ジュガチ村のシチュー
宴は夜更けまで続いたが、夜明かしで行われるわけでもない。
村人が疲れてしまうし、それに僕たちも。
僕はちょうどいい頃を見計らって、ジュカチ村の長に休みたいと伝える。
村長は僕たちに寝床を提供してくれる。
自分の家に泊めてくれるようだ。
「お前たちは夫婦か?」
と尋ねてきた。たぶん、一緒のベッドでいいか、と尋ねているのだろう、無論、分けてもらう。
リアが不平を口にしたが、無視をすると別のベッドをあてがわれる。
「部屋は別々だと思ったけど、ゲルはそもそも部屋の区別がないみたいね」
「そうだね。開放的でいいかも」
見れば村長の一族が皆、同じ空間で寝ていた。男も女も子供も。ただし、ひとつだけ天幕がある空間がある。
なんでもそこは子供を製造する部屋なのだそうだ。
意味を知った僕は赤面してしまうが、深くは考えず眠りにつく。
長旅で疲れている。
今日はゴブリンの集団とホブゴブリンと戦ったし、夜更けまで宴の主賓だったのでとても疲れた。
疲労困憊の僕はそのまま眠りに落ちる。
あっという間だった。すうっと眠りに落ちる。
眠りの妖精はそのまま僕を朝まで包み続けた。
翌朝、僕はリアを揺り起こす。
寝ぼけ眼で周囲を見つめる。
民族衣装を着た女性がせわしなく動き回っている、家事をしているようだ。
その光景を見て僕はここがジュカチ村であることを思い出す。
「そういえば昨日、この村で歓待を受けたんだっけ」
そうつぶやくとルナマリアがいないことに気がつく。
どこに行ったのだろうか?
そうつぶやくとリアが教えてくれる。
「あの娘ならば外で山羊の乳を搾っているわ。客人なのに村娘の手伝いをしている」
「ルナマリアらしいね」
とリアを見ると、
「なによ、私はなにもしないって言いたいわけ?」
「そうじゃないけどさ」
「じゃあ、なんなの」
「いや、僕たちもルナマリアを手伝わない?」
「山羊の乳を搾るの?」
「牧草運びでもいいよ。昨日はたくさん美味しいものを食べさせてもらったんだ。お礼しないと」
「それはゴブリン退治でチャラだと思うけど」
というがリアは結局、僕たちに付き合ってくれた。
「あなたたちだけ働かせて私が昼まで寝てたらろくでもない女だと思われるでしょ」
昨日、馬乳酒を一〇杯飲み干した時点で思われているよ、と返そうかと思ったがやめた。
せっかく、勤労精神が湧いている巫女を突き放す真似はしたくなかった。
僕とリアは村長に許可を取り、ゲルの外に出る。
ルナマリアは村長宅の横にある囲いにいた。
リアの言葉通り、山羊の乳を搾っている。
村娘たちが、
「すごーい!」
「器用!」
「盲目とは思えない」
と、つぶやいている。
彼女の器用さは承知だったので驚かないが、村の人々には奇異に映っているようだ。
まあ、僕もいまだに彼女に視力がないと信じられないことがあるが。
先日も彼女は僕に寝癖があると言いだし、髪をといてくれた。櫛を使って寝癖を直してくれたのだ。
直してくれたこともすごいが、気がついたこともすごい。
なんでもわずかな空気の流れの違いを察知しているらしい。
空気抵抗の違いで僕の髪型を見分けているようだ。
理論を聞けば単純だが、それを実行してしまう知覚がすごかった。
剣の神とてそのような真似はできない。
改めてルナマリアの能力に感嘆していると、彼女はこちらを見ながら微笑んだ。
「その足音、ウィル様ですね。おはようございます」
にこりと微笑む。その笑顔は宗教画に出てくる聖女のようであった。
僕がぼうっと見つめているのが気にくわないのだろう、リアは「私だって山羊の乳くらい搾れるわよ」と対抗する。
――対抗するが、山羊が嫌がっている。
力任せに絞るからだろう。
その様はまるでミリア母さんのようであった。
母さんもまた山羊に嫌われることをよくするのだ。
そのことを指摘すると、リアは「つん」と鼻を背け、「ならばウィルがやればいいでしょ」と言った。
もちろん、そのつもりなので代わる。
「山羊の乳はそんなに力を込めなくていいんだよ。優しく絞るだけで十分出るんだ」
と実行すると、実際、山羊は乳を出す。
「めー!」
と嬉しそうな鳴き声も出す。
アイーシャは目を丸くする。
「上手ですね、経験者ですか」
「そうだよ。テーブル・マウンテンでは山羊を飼っていたから」
「テーブル・マウンテンの麓で暮らしていたんですね」
頂上だけど、説明するのが面倒だったので、「まあ、そんなところ」と言うと彼女は納得したようだ。
「私は平原育ちなので、いつかあの山に登りたいです」
「そのときは案内するよ。ところでアイーシャ、尋ねたいことがあるのだけど?」
「今朝の朝食は山羊の乳シチューとパンですね」
「いや、そうじゃなくて、僕たちは草原の民のダンジョンを探しているのだけど、場所を知らない?」
「そ、草原のダンジョン!?」
その言葉を聞いたアイーシャはびっくりし、その場で尻餅をつく。
「あわわ……」
と慌てふためく。
「そんなに聞いてはいけないことなの?」
僕は尋ねるが、彼女は「うんうん」と肯定する。
「草原のダンジョンは草原の民でも選ばれたものしかおもむくことができない場所です」
「聖地というやつ?」
「そうです。でも、それ以上に危険な場所で、守護者がおり、近づくものに危険を及ぼします」
「それは大変そうだ」
――でも、と続ける。
「僕たちに行かないという選択肢はないよね」
ルナマリアは静かな決意を固めているし、リアもやる気満々だ。
それを見てアイーシャは呆れるが、僕たちの実力も知っているのでなにも言わない。
「分かりました。わたしから村長に許可を取ります。
おそらくですが、ダンジョンの場所は教えて貰えるかと」
「それは有り難い」
「ですが、ふたつだけ約束してください」
「ふたつ?」
「そうです。一つ目は必ず無事帰ってくること」
「分かった。それは約束する」
二つ目は? と尋ねると、彼女は口元を緩めながら言う。
「二つ目、今から用意する朝食を残さず食べてください。ルナマリアさんが一生懸命に絞った山羊の乳を使った特製シチューです。ジュガチ村のシチューは草原一番なんですよ」
彼女はそう言うと草原の風のように微笑んだ。
僕は、
「ありがとう」
と礼を言うと、彼女たちと一緒にゲルに戻った。




