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キマイラ

朝食のメニューは堅焼きパンにコンソメ・スープである。


リアはその粗末さを嘆いたが、ダンジョンの旅は長い。最初から貴重なベーコンなどを使うなど以ての外であった。


「最初に豪勢にいってどんどん減らす手法もあるでしょうに」


とはリアの言葉だが、このパーティーのモットーは質実剛健、転ばぬ先の杖なのである、と伝えると、キャンプを畳み、そのまま階層を下った。


ルナマリアの指摘通り、第二階層は第一階層よりもでかい。


第一階層は、じめっとした自然の洞窟という感じだが、第二階層からは舗装された道も散見される。


「人の手が入っているね、明らかに」


「ですね。もしかしたら古代人たちの聖域だったのかもしれません」


とルナマリアは言うが、それもあくまで推測だった。それを調べるよりも先に敵が襲ってくる。


遠くから「キキィッ!」とやってきたのは、大蝙蝠の集団であった。


「ジャイアントバット!」


ルナマリアはそう叫ぶ。


「大蝙蝠ってやつだね」


「そうです。ダンジョンの定番モンスターです」


「蝙蝠は草食性のことが多いけど」


「こいつらは吸血性です」


「なるほど、蚊くらいの大きさだったら血くらい与えてもいいけど、こいつらに吸われたら干上がってしまいそうだ」


ジャイアントバットの大きさは100センチはある。そんな輩に噛まれたら痛いどころでは済まない。

そう思った僕は短剣を取り出すと、横なぎの一撃を放つ。


ミスリル製の短剣はすうっとジャイアントバットを切り裂いたが、一匹倒したところで彼らの戦意、いや、食欲はくじけないようだ。


全滅させるしかない、と僕は二匹目を殺すが、二匹目を倒すと三匹目、四匹目が現れる。


それらはルナマリアとリアが倒すが、その様子を見て僕はなにか厭な予感を覚える。


「……こいつらって僕らの血を求めているんじゃなくて、なにかから逃げてきたんじゃ?」


「なにかから逃げるって?」


リアは5匹目のジャイアントバットをフレイルで叩き潰している。


「それは分からないけど、ダンジョン奥になにかいるのかも」


と言うと、下の階層から、

「ぐぉぉぉぉおおおおおおん!!」

と言う音が聞こえた。


大型の獣が叫ぶような声だ。


「ウィル様の予感は的中です。第三階層になにか潜んでいるようですね」


「とんでもない大声だったわね。まったく、面倒なダンジョンね」


リアは吐息を漏らすが、ここで撤退しよう、とは言わなかった。


「まあ、ここまできたら最後まで行かないとね。それにウィルならばどんな魔物も倒せるでしょう」


あっけらかんと言う。


ルナマリアも僕に信頼を置いてくれているようだ。


「ウィル様ならばどのような困難にも打ち勝つことでしょう」


と微笑んだ。


頼られるのは嬉しいことだけど、階層をまたいで咆哮を響かせる化け物と戦うのはさすがに緊張する。


第三階層にいるということはこのダンジョンの守護者ではないだろうし、なるべくなら戦闘を避けたかった。



僕は戦闘を回避するため、偵察を行う。


異世界のソンシと呼ばれる兵法家が提唱した言葉にこういうものがある。



「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」



つまり敵と戦うときは情報収集を余念なく、という意味である。


単純で当たり前の警句であるが、思いの外、これができない人が多いらしい。魔術の神ヴァンダルは嘆いていた。


「ウィルよ、お前は最強クラスの力を持っているが、ゆめゆめ油断するなよ。どのような大英雄になっても死は常にお前の側に控えている。魔王を討伐した勇者がその帰りにスライムに倒された。隣国との戦争に勝った英雄が、帰国の途中、暗殺者に殺された。天下一の武芸者が武を極めた翌週、風邪を引いて死んだ。そんな話は枚挙にいとまがない」


僕はソンシもヴァンダルも尊敬していたので、彼らの流儀を尊重する。使わせてもらう。


と言うわけで《透明》の魔法をかけ、第三階層にいるはずの化け物を捜索する。


あのような咆哮を放てるのだから、相当、大きな化け物のはずだ。さがすのは苦労しないだろうと思った。


案の定、苦労はしない。


ダンジョンをさまよう大型の四本足を捕捉する。

「……あれはキメラか」


ダンジョンにキメラとは珍しい。


キメラとは複数の魔物を合成した人工的な魔物である。たいてい、闇落ちした魔術師が作るものだが、自然のダンジョンにはいない。


「つまりこのダンジョンはやはり人の手が入っているんだな」


古代の魔術師が番兵代わりに配置したのか、あるいは近代の魔術師がこのダンジョンに実験場でも作っていたのだろう。


どちらかは判断できないが、相手が強敵であるとは判断できた。


「あのキメラはオーソドックスタイプだな。身体と頭は獅子、尻尾は蠍、羽は蝙蝠か」


魔術の教科書に出てきそうな典型的なキメラだが、得てしてああいう基本的なやつのほうが強い、とはヴァンダルの言葉である。


「物事には理由がある。槍が長いのも、斧が短いのも。包丁が槍のように長ければ困るだろう」


たしかにその通りだ。強靱な獅子の身体、強力な蠍の毒、漆黒な蝙蝠の羽、すべては利にかなっていた。

正面からキメラと戦う愚かさを悟った僕は、やはり戦闘を避けることにした。

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