勇者しか抜けないはずの聖剣
僕の肩に乗ったリルルはハイテンションだ。
久しぶりに森の外の人間を見たよー、と話しかけてくる。
「ねえ、ねえ、森の外は今も戦争をしているの? え、もうしてないんだ」
「今はどんな服が流行っているの? ボクはこの森一番のお洒落さんなんだよ。このサイドテイル、決まっているでしょう」
「そっちの子は人間の雌だよね? ちなみにボクは性別はないんだ。妖精だからね」
と、まくし立ててくる。
正直、耳元でささやかれる分、カレンより五月蠅い。
しかし、道案内は的確だ。おしゃべりしているのに、その道は右、そこの木々をくぐって左、そのまま道なりに、と迷うことなく目的地に案内してくれる。
「それにしても的確だね。僕には同じような道にしか見えない」
「それは私も同意です。妖精さんにとってこの森は庭のようなものなのでしょう」
と言うと妖精は喜ぶ。
「そそ、ここはボクの庭。目をつぶったって歩けるさ」
実際に目をつぶって飛ぶリルル。
しかし、すぐに木にぶつかる。
「いてて……」
と鼻を押さえる。くすくすと笑うルナマリア。
「巫女さんはすごいね。目をつぶってるのにどうして転ばないんだい?」
「私はつぶっているのではありません。目が見えないのです」
「なるる。じゃあ、なんで目が見えないのに歩けるの?」
「それは感覚としか。みなさんが空気を意識して吸わないように、私も無意識に歩いているのです」
「ごいすー、ごいすー」
と今度はルナマリアの肩に乗る。
妖精は体重が林檎三個ほどしかないからそんなに苦ではないようだ。
その後はルナマリアの肩を楽しむリルルだが、唐突に言う。
「ねえ、君たち、恋人なの? もうチューはした?」
「――ごほっごほっ」
と咳き込む僕。平然と聞くルナマリア。対照的だ。
「その様子じゃ、ウィルが相当奥手のようだね。ルナマリアも大変だ」
「そうなのです」
と妖精に乗っかるルナマリア。
まったく、とんでもないタッグが誕生したが、僕は話をそらす。
「ところでリルル、聖剣のある場所はまだ?」
「うーん、たしかこの辺なんだけどね」
「急に頼りなくなった」
「いやあ、ごめんごめん、普段は聖剣なんて意識しないしさ」
「そうなの?」
「うん、だって、ボクたち妖精族が装備できるわけじゃないし」
「たしかにそうだけど、君たちは聖剣の守護者じゃないの?」
「一応、そういうことになってるけどさ、妖精って軽い連中が多くてね。あと無責任なのが多いんだ。使命を覚えている妖精は何人いることやら」
困ったね、というポーズをする妖精。
困ったのはこっちのほうだ。
もうちょっとしっかり管理してもらわないと、と言おうとしたが、それははばまれる。
「あー! あったあった、あの道だ。あの道の奥に聖剣はあるよ!」
リルルが聖剣のある場所へ続く道を発見する。
結果よければすべてよし、ミリア母さんから教わった言葉を復唱すると、その場所に向かうが、そこには先客がいた。
意外な人物たちが先に到着していたのだ。
先回りしていたのは剣の勇者たち一行だった。
あほ正直にまっすぐ進んだ彼らは僕たちよりも先に聖剣のある場所に到着していたのである。
無欲というか、なにも考えないのが正解とは人生のようであるが、意外にも勇者たちの気は沈んでいた。
念願の聖剣の前でうなだれていた。
なにがあったのだろうか。
僕は岩に腰掛けている女魔術師に話をする。
「剣の勇者の仲間の方ですよね。どうされたのですか?」
彼女は「はあ」と溜息をつくと事情を説明してくれる。
「そこでレヴィンが落ち込んでいるでしょう? 勇者ガールズたちも声を掛けられないくらい」
「ええ、たしかに、なぜ、あんなに落ち込んでいるんですか?」
「それはね、剣が抜けなかったのよ」
「剣って聖剣ですか?」
「そう。勇者なのに聖剣を抜けなかったの」
「聖剣と相性が悪かったのかな」
「そうじゃないみたい。剣に手を掛けたとき、聖剣の声が聞こえたんだって」
「聖剣の声?」
「うん、お前の実力では私を使いこなせない、そんな声が聞こえたそうよ」
「そりゃ、最初から装備できないよりつらいかも」
とレヴィンを慰めようとするが、彼は僕が近づくと、涙目になりながら言う。
「ええい、よるな。近づくな。慰めの言葉などいらない」
非常に落ち込んでいるようだが、周囲の目は気になるようだ。
「それにエイミーも余計なことは言うな」
エイミーとは女魔術師のことであろう。
彼女は「なによ、心配しているのに」と反論する。
「それが余計なのだ。オレを誰だと思っている。最強の勇者だぞ」
「聖剣も抜けなかったけどね」
ぼそりというその言い草に勇者は傷ついているようだ。
眉を怒らせ、どなり散らす。そうなると喧嘩になるが、今まで散々、偉そうなことを言ってきたつけが回ったのだろう。
他の仲間までエイミーの擁護を始めると、さらに怒り、彼らを難詰し始める。
見ていられないな、と思った僕は仲裁に入るが、すると勇者の矛先は僕に向かう。
「というかお前はなんだ。そもそもこの場所は神聖な場所、勇者しか立ち入れないのだぞ」
それをいえばここはアナハイム商会の土地なのだが、と反論したくなるが、たしかに迷うことなくここに到着できたということは彼は導かれてここにやってきたのかもしれない。
しかし、それでも聖剣に技倆不足と言われたのはたしかなようだ。
僕は建設的な意見を述べる。
「仲間と言い争うくらいならばその間、修行をして聖剣に認めてもらえるレベルになればいいのでは?」
と提案すると、勇者の顔は真っ赤になる。
ルナマリアは小声でつぶやく。
「……ウィル様はたまにクリティカルな発言をしますね。人の心をえぐるような」
「そうかなあ?」
きょとんとしていると、勇者がいきり立つ。
「そこまで言うのならばお前も聖剣に手を掛けてみろ! 無機質な声で自分を否定されればオレの気持ちも分かるさ」
「そこまでいうのならば」
このままでは収まりが付かないと思った僕は、聖剣に手を掛ける。すると聖剣の声が脳内に響く。
「この感触は人間――。この百年、人間が私に触れるのは二度です。しかも同じ日に触れるなど珍しい――」
「お、聖剣がしゃべった」
と言うが、ルナマリアには聞こえていないようだ。
もちろん、勇者や勇者ガールズたちにも。
さすがは聖剣、不思議な感覚であるが、聖剣デュランダルは容赦なく僕も否定する。
「ここまでやってきた勇気は認めますが、私は資格と力量のあるものにしか使いこなせません」
「だよね。僕は勇者じゃないもの」
「そうです。あなたは勇者ではありません。ですから私は装備できないのです――」
「あそこで怒っている勇者はどうなの?」
「彼こそが私の正当な所有者ですが、彼には資格はあっても力量がない。技が不足していますし、それに心のほうも――」
「やっぱりそうだよね。怒ってばかりだもの」
「はい、他人を思いやる心を持ってくれればいいのですが――」
一緒に勇者の未来を心配していると、デュランダルは言う。
「しかし、諦めずに精進すればいつか私を抜き、その手にする日もくるかもしれません――」
そのことを伝えてくれませんか?
とデュランダルは言うので、そのことを伝えるが、勇者は聞く耳を持たない。
「ええい、五月蠅い。てゆうか、お前も抜けないじゃないか。なにを偉そうに」
「僕は勇者じゃないから」
「それでも抜くそぶりを見せたらどうだ。オレは聖剣に拒否されたが、最後まで諦めなかったぞ」
うーん、そんなことを言われてもな、と思ったが、ルナマリアを見ると、彼女もそれを奨める。
「私はウィル様が聖剣の主だと思っています。剣の勇者に遠慮せず、どうか本気をお出しください」
ルナマリアも収まりが付かなそうだった。
なので僕は形だけでも本気を出す。
大地に両足を張り、力を入れると、そのまま「ぐぬぬ」と聖剣を引っ張る。
「少年よ、無駄です。私は選ばれしものにしか抜けません」
ですよねー、と力を抜こうとした瞬間、それは起きてしまう。
ぼこっ!
という音とともに聖剣が抜けてしまったのだ。
それを見ていた一同は驚愕する。
その中でも勇者の驚きようはない。
「な、なにぃー!?」
という顔をする一同。ちなみに僕も驚いている。
「てゆうか、聖剣は勇者にしか抜けないはずじゃ?」
と刀身を見ると、そこには岩と土ががっつりと付着していた。
どうやら僕は岩ごと聖剣を引き抜いてしまったようだ。
「な、なんという馬鹿力」
女魔術師は呆れるが、ルナマリアは喜ぶ。
「これぞウィル様の実力です。さすがウィル様です」
祝杯を挙げそうな勢いであったが、一番困惑しているのは聖剣自体かもしれない。
「な、なんですって? い、岩ごと私を引き抜いた!? こんなの数千年来初めてです」
困惑するデュランダルだが、がっくりと肩を落とす勇者を見ると喜ぶ気にはならない。
それに岩をさしながら旅をすることはできない。
それはもはや聖剣ではなく鈍器だ。
というわけで聖剣を勇者に返そうとするが、それも勇者のプライドを傷つける結果となる。
岩ごと勇者に剣を渡すと、勇者はそれを落とす。
どうやら普通の人間にとって岩付きの剣は重すぎるようで……。
恥の上に恥を塗りたくられた勇者は涙目になりながらその場を立ち去る。
まるで女の子のようだ。涙ぐむ勇者はちょっと可愛らしかったのでそう思ってしまったが、そのことを口にすれば彼はさらに傷つくだろう。
なのでなにもなかったことにする。
僕は聖剣を元々在った場所に埋め直すと、ふうと汗を拭う。
そのままルナマリアと妖精を連れ立ってこの場を立ち去る。
ルナマリアは最後まで「聖剣を持って行きましょう」と主張するが、僕は強引に彼女を連れてきた道を引き返した。




