陽動作戦
アナハイム商会の別荘。それは想像以上に豪勢だ。
それに警備も万全で、周囲を堀に囲まれていた。ただ、敵と思わしき傭兵たちが取り囲んでいる。
「かなりの数だな。ガルド商会はどこまで執拗なんだ」
「これはもはや武力でしか解決できないかもしれませんね」
ルナマリアは溜め息を漏らすと、呪文を詠唱する。神聖言語だ。
彼女の身体が光り輝くと、そのまま聖なる一撃の光の球が傭兵の一団を捕らえる。
邪悪ならば邪悪なほど攻撃力が増すのが神聖魔法である。悪党である傭兵たちには効果的だった。
傭兵たちは不意打ちに驚くが、救援は想定内だったようで、即座に反撃してくる。
「あなたたち、いい加減にしなさい。ここまでのことをすれば、街はおろか、国王陛下も介入してきますよ」
ルナマリアの怒りの声も彼らには届かない。
「そんなのは承知さ。ガルドの旦那はこれが最後の反抗だと思って大盤振る舞いさ。アナハイム家が滅亡するか、ガルド家が滅亡するか、だ」
「ならば滅亡するのはあなた方です!!」
ルナマリアがそう宣言すると、僕は一歩前に飛び出し、短剣の斬撃を加える。
傭兵のひとりの武器を弾き飛ばし、そのまま蹴りを入れ、気絶させる。
「ウィル様はどこまでもお優しい。悪党の命も大切にします」
「まだ、余裕があるからだよ。ピンチになれば斬ってしまうかも」
「大丈夫です。そのときは地母神式のお経を上げます」
と冗談めかすルナマリアだが、今回ばかりは笑えないかもしれない。
傭兵の数は30はおり、手練れも混じっていた。
カレンの護衛は10人はいるが、多勢に無勢であった。
しかし、嘆いたところで戦力差が埋まるわけでもない。
僕たちは傭兵たちをひとりひとり倒し、着実に数を減らしていく。
ルナマリアとふたりで10人ほどの傭兵を倒したあと、そのまま別荘に入る。
別荘の中に侵入した傭兵を倒すためだ。
別荘の中でも剣戟の音がする。
見れば執事服の男が戦闘をしていた。
執事のヨハンである。
彼は細身の剣で傭兵を突き殺す。
剣に付着した血を拭いさると、こちらのほうを振り向き、援軍に感謝を述べる。
「必ずきて頂けると思っていました。ウィル様は主役の星のしたに生まれたようなお方、ここぞというときにきてくださります」
「もっと早くに駆けつけられたらよかったんだけどね。カレンは無事?」
「はい、そこがお嬢様の部屋ですが、蟻の子一匹侵入を許していません」
「それはすごい」
見れば周りには死体の山がある。
すべてヨハンが倒したもののようだ。
見かけに寄らず歴戦の戦士なのかもしれない。
「それにしてもまた襲撃とは思いも寄らなかった。ガルド商会はどこからそんなにお金が」
「こいつらも言っていましたが、これが最後の襲撃でしょう。やつらの雇っていた傭兵はすべてで50。本日、30はここにきていますし、残りはすべてウィル様がすでに倒したはず」
「たしかに街道や森でかなり倒したね」
「ならばもうやつらに手駒はないはず」
と話していると、床に転がった傭兵の一人が「くっくっく……」と笑った。
先ほどヨハンに刺された男だ。
急所は外れていたらしい。
いや、慈悲で外してくれたのか。
だが、男はまったく感謝していないようだった。
「おろかな連中だ。勝った気でいやがる」
「どういう意味だ? 我々は勝ちつつある。ウィル様のおかげでお前たちを圧倒しているしそれにノースウッドの街からさらに衛兵とアナハイム家の援軍がこちらに向かっているはず」
「それがガルド様の策略だと気が付いてもいないようだな」
「なに!?」
と眉を歪ませる執事のヨハン。
「そういうことだよ。我々は陽動だ。アナハイムの私兵とノースウッドの衛兵を引きつけ、その間に街を襲撃するのさ」
「ほざけ、お前たちにもう戦力はないはず」
「たしかに人間の戦力はないが、ガルド様は古代遺物、巨人の笛を持っている」
「な、巨人の笛だと?」
驚愕の表情を浮かべるヨハン。
がたがたと震え始める。
「巨人の笛とはなんですか?」
僕が尋ねると、ヨハンは語る。
「巨人の笛とはこの辺一帯に住む一つ目巨人、サイクロプスを操る笛です。かつて聖魔戦争時代に用いられたものですが、伝説上の笛だったはず」
「伝説かどうかはお前たちの主が身をもって知るだろう。今頃、アナハイム家の屋敷の壁を壊しているはず」
再び、くっくっく、と笑う悪漢であるが、気を失う。
失血多量になったようだ。
このような男など死んでしまえ。ヨハンはそう思ったようだが、さすがにそれはできない。
僕は最低限の回復魔法を掛ける。こいつが悔やむのは地獄ではなく、この世の牢獄であるべきだ。
ヨハンは回復魔法を掛ける僕を見ても怒ることはなかった。ただ、終始、顔色は青ざめている。
「ガルドは魔物の力を借りる外道だったようです」
「意外ではないかな」
「そうですな。しかし、はったりの可能性もある。いくら追い詰められても魔物の力を使えば縛り首です」
ヨハンはそう言って自分を納得させようとするが、窓ガラスが割れる音が聞こえる。
きゃあ、という絹を割くような悲鳴も。
カレンの部屋である。
僕たちが慌てて部屋に入ると、部屋の中には醜いガーゴイルがいた。さいわいカレンはまだ無事だった。ヨハンと僕は素早くカレンとガーゴイルの間に入り、対峙する。
「な、なんだ、この化け物は」
慌てるヨハンに僕は冷静に説明する。
「ガーゴイルと呼ばれる魔物です。窓を突き破って入ってきたのでしょう」
「しかし、なぜ」
「それは愚問かと。巨人を使って町ごとヴィクトールさんを殺そうとする男です。ガーゴイルを召喚すること自体、朝飯前でしょう」
と言うと僕はかぎ爪を伸ばすガーゴイルを短剣で斬る。殺意を持って。
一撃で切り裂かれ、消滅するが、その後、窓の外に何匹ものガーゴイルが見える。
何体も召喚したようだ。
僕は窓の外に手を向けると、巨大な火球を彼らに投げつけ、一網打尽にする。
「ウィル様はすごい。魔法も超一流です」
先ほどまで青ざめていたカレンが安堵の顔でそう評す。
平静を取り戻したようだ。
僕はこの別荘に地下室があるか確認する。
地下室があるとのことだったので、そこに向かうように指示すると、カレンに言った。
「僕はこのままノースウッドの街に行く。君のお父さんと街の人たちが心配だから」
「分かりましたわ。ご武運をお祈りしています」
「お嬢様はお任せください。このヨハンが命懸けで守ります」
と言うと外が騒がしくなる。
どうやらノースウッドの街から援軍がきたようだ。
周囲にはガルドが用意したガーゴイルやオークもいたが、援軍の圧倒的数の前では無力であった。
しかし、それもガルドの策の内。
やつの真の狙いはカレンではなく、その父親なのだ。
別荘に戦力を集中させ、その間にサイクロプスで街ごとヴィクトールを暗殺するというのがやつの策であった。
小賢しくあくどいが、効果てきめんであることは認める。
僕はガルドの野望を阻止するため、別荘をあとにしようとするが、出立の前にルナマリアを見つめる。
彼女は当然のように僕に付いてくるようだ。
僕としてはこの別荘に残って欲しかったが、説得は無駄であろう。彼女は地獄の底だろうが、どこでも付いてくるような女性だった。
時間が惜しい僕は、そのまま別荘の外に出ると、援軍が乗ってきた馬に乗る。
馬の足を使ってノースウッドに戻るのだ。
馬には乗り慣れていなかったが、それでも自分で走るよりも何倍も早い速度で移動すると、煙をまき散らし、騒乱に包まれているノースウッドの街が見えてきた。
かなりの被害である。
どうやらガルドの計算は完璧で、衛兵たちがいなくなったところを完璧に突き、なんの抵抗もなく街の中に侵入したようだ。
巨大なサイクロプスはノースウッドの門を難なく破壊すると、そのまま街を突き進んだように見える。
「……これは間に合わなかったかも」
街の惨状を見て、ヴィクトールの生存を不安視する僕。もしかしたらヴィクトール救出ではなく、敵討ちになるかもしれない。
そう思ったが、僕は街の広場で颯爽と剣を振るう知り合いの姿を見つけ、その考えを変えた。
僕たちは間に合ったのだ。
それに僕の「友達」である彼女は真の勇者だった。
剣を振るい、街のために戦う彼女の姿はとても美しかった。




