ガルド商会、襲撃
僕は再び、勇者を探しに行く。
ルナマリアは、
「殿方は泣いているところを見られたくないはずです。ここはそっとして置いてあげたほうが」
と言うが、その考えは間違っていた。
そもそも剣の勇者レヴィンは殿方ではなかった。
いや、たしかに先ほどまでは男だったような気がするのだが、今はとても柔和な顔になり、さらに胸が膨らんでいた。
いったい、この短時間になにが?
もしかしてこの迷いの森には人が落ちると女になる池でもあるのだろうか。
そう思ったが、そうではないようだ。
彼女は神と出会ったこと。
その神に諭され、自分を偽ることを止めたことを伝えてくる。
細かい話を聞くと、その神はレウス父さんぽいのだが、それよりも気になることを尋ねる。
「自分を偽るのを止めるってことはレヴィンさんはもしかしてもとから女性だったの?」
「そうだ、少年、あたしは女だ。男装して旅をしていたのだ」
「女好きだったみたいだけど」
「あれは演技というか演出だな。舐められたくなかったから、周囲を女だらけにした」
なるほど、たしかにあそこまで派手に女好きを演じればある意味一目置かれるし、男装の麗人とは気づかれにくいかもしれない。
まあ、世界を救う勇者が勇者ガールズとはいかがと思っていたので、ある意味、よかったのかもしれない。
と思っていると、勇者は今までの態度について謝罪し、頭を下げる。
「少年、今までの無礼、許してくれ。それに先ほどの命の差し入れ、有り難かった」
深々と頭を下げるレヴィン。
「気にしていないですよ。レヴィンさんにはレヴィンさんの事情があったのだし」
「そう言ってくれると助かる」
と言うと、彼女は僕に相談をしてくる。
「……このまま仲間のもとに向かうが、少々怖い。彼女たちは私を許してくれるだろうか」
「きっと許してくれるはず。これは気休めではなく本音です。今のレヴィンさんの笑顔は前よりもずっと魅力的です。事情も理解してくれるはず」
「そうだな。そうだといいな」
彼女はそう言うと「勇者ガールズの解散」を宣言する。
「一からやり直しだ。村娘を囲っている暇はないし、勇者としての実力もともなっていない。ひとりで旅をし、まずは実力を蓄えようと思う」
「それが最善かもしれませんが、せめて従者のリンクスだけでもお供にしてあげてください」
彼は出稼ぎで従者をしているのだし、それにレヴィンのことを尊敬していた。
両者が離れるのはどっちにとってもマイナスだろうと思ったのだ。
僕の意図を理解してくれたレヴィンは、こくりとうなずくと再会を誓った。
「さらばだ、とは言わない。近いうちに一人前の勇者になって少年と再会したい」
「その日を楽しみにしていますが、レヴィンさんはすでに勇者ですよ。自分を偽るのを止め、新たな旅立ちをしようとしているのですから。臆病者にはできません」
その言葉を聞いた彼女は、口元を緩ませ、
「神様みたいな少年だな。すべての言葉があたしの心に刺さる」
と笑った。
僕も苦笑を漏らす。なぜならば神様の息子だからだ。
その後、僕は彼女と友達になりたい、と握手をする。彼女は快く受け入れてくれる。
握手をすると、二、三、別れを惜しむ言葉を交わし、僕たちは別々の方向へ歩き出す。
見ればルナマリアがやってきたので先ほどの場所に戻る必要もない。
聖剣を装備できないと分かった僕たちがあそこに戻る理由はなにもなかった。
あとは勇者とその仲間たちの問題だ。
そう悟った僕は、そのまま森の外まで向かうことにした。
ちなみに先ほど仲良くなった妖精はルナマリアの肩にいた。
僕たちを端まで見送ってくれるらしい。
その気持ちは有り難かったので、素直に受け取ると、僕たちは迷いの森をまっすぐに出た。
このようにレヴィンたちと別れる。妖精のリルルとも別れる。森の端まで到着したからだ。
鬱蒼とした森を抜けると、久しぶりに太陽光線を十分に浴びる。
ルナマリアは、
「ううーん、気持ちいいです」
と背伸びをする。僕も真似したいが、その前に確認事項。
「聖剣を装備できないのは分かったけど、一応、アナハイム商会に戻ってヴィクトールさんに伝えたほうがいいよね」
「そうですね。それがいいでしょう」
と同意するが、こうも付け加える。
「ちなみに装備できないのは『今』だけです。きっと、いつかできるようになりますから」
「まだ、僕が勇者として覚醒するのを待っているの?」
「そうです。ウィル様のようなお方に勇者の聖痕がないのは変です」
ないものはないからなあ。諦めてほしいけど、と彼女を観察するが、いつまでも諦める気はないようだ。彼女の意思の硬さは聖剣が刺さっていた岩以上である。
一度決めたら絶対に離れない感じがする。
そう思ったので諦めると、僕は彼女とノースウッドの街に向かった。
急ぐ旅ではないのでのんびりとした足取りだったが、それも最初だけだった。
後半は急ぎ足になる。
なぜかといえば、道中で早馬に出くわしたからだ。
その馬はアナハイム家の当主、ヴィクトールの使いのものだった。
早馬の使者によると、なんでもヴィクトールの娘、カレンが滞在する別荘がガルド商会の手のものに襲われているらしい。
襲撃を受けたらしいのだ。
それを救ってくれとのことだった。
窮地に陥っているカレンの姿を想像した僕らは、最大速度でノースウッドの街の郊外にあるアナハイム商会の別荘に向かった。




