英雄は遅れて現れる
迷いの森で聖剣から見放された剣の勇者レヴィン。
彼女はそのことを受け入れ、自分を偽るのを止めた。
仲間のもとに戻ると自分が女であることを正直に話し、今までの非礼を詫びた。
ウィルは彼女たちは許してくれるさ、と言っていたが、それは都合が良すぎた。
今まで散々、偉そうにし、他人を見下してきたレヴィンは彼女たちに拒絶された。
「もとから大して強くないのに偉そうだった」
「日頃からセクハラが多かった」
「わたしたちをその気にさせて実は女だったなんて」
と文句を言われ、三行半を突きつけられた。
そのまま勇者パーティーは解散である。勇者ガールズも。
ただ、彼女たちは森で解散はせずに、街に向かうことを提案した。
「てゆうか、今まで働いてきたんだから退職金をくれ」
「そうよ、そうよ。わたしたちを弄んだ慰謝料も」
彼女たちはレヴィンがいくら銀行に預けているか知っていたし、それにレヴィンも彼女たちにお金を払うつもりだったので、ことはすんなりと行く。
一行はノースウッドに向かうとそこの銀行で財産を全部下ろし、皆に分配した。
勇者には金貨一枚も残らない配分であるが、本人は気にしていなかった。
ただ、リンクスという従者の給料をこれからどう払おうか、それだけが心配事であったが、リンクス少年は和やかに言う。
「レヴィン様、気にしないでください。僕はしばらく無給で大丈夫ですから」
ウィル少年がこのものだけは手放すな、と言った理由が分かったような気がする。
心の底からリンクスに感謝すると、今までの非礼を詫びた。
「先日は鯉を食べたいなんて無茶を言ってすまなかった」
「気にしないでください。おかげでウィルさんと出逢えました」
「そうだな。そのおかげであの少年と出逢えた」
レヴィンは笑みを漏らすが、すぐに表情に影を刺す。
「……しかし、ウィル少年には仲間に謝って一から出直す、と大言壮語を吐いたが、実はあたしは落ち込んでいる。まさか仲間にこれほど拒絶されるとは。……まあ、仕方ないが」
「落ち込まないでください。また一からやり直せばいいじゃないですか。今度こそ真の仲間をパーティーに加えましょう」
と拳を握りしめるリンクス。彼の純真なところは弱ったレヴィンにはとても有り難いものだった。
「まあ、なるようになるしかないか。取りあえず冒険者ギルドに行って仕事でも……」
と漏らすと同時に遠くから音が聞こえる。
「なんだ、なんだ?」
と周囲は騒然とするが、見ればノースウッドの街の入り口に、見上げんばかりの巨人が立っていた。
「――巨人」
あまりの大きさ、それに敵意におののく。
しかしそれは恥ではない。
巨人は普段は滅多に見られない魔物なのだ。
神代の時代、神々と戦闘を繰り広げた戦闘種族なのだ。むしろ、怯えないほうが愚かものといえよう。
父上も言っていた。
「勇気と無謀をはき違えるな」
と。絶対に勝てない戦いは回避すべきである。
それがこの世界を生きる冒険者の共通言語であるが、レヴィンは無意識のうちに巨人のもとに走っていた。
見れば先ほど別れた仲間のひとりがサイクロプスの足下にいたからである。
レヴィンの財産で洋服を買い込んだ彼女は嬉々として街を出ようとしていたが、街を出る瞬間、巨人の襲撃に鉢合わせしたのだ。
運が悪い、のはどちらだろうか。
巨人と鉢合わせした仲間か、それを助けることになったレヴィンか、それとも計画に水を差されたガルドだろうか。
それは分からないが、勇気を振り絞り、巨人と対峙したレヴィンは、そのまま巨人を斬り付けた。
巨人の足にレヴィンの剣が刺さるが、巨人は痛痒も感じていないようだった。レヴィンの腕が未熟なのではない。サイクロプスが巨大過ぎるのだ。
巨人は虫でも払うかのように足を振るが、それだけで周囲の建物が破壊される。
レヴィンは颯爽と回避し、かつての仲間を救出する。
「レ、レヴィン!? どうしてわたしなんかを?」
「あたしはもう勇者ではないが、卑怯者ではない。かつての仲間を見捨てることなんてできない」
「で、でも、わたしはあなたに酷いことを」
「あたしのほうが酷いことをした。それにこれは仲間を助ける目的であると同時に、再確認の意味があるんだ」
「再確認?」
「そうだ。あたしに父親の血が流れているかの再確認、勇者となれる可能性があるかの再確認だ。それとあの少年の友達になる資格があるかの再確認かな」
「あの少年ってウィルのこと?」
「そうだ。聞けばあの少年はなんの縁もない自分を頼った巫女を救い、彼女と旅をしているらしい。なんの縁もない商会の娘を救ったらしい。それになんの取り柄もない勇者を救い、友達になってくれると言った」
それがどんなに貴重なことか。どんなに嬉しかったか、とレヴィンは口にする。
「あたしは頑張りたいんだ。友達のために。あの少年と再び握手をするために。だからお前を助けた。この街を守るんだ」
そう言うとレヴィンは仲間を安全な場所に置き、再び巨人のもとへ向かう。
巨人との戦力差は圧倒的であったが、レヴィンは気にすることなく、立ち向かった。
巨人は小賢しく動き回るレヴィンに殺意を向けたが、レヴィンは気にすることなく、剣を振るった。
巨人の攻撃が激しくなり、その身命に危険が迫っても気にすることなく戦い続けた。
「あたしは誓ったんだ。あの少年に。次に会うときは立派な女になると誓ったんだ。お前ごときに負けない! お前なんかに街を壊されてたまるか!」
そう叫んだが、その虚勢はいつまでも続かない。皮肉なことにレヴィンの敗因はレヴィンが勇者なことだった。
なんとか足に張り付いていたのだが、巨人が暴れると周囲の建物が崩れる。
そして崩れ落ちる建物の下に子供がいるのを見つけてしまう。レヴィンは考えるよりも先に身体を動かし、子供を救っていた。
子供を突き飛ばし、瓦礫を避けさせることに成功はしたが、代わりにレヴィンが瓦礫に埋まる。
煉瓦の一部がレヴィンの頭部に直撃し、失血を強いる。
昏倒しかけるレヴィンの視界に影が迫る。
見れば巨人が大足を振り下ろそうとしていた。
「――あたしもここまでか。ま、それもいいか。これで少年に恥じることなく逢える」
あの世でだけど、と、つぶやくと、巨人の影、足が頭上に迫る。
レヴィンはそのままその影に押しつぶされる。
ヒキガエルのように惨めに潰される。
――ことはなかった。
見れば巨人の足はレヴィンのわずか上で止まっていた。
そこにいたのは、全身が黄金色に輝く少年だった。
そこにいたのは、今、レヴィンが一番会いたい少年であった。
レヴィンは彼の名を口にする。
「ウィル少年!」
その言葉を聞いたウィルは、にこりと笑いながら言った。
「待たせてごめんね、レヴィン」
彼はそう言うと、力を込め、巨人の重みに耐えていた。




