妖精のリルル
前方にいた傭兵風の男たちは小さな子供を追いかけていた。
それだけで悪と分かるが、ひとつだけ勘違いしていたことがある。
それは前方にいる子供が子供ではないということだ。
少なくとも人間の子供ではなかった。
人間の赤子ほどの大きさであるが痩身である。
まるで人形のような等身をしている。
そして彼女の背中には虫のような羽があった。
ヴァンダルの書斎の図鑑で見たことがある。あれはおそらく妖精だろう。
そう思った僕はルナマリアに伝える。
「この森はやはり精霊力に満ちあふれているようだね。妖精がいるなんて」
「妖精さんが追われているのですか?」
「多分だけどそう。ガルド商会のやつが欲に目がくらんで妖精を捕まえようとしているのか、聖剣への道を聞き出そうとしているのか分からないけど」
「悪党はガルド商会の連中なのですか?」
「そうだよ。以前、馬車でチェイスした連中が混じっている」
見れば東洋のサムライ風の男がいた。
「ガルド商会の連中の狙いはなんでしょうか? まさか妖精を捕まえにきたとは思えません。もしかしたらウィル様を狙って?」
「十分あり得る話だね。まあ、それは本人たちから聞こうか」
見れば悪党どもは妖精を捕まえ、縄で縛っていたが、僕の存在にも気が付いたようだ。
にたにたと笑顔を浮かべている。
「こいつはついている。高値で売れる妖精を捕まえたと思ったら、同時に目当てのガキが自分から現れてくれるなんて」
「俺たちの日頃の行いはいいからな。神様はちゃんと見ていてくださるのさ」
「げへへ」と下卑た笑いが聞こえてくる。
それだけで不快になるが、同時に彼らが僕らを始末しにきたと察することができた。
「お前は邪魔なんだ。ガルドの旦那がノースウッドの街を支配するのにな」
「やっぱりガルドの命令か」
「命令じゃない、商売だ。お前の首を持って行けば金貨をくれる。これはビジネスだ」
「なるほど、ならば負けるわけにはいかないな。首は取られたくない」
「ほざけ」
とサムライは言うと、腰から日本刀を抜く。
目にも止まらぬ速さである。
彼の仲間が叫ぶ。
「出た! ミシマの抜刀術! これを喰らって生きていられたものはいないんだよ」
「早々に勝負は決まったな」
余裕を噛ます悪党どもだが、ミシマだけは笑っていなかった。
彼は驚愕の表情と共に言葉を漏らす。
「な、なに、このガキ、俺の抜刀術をそんな短剣で」
僕は腰の短剣を抜き、それでミシマの刀を防いでいた。
僕は彼の刀を払い除けると言った。
「僕の剣の師匠は剣神ローニンだ。父さんの刀はお前の何倍も早い」
蚊が止まるような動きだったぞ、と言うとミシマは眉をつり上げる。
「抜かせ! 俺の剣術は蓬莱一だ!」
と叫ぶミシマの剣をいなすが、ふかすだけはある、なかなかに的確な一撃を放ってくる。
もしも僕が剣神の息子でなかったら、それらに対抗できなかったかもしれない。
僕はローニンの修行を思い出す。
「いいか、刀使いってのは軽妙な動きをしてくる。西洋のロングソードより軽いからな。だからあらゆる角度から攻撃してくると思え」
と言うとローニンはロープを切る。
するとロープの先にくくりつけられた刀があらゆる角度から迫ってくる。
皆、真剣だ。僕はそれを颯爽とかわすが、さすがに30本も同時にくるとひとつくらいかする。
頬が切れるが、それを見たミリア母さんが怒髪天をつくがごとく怒る。
「この不良サムライが!! うちの可愛いウィルになんて修行してくれてるのよ!!」
その後、ミリアは一方的にローニンをボコボコにする。
無論、ローニンも反抗したが、本気になったミリア母さんは最強の上、魔術の神ヴァンダルまで助っ人してはどうにもならない。
付与魔法で援護するヴァンダルは茶をすすりながら、「当然の報いじゃ」と漏らす。
そのような懐かしい光景が頭に浮かんだ。
というか、そんな回想を挟めるくらいに余裕があるということだ。
これもすべてローニンの過激な修行の成果かもしれない。
僕はローニン父さんに感謝すると、ミシマの懐に入る。
残像を残すくらいの速度で消えるが、ミシマはそれを捕捉できるくらいの眼力は持っていた。
彼が強敵の証拠である。
しかし、捕捉はできても身体が反応できるかは別である。
ミシマは刀を捨て、脇差しで攻撃を防ごうとしたがそれはできなかった。
僕は短剣ではなく、拳で攻撃する。悪党とはいえ、人殺しはしたくなかったからだ。
ただし、僕の体術はローニン仕込み、剣神ローニンの体術は最強である。
ボゴぉ!!
という音と共に背中が膨れ上がるくらいに持ち上がるミシマの身体。
的確に急所にめり込んだ一撃、ミシマは胃液を吐き散らしながら悶絶する
。
そのまま気絶するわけであるが、それを見ていたやつの仲間は顔色を青ざめさせる。
最強だと思っていた仲間がこうもあっさりと敗れて戦意を保っていられるほど根性は座っていないようだ。
彼らは一目散に逃げるが、僕は風のような速度で周りこむとにこりと言った。
「妖精さんは置いていってね」
と言うと、彼らは蒼白になりながらうなずく。丁重に妖精の縄をほどく。
猿ぐつわをされていた妖精は、怒り心頭といった感じで悪漢どもに蹴りを入れるが、あまり痛そうではない。
あまりにも小さく華奢だからだ。
悪党たちは妖精に頭を下げるとそのまま去ろうとしたが、僕はさらに和やかに言う。
「忘れ物があるよ」
と言うとミシマを指さす。悪党どもは仲間を置き去りにしようとしたのだ。
というか悶絶するミシマを介抱するのも面倒なので、処理は彼らに任せたかった。
彼らはミシマを抱えると、すたこらさっさと逃げていった。
「逃げ足だけは速いですね」
と呆れるルナマリアであったが、追撃はしないようだ。比較的に平和に解決できたことを喜んでいる。
こうして僕たちはガルド商会の追っ手を払いのけたわけであるが、その副産物として妖精と出会うことができた。
おそらく彼女と思われる妖精は僕の周りを飛び跳ねながら感謝の言葉を口にする。
「少年、ありがとう。ボクの名はリルル。この迷いの森の妖精なんだ」
と自己紹介もしてくれた。
僕は彼女の小さな手を取ると握手をする。
「よろしくね、リルル。僕の名前はウィル。この森に聖剣を探しにきたんだ」
すると彼女は「え?」と驚く。
「ということはもしかしてウィルって勇者? すごいすごい、ごいすー! この森に100年ぶりに勇者がやってきたんだ」
その喜び様は凄まじく、木々の間を飛び跳ねる。
まったく、聞く耳を持ってくれない。
これでは勇者ではないと言い出しにくくなったが、それでも僕はリルルを頼ることにした。
彼女が落ち着くと聖剣がある場所に案内してもらう。
「お安いご用さ、ウィル」
彼女は僕の肩に止まると、そのまま聖剣がある方向へ指をさした。




