川の字になって寝る
ダンジョンに入ると、ルナマリアが松明を取り出し、それに火を付ける。
その動作があまりにも自然だったので、僕たちはそれを受け入れるが、よくよく考えたら彼女は明かりがいらない。
そんな中、率先して明かりを付けてくれる気遣いはありがたいものだった。
彼女はにこりと謙遜する。
「生まれてからずっと光がなかったわけではありません。ですので暗闇の恐怖はよく知っています」
自らの意思で光を絶ったとき、彼女は混乱し、困惑したらしい。
それまで見ていた視覚という情報が遮断されたとき、彼女は恐怖を覚えたという。
右も左も、上も下も、他人も自分さえも分からなくなるというのは恐ろしいことだったという。
「――しかし、それも最初だけ。視覚という情報を絶つと、情報量は減りますが、その代わり目が見えていた頃には見えなかった情報も手に入ります。視覚を失った分、聴覚が鋭くなるのです」
「耳が良くてもそんなに役に立たないでしょ」
とはリアだが、「そんなことはありません」とルナマリアは首を横に振る。
「聴覚はときに視覚を超えます」
――例えば、と彼女は説明する。
足下にある石を投げる。その音を静かに聞く。
「こうして洞窟の反響を調べれば洞窟の大きさ、構造が大体分かります。その先は右に曲がるべきです。左は行き止まりですので」
ルナマリアがそう宣言したので、リアは左に向かう。
なんでも真実か確かめたいようだ。
「意地悪じゃないのよ、ほら、ダンジョンの行き止まりって宝箱があることが多いし」
とのことだが、このような浅い階層の宝箱はすでに回収済みだと思う、と言っても彼女は気にしない。
そのまま左に向かい、行き止まりにぶつかる。
「す、すごい」
珍しくルナマリアを尊敬の瞳で見つめる。
「……とこのようにダンジョン攻略は私の得意とするところですから、道案内はお任せください」
その言葉に僕とリアはうなずく。さすがにリアももう難癖は付けない。
「さくっとダンジョン攻略できるのならばそれに越したことはないわ」
と手のひら返しのリア。なんでもダンジョンは陰気だから嫌いなのだそうだ。
彼女らしいと思ったので、突っ込みは入れずにダンジョンを下る。
第一階層は意外と狭く、迷路のようになっている、
ただ、階層を下に行くごとに広くなっていくそうだ。そうなれば大型のモンスターとも遭遇するかもしれない。
そう思った僕たちは、夜と思わしき時間にキャンプを張る。
早めに就寝し、体力を維持するのだ。
「時間制限がある旅ではありません。ゆるりと行きましょう」
とはルナマリアの言葉だった。
彼女はゆったりと、だが効率よくお湯を沸かすと、皆に茶を振る舞う。
それを飲み、身体を温めながらアイーシャにもらったサンドウィッチを口に運ぶ。
「美味しいね、。羊肉に塩胡椒というシンプルな味だけど、その分、素材の旨みを味わえる」
「ですね」
ルナマリアは微笑みながらはむはむとサンドウィッチを口に運ぶ。
リアは豪快に口に運ぶ。かなりの早食いだから、ぼろぼろとこぼす。
両極端の食べ方だが、どちらも美味しそうに食べているのでいいと思った。
その後、皆で張ったテントの中で寝るが、川の字になって寝る。真ん中だ。
僕が端に寝るとどちらがその隣で寝るか、ふたりは喧嘩を始める。ならば最初から真ん中で寝たほうが余計な議論に巻き込まれずに済むと思った。
それは正解で彼女たちは大人しくそれぞれに寝床についた。
静かに眠ってくれるようだ。ただし、リアが抜け駆けし、布団の中に手を伸ばし、僕の左手を握ると、ルナマリアも対抗して右手を求めてくるが。
まあ、手を握って寝るくらいならば問題はない。
ミリア母さんと一緒に寝るときもよく手を握って寝た。
女性とはそういうものなのだろう、と自分を納得させると、両者の手を握り絞めて寝る。
ルナマリアもリアも満足して眠りに付くが、この方式にはひとつだけ問題があった。
(……顔がかゆくなっても掻くこともできない!)
思わぬ弱点に辟易したが、ふたりの女の子の安らかな寝息が聞こえてくると、そんなにも悪い状態ではないと気が付く。
(まあ、いいか、僕も朝までじっくり眠れそうだ)
眠りの妖精が僕にもやってきたことに気が付いた僕は、妖精に身を任す。
その後、朝まで熟睡することができた。穏やかに眠ることができた。
ただ、朝、起きるとリアが僕を抱き枕のように抱きしめていた。
豊満な胸が僕の顔を圧縮している。
というか息苦しくて起きたのだ。
「てゆうか、これって既視感があるな……」
と、つぶやくと、テーブル・マウンテンでの日々を思い出す。
「……そうだ。母さんと寝るといつもこの状態で起こされる」
朝、起きると胸で圧殺されそうになるのが山での日常風景だった。
山を出ればそのような心配はなくなると思っていたが、まさか下界でも酸欠の心配をしなくてはならないとは……。
歴史は繰り返す、とはこういうことなのだろうか。
ただ、こういう状態には慣れているのでリアの谷間からそうっと逃れると、僕はそのままルナマリアのもとに向かう。
朝食の準備をしているだろう彼女の手伝いをしたかったのだ。
薪に火を付けようとしている彼女の代わりに《着火》の魔法で火を付けると彼女は喜んでくれた。
「ウィル様が着けてくれた火です、大切に使わないと」
と言う。
火ぐらいいくらでも着けてあげるのだが、彼女らしいものいいだと思った。
その後、皿を洗ったり、彼女のお手伝いをする。
何事もなく朝食を用意されると思ったが、朝食が出来上がると、ルナマリアは表情を変えることなく言った。
「そろそろ、リアさんを起こしてきてください、ウィル様。ただし、胸を触らずに」
にこにこと言うルナマリア。
どうやら彼女はリアが僕を抱き枕にしていた件を知っているらしい。
――嫉妬、ではないだろうが、ちょっと怒っているような気もするのは気のせいだろうか。
このようなとき、どのような台詞を発すればいいのかは分からない。
魔術の神とてこのようなときに相応しい言葉は教えてくれなかったのだ。
だから僕は「無難」に「沈黙」という選択肢を選ぶと、静かにリアを起こした。
無論、彼女の身体には指一本触れず、声によって。
彼女は僕とルナマリアの心を知ってか知らずか「ふぁーあ……」とあくびをしながら起きると、
「朝食のメニューはなに?」
と言った。




