ホブゴブリン
こうして所属不明の女神官が仲間になってくれた。
いや、無理矢理仲間に加わったと表現すべきか。
まあ、どちらでもいい。
よくローニン父さんは言っていた。
「旅は道連れ、世は情け。家族は多ければ多いほどいい、と」
まったくもってその通りなので、僕は気にせずリアに尋ねる。
「僕たちは聖なる盾を求めて草原の民を探しているんだけど、リア、心当たりはない」
「残念ながらないわ。私、ミッドニアの中心からきたから」
ミッドニアの中心にあるのはテーブル・マウンテンだが、その麓からきたのだろうか。
「そうか、残念だ。その草原の民のダンジョンに盾は眠っているらしい」
「すごい盾みたいね。草原の民に知り合いはいなけど、草原の民はゲルと呼ばれるテントで暮らしている、という知識はある」
「ゲルね、ヴァンダル父さんの本で読んだことがある」
ゲルとは移動式住居のことで、草原の民が愛用している。
要はテントの豪華版だった。
草原の民は牧畜で生計を立てているから、常に移動するのだ。
「この季節ならばもう少し北に移動しているかもしれませんね」
とはルナマリアの言葉だった。
温かくなれば北部にも草が生えるようになるのだ。
「なるほど、ならばもうちょっと北へ行くか」
と言うと僕たちはさっそく、草原の民を見つける。
「第一草原民発見!」
とはリアの言葉だ。
「小さな女の子だね。驚かせないようにしないと」
三つ編みの民族衣装の女の子はどこからどう見ても気が弱そうであった。
事実、僕たちを見るとびくりと身体を震わせ、警戒している。
僕はぎこちない手つきで「や、やあ!」と右手を挙げる。
草原の民の子は、
「ひ、ひぃ、お許しください」
と逃げる。
それを見てルナマリアは言う。
「ウィル様を見て逃げるなど失礼な子です」
リアは同調する。
「珍しく意見が合うわね、小娘」
珍しく同調しているふたり、しかし、僕は少し気落ちする。
「……ああ、子供に嫌われたことないんだけどなあ」
山では山猫の子供、子鹿、小熊、すべて仲が良かった。
みんなと友達になれたのだが、草原は山のように行かないようだ。
と嘆いていると、そうではないことに気が付く。
草原の子供が怯えているのは僕たちではなく、その後ろにいる化け物だった。
見ればいつの間にか、後背に大きな影ができていた。
その陰は僕たちを見下ろすように見つめている。
なんと先ほど倒したゴブリンたちの親玉がやってきたのだ。
「ホブゴブリン!」
リアがそう叫ぶと、ホブゴブリンと呼ばれる巨大なゴブリンが棍棒を打ち下ろす。
僕はルナマリアを庇いながら避ける。
先ほどまで僕たちがいた場所に大穴が空いている。
「……これがホブゴブリンか」
「山ではゴブリンの集団をよく見たが、ホブゴブリンは初めて見た。このように巨大なのか」と、つぶやくとリアが否定する。
「……普通のホブゴブリンはこんなに大きくない。たぶん、こいつはユニーク・モンスター」
「こいつがユニーク・モンスターか」
ユニークモンスタとは固有モンスターのことで、別名、二つ名付きと呼ばれている。
通常の個体よりも遙かに強力なモンスターで、異名を持ってその地に君臨しているのだ。
おさげの少女はその場で腰を抜かしながら言う。
「粉砕の緑小鬼……」
どうやらそれがこいつの名前らしいが、なかなかに強そうだ。
僕たちはそれぞれに武器を構える。
僕はミスリルのダガー、ルナマリアは聖別されたショートソード、リアはフレイル、それぞれの型を取るが、ホブゴブリンはそんなことを気にも掛けずに棍棒を振り下ろす。
あまりにも強大な一撃なので、受け止めればそのまま武器ごと押しつぶされるだろう。
即座に察した三人はそれぞれに後方に飛び、得意の間合いに切り替える。
ルナマリアは後方から神聖魔法、リアはフレイルの長さを生かした中距離戦。僕は逆に懐が一番安全理論に従ったショートレンジ。三者三様であったが、ホブゴブリンはなかなかに強かった。
ルナマリアの神聖魔法をはじき返すし、リアの渾身の一撃も致命傷にはならない。
僕の短剣でも切り裂くことはできなかった。
まるでこの前戦ったサイクロプスのような強靱さだ。
ルナマリアとリアは撤退を主張するが、僕は断った。
「ここに女の子がいるってことは近くに草原の民のゲルがあると思うんだ。僕たちが撤退したら、この化け物はそこに向かうはず」
「たしかにそうですが、ときには撤退も肝要です。
ウィル様が傷付いたら元も子もない」
「そうよ、そうよ、ウィルになにかあったらどうするの」
「なにもないよ。僕は今からこいつを一撃で倒す」
「そんなことができるのですか?」
「もちろん、可能だよ。僕には剣の神に習った剣技と、魔術の神に教わった魔法がある。そのふたつを掛け合わせれば無敵だ」
そう宣言すると、リアはつまらなそうに言う。
「世界一の美神に習った治癒は役に立たないの?」
「ミリア母さんの教えは戦闘後に役立つことが多い。でも、母さんの教えが一番、役に立ったかな。山の仲間もたくさん救えた」
その言葉を聞いたリアは「うむ、よろしい」と偉そうにうなずいた。
なにが宜しいか分からないが、全力を出しても良さそうだ。
「ルナマリアとリアはあの子を後方に下げて。巻き添えにしたくない」
「分かりました」
「りょ!」
と、ふたりは後方に下がると、腰を抜かしている少女を抱きかかえ離れる。
かなりの距離ができたことを確認すると、僕は空を見上げる。
「大気を震わせる精霊よ、怒りを支配する雷の王よ、僕に力を貸せ!」
そう言うと先ほどまで晴天だった空が曇る、あっという間に真っ黒になると、雷雨をもたらす。
雷の存在を感じた僕は天高く飛び上がると、《雷撃》の魔法を放つ。
僕はそれを空中で受け止める。ミスリル・ダガーに雷の力を宿すと、それをホブゴブリンにぶつける。
「あったれー!!」
と念じた僕。この魔法剣は初めて行うが、当てる自信はあった。
ここは平原、雷を遮るものはなかったからである。
ならば雷の挙動は読みやすく、まっすぐに飛ぶだろうと予測したのだが、それは正解だった。
「…………」
あとは雷の魔法剣がどれほどの威力なのか、というのが問題であるが、雷撃を喰らったホブゴブリンはしばしその場に立っていた。
一瞬、あの魔法剣に耐えたのか、と思ったが、そうではないようだ。
ホブゴブリンは白い煙を放ちながらずどんとその場に倒れる。
それを見ていたルナマリアは、
「さすがはウィル様ですわ」
と、その場で飛び跳ねていた。
一方、リアはもっと直情的に僕に抱きついてくる。
一瞬、
「――さすがは私の息子!」
と言ったような気がするが、すぐに訂正する。
「さすがは私のウィル! 強い、格好いい、素敵、三拍子が揃っている!!」
大げさであるが、皆に怪我がなくて良かった。そう思った。




