草原のダンジョン
ゲルに戻ると、村長の一家と食事を取る。
村長はぷるぷるとシチューを口に運ぶが、残さず全部食べた。まだまだ長生きしそうだ。
全員が食事を終えると、僕は代表して村長に尋ねた。
「アイーシャから聞いていると思いますが、僕たちは草原のダンジョンにある聖なる盾を求めてやってきました」
「……聞いておる。いや、聞かなくても分かる。お主のような勇者がいつかやってくると思っていた」
「残念ながら僕は勇者ではないのです」
「そうか。聖痕はないのか。しかし、わしは勇者に必要なのは聖痕ではなく、その心構えだと思っておる」
「僕の父も似たようなことを言っていました」
「だろうな。しかし、まあ、今回は本当にどうでもいい。聖なる盾は勇者専用装備ではないからな」
「それは助かります。聖なる盾とはどのようなものなのでしょうか?」
「聖なる盾はかの聖魔戦争の折、神々が聖なるものに与えたアーティファクトのひとつじゃな」
「アーティファクト、神の創造物ですね」
「そうじゃ。なんでも他者を守ることができるだけでなく、攻撃することもできる盾とか」
「……変わった盾ですね」
「じゃな。まあ、実際にこの村のもので実物を見たものはいないから伝承になるのじゃが。しかし、それでもあのダンジョンの奥深くに聖なる盾があるのは事実じゃ」
「……聖なる盾か」
ぽつりと漏らす。
短剣使いの僕としては盾はそんなに重要な装備ではないのだが、それでもルナマリアが欲しているのはありありと分かった。
先ほどから村長の言葉を聞き漏らすまいと前のめりになっている。
彼女は僕のことを勇者、いや、大英雄になると思っており、それに相応しい装備がほしいようだ。
僕としてはローニン父さんにもらったミスリルダガーだけで十分なのだが、ときには盾も必要になるかもしれない、と自分を納得させる。
(いつか古竜と対峙したとき、竜の息から仲間を守れるかもしれない)
そんな未来を思い描いた僕は、村長に頭を下げ、草原のダンジョンの場所を尋ねた。
村長はこくりとうなずく。
「いいだろう。草原の民以外に持って行かれるのは癪ではあるが、草原の民以外ならばおぬしに持っていってほしい」
村長はそう言い切ると、ダンジョンの場所を地図に記載してくれた。
「ここから西に数里いったところにダンジョンはある。アイーシャを案内役として連れて行くがよい」
村長はそう言い切ると、僕を軽く抱きしめる。
「草原の風がおぬしを守ってくれますように」
どうやらそれは旅立ちのときのおまじないらしい。
村長の気遣いに感謝の念を述べると、僕たちは草原のダンジョンに向かった。
草原のダンジョンはジュカチ村の西方にある。
特に隠されているわけではないようだが、その入り口は慎ましいらしい。
壮大な高原にぽっかりと口を開けていても、素人にはなかなか見つけられないようだ。
「草原の民の案内がなければまず見つからないでしょうね」
とはアイーシャの言葉である。
彼女は続ける。
「まずはそれが第一の試練でしょうか。草原の民の信頼を得る。ウィルさんはそれをなんなく成し遂げました」
「第一ってことはまだあるんだね」
「そうですね。第二の試練はダンジョンの最下層まで行くこと、たしか第五階層まであるはずです」
「横に広がる空間にもよりますが、結構、深いですね」
とはルナマリアの言葉だった。
リアは草原を見渡し、ため息をつきながら言う。
「こんだけふんだんに土地があればいくらでも横に拡張できそう」
不吉な予言だが、根拠がない予言ではない。
その辺をアイーシャに聞くと、彼女は首を横に振る。
「ダンジョンはそれほど広大ではないそうです」
「それは助かるわ」
安堵するリア。
「ですが、最下層では第三の試練が待ち構えています」
「それが例の守護者だね」
「はい」
と真剣な表情でうなずく。
「どのような姿形をしているかは村にも伝わっていませんが、とても強力な守護者のようです」
「それは怖いね。倒せるといいけど」
「大丈夫ですよ。ウィル様は無敵です」
ルナマリアは言う。
リアも続く。
「ま、うちのウィルなら余裕っしょ。邪神、魔神クラスでようやく手こずるかな、って感じ」
それは過大評価の見本のようである、と言いたいが、無視をすると僕は言う。
「――あの岩穴が草原のダンジョンに続く道かな」
アイーシャに尋ねると、彼女はうなずく。
「はい、そのようです。よく気が付かれましたね」
目をぱちくりさせる。
「かなりの距離がありますよ。草原の民でもこんなに目は良くないかも」
「魔術の神ヴァンダルという父さんに鍛えられた。読みたい本を取り上げられて、数十メートル先に置かれ、それを読めって修行があったんだ」
「……すごい修行ですね」
呆れるアイーシャ。
「集中力が極限に高まれば、魔法を使わず《遠見》が発動できるようになる訓練さ。ヴァンダル父さんは魔法は至高だと言っていたけど、万能ではないとも言っていたから」
常に魔法を使えるとは限らない、が、ヴァンダル父さんの口癖であった。
「素晴らしいお父様です。実際、冒険に役立っております」
とはルナマリアの言葉であるが、実際、役に立っている。
ヴァンダル父さんは偏屈な魔術師であるが、実践をおろそかにするような愚か者ではない。
研究は研究、実践は実践と分けており、机上の空論の空しさをよく知っている人物だった。
若い頃は、魔法の真理を究めるかたわら、世界各地を冒険し、アーティファクトや魔法書を収集していたらしい。
僕はそんな冒険の神髄を知っている神様から息子として様々なことを学んだのだ。
それはとても幸運なことであった。冒険が楽になるし、共に旅をする仲間の危険を回避できる確率が高まるからだ。
僕は道案内をしてくれたアイーシャに別れを告げる。
「道案内はここまでで十分だよ。馬で帰れば夕刻までには村に着けるだろう。気をつけてね」
アイーシャはあわよくば洞窟内部まで、と思っていたようだが、大人しく村に帰っていった。
帰る前にごそごそと包みをくれるが。
「これはお弁当です。夕食にでもお食べください」
見ればサンドウィッチのような料理であった。
具はハムではなく、羊肉だ。とても美味しそうだ。
「ありがとう、アイーシャ。必ず聖なる盾を持ち帰って君に見せるよ」
「ご武運をお祈りしています」
と、そのまま馬を走らせ、小さくなっていくアイーシャ。
僕たちは彼女の姿が消えるまで見送るが、リアが茶々を入れる。
「ウィルは天然ハーレム体質よね」
なにを根拠にそんな発言を、と思ったが、彼女は説明する。
「普通、聖なる盾を持ち帰って村に戻るよ、だけど、ウィルの場合はさらっと『君』に見せるよ、だもの。
知らず知らずに女を惚れさせるわけよ」
「それはうがち過ぎというか、考えすぎのような」
と抗弁をするとルナマリアを見つめるが、彼女も僕を見つめる。いや、彼女の場合は僕のことを聞く、か。
「――たしかにウィル様はそういうところがありますね。どのような女性にも等しく優しく、紳士的です。野獣のような男性もいるなか、その態度は多くの女性に好感を持たれるでしょう」
ルナマリアまで僕を、と思わなくもないが、ふたりはそれ以上、茶化さない。
ぽっかりと口を開けたダンジョンが迫ってきたからだ。
草原は動物たちを散見するが、不思議とこの周辺には一匹もいなかった。
一帯は奇妙な空気に包まれている。
「さすがは草原の民の中でも選ばれしものしか訪れることができないダンジョンだな。威圧感がある」
そう表すると、僕たちはダンジョンの中に入った




