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レヴィンの思い

勇者のことが心配になった僕は彼を追う。


ルナマリアは勇者のことを嫌っているようだが、僕は彼のことが嫌いではなかった。


どうも憎めないというか、悪い人物ではないように思えるのだ。


僕は彼を探すため、ルナマリアと共に森を散策するが、すぐに勇者を見つける。


妖精のリルルが彼を居場所を教えてくれたのだ。


しかし、場所は分かったはいいが、リルルの表情は暗い。というか、怯えている。


「……げ、まずいかも」


「どういうこと?」


「うんとね。勇者は南に向かっているんだけど、そこには沼があるんだ」


「底なし沼?」


「似たようなものかも。そこにはジャバウォックが棲んでいる」


「ジャバウォック!?」


声を上げたのはルナマリアだった。


「知っているの? ルナマリア」


「はい。伝説上の化け物です。竜と蛭の合の子のような化け物で、とても邪悪です」


「傷心の勇者様など一飲みだろうね」


とはリルルの言葉であるが、事実そうであった。

前方から勇者の悲鳴が聞こえる。

勇者にしてはとても可愛らしい悲鳴だった。


「沼にはまってしまったようだ。ジャバウォックがくる前に救出しないと」


「それは賢明だけど、手遅れみたい」


とリルルは困ったようなポーズをする。たしかに手遅れだ。


レヴィンの数メートル先にはすでに大口を開けている生物がいた。


翼を持った巨大な蛭。

ジャバウォックである。


僕はレヴィンを救うため、決死の覚悟で沼に飛び込むと、彼を岸に戻した。


その瞬間、飛翔の魔法で沼から抜け出すが、ジャバウォックは僕に食らいつこうと飛ぶ。


牙を剥き出しにする。その速度は速く、僕は捕捉される。


「ウィル様!」


血相を変えるルナマリア。

彼女は剣を抜こうとするが、僕は止める。


「大丈夫、捕捉はされたけど、捕食はされていない」


僕は援護よりもレヴィンの救出を願うと、ルナマリアは従ってくれる。


ただ、レヴィンには皮肉満載のようだ。


「あなたを救うためにウィル様が傷付いてしまいました」


その言葉にはレヴィンも申し訳なく思っているようだ。


うなだれながら返答する。


「オレなど放って置いていいのに」


その言葉にルナマリアはカチンときたようだ。


「なにを言っているのです。ウィル様を悲しませるようなことは言わないでください」


「だけど、オレは」


「それに勘違いしないでください。ウィル様はあなただからあなたを助けるのではありません。ウィル様はウィル様だからあなたを助けるのです」


「ウィルだから?」


「そうです。ウィル様は困っている方を見過ごせません。どのような人物でもです。例えその身と引き換えにしてもあなたを守ります」


ルナマリアとレヴィンがそのようなやりとりをしていると、ウィルは身体をひねり、ジャバウォックの攻撃を避ける。


ジャバウォックは強力な魔物であったが、ひとつだけ弱点があった。


それは魔物であるということであった。

 ウィルは慈悲深い少年であるが、聖人ではない。


自分を食べようとしている相手に手加減をするほど甘くはない。


ウィルは短剣に魔力を込めるとジャバウォックに強力な一撃をお見舞いする。



「撃」



と刀身にルーン文字を書き込むと、それをそのままジャバウォックにぶち込む。


ウィルの渾身の一撃を食らったジャバウォックはのたうち回る。


そのまま倒れ込みそうだったが、そこは迷いの森一番の邪悪な魔物。


一撃死だけは免れると、そのまま沼の中に逃げ込む。


ウィルはジャバウォックを撃退したのだが、その様子を見ていたレヴィンは申し訳ない気持ちになる。


彼の肩からは血が流れているからだ。


ルナマリアはウィルの肩を治療しているが、居たたまれない気持ちになったレヴィンはそうっとその場から逃げ出してしまった。


レヴィンは自分を救ってくれた少年に感謝の言葉も述べられなかったのである。


なんと情けないのだろう、と、自分でも思った。



涙を流しながらひとり森を走る勇者。


もしも近くに崖があればそのまま飛び込みそうな勢いであったが、幸いなことにこの森に崖はない。


勇者レヴィンはどこまでもひた走るが、やがて開けた土地に出る。


森の中にあるなにもないスポットに到着すると、そこでひたすら泣いた。


「……く、オレはなんて情けないやつなんだ。少年に礼を言うことすらできないなんて……」


自己嫌悪を抱きながら嘆くが、今さら悔いてもなににもならなかった。


「……それに仲間たちは許してくれまい。散々期待を持たせて裏切ってしまったのだから」


今から戻っても三行半を突きつけられるだけだろう。


「はあ、いっそ死にたい」


レヴィンは腰の剣に手を掛けようとするが、首を横に振る。


「……いや、駄目だ。あたし……いや、オレには使命があるのだから」


レヴィンは胸に隠したロケットを取り出す。


そこには家族の肖像画が写っていた。


いや、写真か。それは本人にしか分からないが、ともかく、愛しい家族に他ならなかった。


「……お父様、それにお母様、情けないレヴィンをお許しください。お家を復興できないレヴィンをお許しください」


最愛の家族に詫びを入れる。


実はレヴィンは西国にあるとある王国出身だった。


そこで貴族の娘として生まれたのだが、家を継ぐために幼き頃から自分を偽り、戦いに身を投じていたのだ。


武人であった父親からは「我がアレンハイマー家を俺の代で絶やさないでくれ」と幼き頃から厳しい教育を受けた。


母親も武家の娘で、「お前は今日から男です。どのようなことがあっても家名を汚すような真似はしないように」と、しつけられた。


それは厳しい教育であった。


人形遊びがなによりも楽しい年頃のレヴィンから人形を取り上げ、剣を握らせるのだから。


生来の細身であるレヴィンに男よりも厳しい修行を施すのだから。


しかし、レヴィンはそれを耐えた。

それに耐えられた。

なぜならば父上と母上が大好きだったからだ。


厳しい父母であったが、優しさも兼ね備えており、弱音を吐くレヴィンをいつも励まし、応援してくれた。


レヴィンの両手が血豆で真っ赤に染まると、父親は優しい手つきで包帯を巻いてくれた。


レヴィンが高熱にうなされると母親は朝まで寝ずの看病をしてくれた。


すべてはレヴィンが立派な勇者となり、家名を継ぐためであった。


レヴィンは両親の期待と愛情に応えるため、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。


だが、結果は聖剣に見放され、仲間にも見放されるという結末であった。


「……父上、母上、やはりレヴィンは駄目な子です。もはや生きている価値もない」


再び自暴自棄になるが、そこに舞い降りたのは神であった。


比喩ではない。大鷲の形をした神が、森に舞い降りたのだ。


鷲の形に化身した無貌の神レウス、彼は翼をはためかせ、迷いの森に降り立つと言った。


「若者よ、なにを悩んでいる」


「……あなたは? その神々しいオーラ、神ですか?」


「いかにも我は新しき神、万能の神レウスなり」


「テーブル・マウンテンの主……」


「そうだ。今は訳あって、とある若者の上を飛ぶ鳥だがな」


「……その神様があたしのような役立たずになんの用です」


「いや、余計な世話かと思ったが、思い悩んでいるようだったのでな」


「……はい、そうです」


今さら隠し立てはできないだろう。


それにレヴィンは誰かに悩みを聞いて欲しかったのかもしれない。


「……あたしは幼き頃より勇者を目指してがんばってきました。しかし、それも今日まで、聖剣に拒否された勇者など古今、おりますまい」


「それはたしかにそうだが、それでいいではないか」

「え……? それでいい?」


「そうだ。かつて聖剣に拒否された勇者はたしかに聞かないが、そういう勇者がひとりくらいいてもいいではないか」


「…………」


「勇者の形はひとつではない。我の知っている勇者は勇者の痣を持っていないが勇者だぞ」


「聖痕のない勇者が存在するのですか?」


「する。そもそも勇者とは資格ではないのだ。聖痕の有無は関係ない」


「そんなのは聞いたことがありません」


「例えば先ほどお前を救った少年は勇者ではないのか? 彼はなんの利益もないのにお前を命懸けで救ったぞ。怪我をしてまでお前を救った」


「…………」


沈黙するレヴィン。


「……彼は勇者だと思います。いつか、覚醒するでしょう」


「勇者の痣、聖痕か、何度も言うが、聖痕がすべてではない」


「そうでしょうか? あたしはこの聖痕がすべてだと教わりました」


「そうかな。聖痕を持っていない勇者ならば他にもいるぞ。この世界には無数の名もなき勇者がいるのだ。例えば我の知っている勇者は真の勇者だった。民のために殉じた勇者だ。そのものは西国の貴族だったのだが、ある日、戦死した。しかし、その理由は誰も知らない、いや、その理由は秘された」


神はそこで言葉を句切ると続ける。


「理由は軍令違反で死んだという不名誉があるからだ。しかし、世間では不名誉とされるその貴族にも事情があった。自分の領地に盗賊が迫っているがゆえに、国王の軍を抜け出し、ひとり救援にいったのだ。結果、貴族は討ち死にしたが、村は守られた。しかし、軍令違反は軍令違反。男の家はお取り潰しとなった」


「…………」


レヴィンは沈黙する。

その貴族のことをよく知っていたからだ。


「そのものの名はイザーク・フォン・アレンハイマー、お前の父だ。彼は貴族の位を剥奪されたが、お前は貴族ではないと言い張るか?」


「それはありません 父上は誰よりも誇り高い。位を剥奪されようが、どのような噂を流されようが、貴族の中の貴族です」


「同時に村人を守る気高い心は、勇者の中の勇者だろう。お前にはその血が受け継がれているのだ」


「……その血」


「そうだ。家の再興などどうでもいい。勇者の称号などどうでもいいではないか。問題はお前がイザークの息子、いや、娘と胸を張れるかだ。我はそれだけだと思う」


「……あたしはイザークの娘です!!」


「ならばそう胸を張って生きろ。それが生きるということだ」


レウスはそう言うと再び翼をはためかせる。

レヴィンはその姿を見つめる。


神が小さくなるまで、見えなくなるまで見送ると、決意した。


「……もう、自分を偽るのはやめだ」


レヴィンはそうつぶやくと、サラシを取る。男装と男風の口調を改める。


「やめだ。――あたしはもう自分を偽らない」


そう言うとレヴィンは仲間のもとに戻り、彼らに謝ることにした。


今までの無礼を、生意気を、そして自分を偽ってきたことを。


おそらく、彼女たちは許してくれないだろうが、それでも過去の自分と決別したかった。


こうして若者の命を救ったレウスであるが、彼はいまだ迷いの森の上空を旋回していた。


ただ、レヴィンに注目するのはやめ、視線をウィルに移す。


上空から愛する息子を観察する。

レウスは彼のもとに舞い降りようか迷った。


ウィルがレヴィンのもとにおもむき、彼女を諭すようにうながそうと思ったのだ。


しかし、そのようなことはしなくてもいいようだ。


ウィルという少年は限りなく優しい、思い詰めた顔で飛び出した勇者を心配し、彼女を探しに出ていた。


礼も言わずに逃げ出した彼女を探していた。

レウスはもうお節介を働かなくてもいいようだ。


愛する息子の慈愛に満ちた性格を改めて嬉しく思うと、レウスは大空高くに舞った。

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[一言] とても、使い古された没落理由だね
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