタビ探し
第三階層にいるのが強力なキメラであることを確かめた僕は、ルナマリアたちに戦闘を回避する旨を伝えた。
「さすがはウィル様です。英断です。真の英雄は決して無駄な戦闘はしません」
さすウィルが長くなりそうなのでそこで言葉を止めてもらうと、僕はリアにも視線を向ける。
「もちろん、ウィルの意見には賛同するけど、こちらが戦いたくなくても向こうには三人分の闘争心があるかもよ」
「だろうね。キメラからみれば僕たちは盗掘者であり、餌だ。見かければ襲ってくるはず」
「透明化してごまかす?」
「キメラは鼻がいいから無理だと思う」
「じゃあ、どうするの?」
「僕に考えがあるのだけど、手伝ってくれる?」
「もちろん、手伝いますわ。なんなりとご命令を」
ルナマリアはうやうやしく頭を下げる。リアもなんでもやるわよ、という態度だった。
僕は彼女たちの行為に甘える。
「それじゃあ、一緒に第三階層に行ってこのふたつの素材を探してほしい」
僕は彼女たちにメモを渡す。そこには絵が描かれている。
リアはそれでなにを作るか分かったようだが、ルナマリアはわからないようだ。
まあ、目が見えないので当然だが。
「その薬草はとある動物を酔わせる薬なんだ。それを一緒に探してほしい」
「とある動物ですか?」
「うん、ぶっちゃけるとマタタビだね」
「マタタビですか!?」
驚きの声を上げるルナマリア。
「マタタビというと猫に与えるとふらふらと酔い出すあれですか?」
「そうだね。それだ」
「たしかにマタタビと同じ効能の薬草があれば猫は酔わせることができますが、相手はキメラですよ」
「でも、身体の90パーセントは猫科の獅子だ。ヴァンダル父さんに見せてもらった本には獅子にもマタタビは効くとあった」
「そうなのですか!?」
信じられません、という顔をするルナマリアだが、最終的には納得してくれた。
「ウィル様がそういうならばきっとそうなのでしょう。それにマタタビが効果なくてもそれはそれ、そのときは作戦を変えるだけです」
こういうときはすぐに腹をくくってくれる女性は頼もしい。
リアも試してみる価値はある、と言う。
「でも、ここはダンジョンよ、そうそう都合よくあるかしら?」
その問いには僕が答える。
「第三階層はフィールドタイプのダンジョンが広がっていた。軽くみただけだけど、植生はテーブルマウンテンと差異がなかったから、たぶんあると思う。マタタビ効果が出るこの植物はありふれたものだし」
「へえ、第三階層はフィールドなのね」
ふっしぎー、とは続かない。
この世界のダンジョンはなぜかこのような作りになっていることが多々ある。階層の一部が平原になっていたり、森になっていたり、山になっているのだ。
よくよく考えれば不思議なことこの上ないのだが、当たり前なので皆、慣れきっている。
なぜ、地下に草花があるのか。虫や動物がいるのか。なぜ、地下なのに日が射すのか。
それらは興味深い謎だが、この国の賢者たちが何百年掛けても解決できない謎であった。
結局、古代魔法文明の遺産ということになっているが、賢者によっては宇宙人が作ったもの、あるいは異世界と呼ばれる場所と交わった空間、と主張するものもいた。
ヴァンダルもその辺を研究しており、僕も関心を抱いてはいるが、今はその謎仕様に感謝していた。
「おかげでダンジョンでも新鮮な野菜が手にはいるし、薬草までゲットできるし、いいことづく目だ」
僕はこの世界を作った最初の神に感謝を捧げると、仲間と一緒に第三階層に戻った。
第三階層の入り口付近は森になっている。
春の日差しのような太陽光が僕らを包み込む。
ルナマリアはたいまつを消し、リアは「うーん!!」と背伸びをする。
「久しぶりの陽光は気持ちいいわ。たとえ作られたものでも」
「日向ぼっこをするのは後日、今はマタタビの代用となる薬草を探さないと」
「相変わらず糞まじめね」
「恐縮です」
「けなしているわけじゃないのよ。あんたらしいと思ったの」
リアは悪意なくそう言うと、じゃあ、二手に分かれましょうか、と提案してきた。
僕は軽く身構えるが、意外にも彼女は自分がひとりでいいと言い出す。
「薬草に関する知識はこの中では私が一番だし、そのほうが効率的でしょう」
真実なのかもしれないが、ルナマリアに視力がないことを気にかけてくれているのかもしれない。
それでいてルナマリアが気にしないように憎まれ口も叩く。
「ふん、目が見えない代わりにあんたは鼻が良いから、犬みたいに鼻をきかせて、早く目当ての薬草を探してくるがいいわ」
たぶん、これがツンデレというやつなのだろう。ヴァンダル父さんの書斎で読んだことがある。
僕とルナマリアは互いに目を合わせると、くすくす笑いながらふたりで薬草摘みに出掛けた。
僕たちが探すのはマタタビ科の植物である。
マタタビとは蔦性落葉低木のことである。実はまたたびは一種類だけでなく、数種類あるのだ。
マタタビ科の植物ならば、大抵、猫を酔わす効果がある。
さらにヴァンダルの研究に寄れば特定の植物も猫に効果があると判明している。
今回はその中でも一番効果があるものを探すのだ。
二種類のマタタビ効果のある薬草を探し、それを調合し、ポーションとするのが今回の目的だった。
その秘策を改めて話すとルナマリアは感心してくれる。
「ヴァンダル様は猫にも興味があるのですね。博学です」
「そうだね。ヴァンダル父さんは猫派だった。ローニン父さんは犬派だけど。ヴァンダル父さんはよく野良猫を拾ってきては使い魔にしていたよ」
ヴァンダル父さんが拾ってきた歴代の猫を思い出す。
「私も猫は大好きです。しかし、拾ってきたのはヴァンダル様だけではないのでは?」
ぎくりとしてしまう。
テーブル・マウンテンの森で子猫を拾ってきた日のことを思い出す。
木陰でみゃーみゃーと鳴く子猫二匹を拾ったことがあるのだ。
キジトラに茶虎の姉妹だ。
すでに使い魔が五匹おり、これ以上飼えないと言われていたさなかでの遭遇だったので、拾うか迷ったことを覚えている。
結局、拾って家で飼ってもらうことになるのだが、元々、猫アレルギーのミリア母さんが不機嫌になったことを思い出す。
「でも、最後まで面倒を見て、天寿をまっとうさせたのでしょう?」
ルナマリアは見てきたかのようにいうが、それが正解だった。
結局、ヴァンダル父さんもミリア母さんも文句は言ったものの、猫を飼う許可をくれたのだ。
「本当、ウィル様はお優しいですね。その優しさがいつか世界を救うと思います」
ルナマリアは心の底からそう言うと優しげに微笑んだ。
大げさなような気がするが、彼女に褒められるのは嫌いではなかった。




